第13話 電話


三人で家を出て数分、マンション近くのバス停でバスを待つ。

 マンションから駅前まではそこそこ遠い。高校の近くにあるので、自転車で行くなら40分くらいはかかるだろう。

 改めて思えば40分自転車漕いでるのってすごくない?


「今日は服をみたいな~。未玖は?」

「私は新しいガジェットがないか見に行く。そろそろグリスの塗替えもしたいし。」

「涼太はどこか行きたいところある?」

「特には無いかな。」


 どこに行くにしても金がない。今までのお年玉とか貯めた通帳はあるが、これにも限りがある。

 やはりバイトでも始めるか……。


「それじゃあ先に電気屋に行こう。私もタブレット端末を見に行きたいしね。」


 今日の予定を軽く決めて、俺たちは到着したバスに乗った。

 バスは快調に走り、ほとんど時間通りに駅前のバスターミナルに到着した。

 ちなみにバス内では各自それぞれのことをして過ごした。

 絢香は睡眠、未玖はネットサーフィン、俺も爆睡。

 俺と絢香は欠伸混じりにバスを降りた。上を見上げると、空はこれでもかと思うくらい晴れていて、今日の服装じゃ少し暑いくらいだった。


「いい天気だね。こういう日は外に出なきゃだめだよ!」

「はぁ……暑い。どうして外はこんなにも暑いの……。」


 姉妹で真逆の反応をするな。ちょっと面白いだろ。

 個人的には未玖に一票。ついこの間までいい感じの気温だったのに、最近になって急に暑くなった。


「さ、電気屋はこっちだよ。」


 俺たちはグングンと突き進む絢香に半ば引っ張られるようにして電気屋に向かった。

 どうしてこいつはさっきまで寝てたのにこんなに元気なんだ。

 

「お姉ちゃん、途中コンビニ寄っていい? 水飲みたい……。」

「そうだね、私も何か食べようかな。」


 俺たちは電気屋までの途中にある適当なコンビニに入った。

 もうこの時期になるとコンビニも冷房をつけ始めているらしく涼しい風が体に染みる。


「俺も何か少し食べるか。」

「見てみて涼太! 新作スイーツだって!」

「今はスイーツの口じゃないな。どっちかって言うとしょっぱい物が食べたい。」


 この暑い中で甘いものを食べる元気はない。こういうとき、冬にアイスが売れる理由がよく分かる。

 俺はそのまましょっぱい物を求めてコンビニ内を彷徨っていると、何か見覚えのある人影を見つけた。


「ッ!!」


その人影は二人で、どっちも見覚えがあり、そのうちの一人は今まで嫌というほど見慣れた人影だった。 

 俺は何かに駆り立てられたようにその二人を追いかけようとした……が、


「待って。」


 絢香が俺の追いかけようとする手を握った。正確に言うなら手首を掴んだ。

 俺が振り向くと、摑んでいる手とは反対の手でさっきの新作スイーツをしっかり持っている。

 そのスイーツを見て少し落ち着いた俺は、手の力を抜いた。


「今追いかけてもどうにも出来ない。それに君は、今はあの二人と関わるべきじゃない。」

「……分かってる。いや、分かってた。……でも、」


 でも、体が勝手に反応した。殺気のような何かに動かされた。

 でも、そんなのはただの言い訳にすぎない。だから俺は直前で口を閉ざした。


「まずい、こっちに来る。」


 絢香は俺の手首を引いて、そのまま逃げるように位置を変えた。

 だが、とっさのことだったので場所が悪かった。この位置だと微妙に二人の話し声が聞こえる。


「ねぇ宗一君、今日はどこ行くの?」

「そうだな、俺は日南と一緒ならどこでもいいぜ?」

「も~私も宗一君と一緒ならどこでもいいよ~。」


 頭の奥の方が震えている。心臓がどんどんと鼓動の音を大きくしていく。

 まるで俺の体が二人の話を聞くなと言っているように。

 絢香はタイミングを伺っている。このまま下手に動いて鉢合わせしたら意味がない。


「あ、コンドーム切れてたよね、新しいの買っておく?」

「俺は別に生でもいいんだぜ? 覚悟はできてるよ。」

「でも、お母さんお父さんに心配かけたくないし、18歳まではお預けだね。」

「あと二年か~。」

「すぐだよ、二年なんて。」

「だな!」

「今日は私の家でいい? 家族いないの。」


 ダメだ。これ以上聞いていると吐いてしまう。

 流石に公共のトイレで吐くのは気が引ける。今すぐにでもここを脱出しなくては……。

 

「涼太、未玖が会計済ませて先に待っててくれてるから、さっさと出よう。」


 絢香はさっさと持っているスイーツを棚に戻して、二人のタイミングを見計らって素早い足取りでコンビニを出る。


「未玖、走って!」

「え?」


 店を出た俺達は全力ダッシュで電気屋まで向かった。

 コンビニが見えなくなるくらいまで走った俺達は、ゼーゼーと息を切らして三人で笑い合っている。

 こんなに必死で走ったのは小学校のリレー以来かも知れない。


「いや~疲れた。私、こんなに走ったのは中学の持久走以来だよ。」

「はぁ……はぁ……し、死ぬ……。」

「すまん二人共、いらん体力を使わせてしまった。」

「気にしない気にしない! いい情報も手に入ったし。」

「いい情報?」

 

絢香は、いつか見た探偵顔をしている。

 

「涼太、涼太のお父さんに電話出来る?」

「え? 親父に?」

「うん。出来そう?」


 絢香は柄になく不安そうな顔をして俺に聞いてくる。

 俺は答える。不安な顔をしている絢香とは対極の顔をして。


「最高だよ、相棒。それじゃあ……」


 絢香は手招きをして、俺に耳打ちをする。

 流石探偵、よく聞いてらっしゃる。

 

「本当に出来そう?」

「当たり前だ、相棒。」


 俺はすぐにスマホを取り出して、親父にメールする。


親父、話したいことがある。真面目な話だ。怒らずに聞いてください。


 親父は今日仕事だが、もうすぐ昼休憩のはずだ。

 俺の電話番号を消したり着拒にしてなければ繋がるはずだ。


「……来た。」


 驚くくらい早いスピードで電話がかかってきた。

 さっき走ったからか、緊張しているからか分からないが、汗が流れ出てくる。俺はそれを一気に袖で拭い去って、電話に出る。


「もしもし、涼太か?」


 スピーカーから聞こえてくる声は久しく聞いてなかった父の声。

 怒っているのか、スピーカーのせいかいつもより声が低いように感じる。


「もしもし親父。」

「……何の用だ。」

「聞いてくれ、親父。」

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