第9話 未玖さんのお手伝い


「……何の用だ?」


まさか、こいつから接触してくるなんて思ってもなかった。

 俺は近くに金平とその仲間達がいないか警戒して、バレないようにスマホで録音を始めた。

 考えろ。

 可能性はいくつある?

 一つ、このままゾロゾロ現れてボコられる。

 二つ、このまま拉致られる。

 三つ、このまま音沙汰なし。

 四つ、謝罪される。

 可能なら三つ目が一番いいんだがな……。


「用がないと、幼馴染に話しかけたらダメなの?」

「悪いな。俺は早く帰ってハンバーグを食べないといけないんだ。」


もしかしたら野菜炒めになってるかもしれないが。

 だが、話を長引かせると面倒臭い。

 早く話を終わらせて帰らねば。


「ふーん……今はどこに住んでるの?」

「どこって、普通に自宅だが……。」


こいつに家を教えるわけにはいかない。

 小森がどういう立場をしているか分からない以上、情報は慎重に選ばなければ……。


「自宅? 本当に?」

「あぁ。もちろん。」

「昨日は帰って来てなかったみたいだけど?」

「そうか? あぁ、昨日は病院に行っていたから帰ったのは深夜なんだ。」


家が近いってのは中々にめんどくさいな……。

 このままじゃボロが出そうだし、強引に帰るか。


「ねぇ涼くん、そのじてん、」

「あー! 今日はそろばんのお稽古の日だ! それじゃ!」


俺は急いでチャリに飛び乗って全力で漕いだ。

 流石にロードバイク、めっちゃ早い。

 ……ん? あ、自転車の言い訳してねぇ。

 

「……まぁ、これくらいは大丈夫……だよな?」


気にしすぎてもしょうがない。

 さっさとチャリを漕いで俺は黒崎さんの家まで直帰した。

 本当に何の用だったんだろうか。

 あと、前髪もフル無視だったし。

 なんであいつあんなに俺の格好に固執していたんだ?


「お、涼太も今帰って来たところ?」

「あれ、黒崎さん。先に帰ったんじゃ?」

「これ。」


そういって片手に持ったマイバッグを俺に渡してくる。

 しかも割と重い。

 何が入ってるんだ、この袋……。


「あ、中は見ちゃダメだよ。それと、中身の整理は私がやっておくから料理するときになったら呼ぶよ。」


……まぁ、そんなに見られたくないものが入ってるんなら無理には見ないが。

 というか、そんなに見られたくないんだったら俺に持たすなよ……。

 しかしまぁ、家に住まわせてもらって、衣食住を提供してもらっているので文句は言えないというか、頭があがらない。


「あぁそうだ、黒崎さん。」


俺の隣で歩いている黒崎さんに俺はついさっきの出来事を話した。


「小森日南が俺に接触して来た。」

「小森さんから?」

「ああ。目的はわからんけど、何されるか分からんからさっさと帰ってきたよ。」

「……そっか。向こうから……。」

「黒崎さんは、何が目的だと思う?」

「ん〜……。まず、このタイミングもおかしい。昨日の今日で普通接触してくるかな。」


そうだ。

 それに、話しかけるならもっと時間はあった。

 俺が一人の時を狙ったか、自分が一人でいる時を狙ったか、もしくはその両方か……。


「今はなんとも言えないね。でも、しばらくは彼女らとの接触は避けたほうがいいね。」

「だな。」


今はもう少し金平との接触は避けておこう。

 下手すると、理科研の人達にまで迷惑が行ってしまうかもしれない。

できる限り、関係者は少なくしたいのが本心だ。

 俺は玄関前に自転車を停めて家に入った。

 荷物が普通に重たい。


「ただいま〜ああ!」


俺は家に入って、いきなり何かに足を取られた。

 そして、派手にすっ転んだ。

 

「ぐおおおおぉぉぉ……。」


転んだ拍子に、袋から荷物が少し出てきた。

 そして見てしまった。

 袋の中から、コンビニとかでたまに売っているめっちゃでかいプリンが出てきたところを。


「だだ、大丈夫? 涼太……。」


俺はちゃんと見た。

 黒崎さんがこっそりとプリンだけ回収したのを……。


「いっつぇ……何だ?」


俺は後ろを振り向いて何に足を取られたかを確認した。

 そこに落ちていたのは小さな水色の布切れ。

 

「何だこれ……。」


俺はそれを手に取って広げた。

 と、同時に俺も黒崎さんも固まった。

 

「それ……私の……!」

「お前……結構清楚なやつはいてんのな」


俺のその言葉を聞くと同時に彼女は音速の速さで俺からその布切れをとり、自分の部屋に駆け込んだ。

 俺は冷静なふりをして袋をリビングまで持っていった。


「……勘弁してくれよ……。」


健全な男子高校生にとって先の出来事はまぁまぁ辛い。

 しかも居候中の。

 俺が俺の対処に困っていると、例の布切れをしまい終わったであろう黒崎さんは冷静な風を装い帰ってきた。


「涼太。」

「へい。」

「何か見た?」

「いえ何も」

「よろしい。今日は特別にハンバーグにチーズを入れてあげるよ。」


恐らく口止めのつもりだろうが……まず話す相手いねぇよ。

 なんて悲しいツッコミを心の中でして、俺は晩御飯の準備を始めた。

 

「で、どうだった? 今日の学校。」

「みんな腫れ物に触るのが好きなんだなぁと。」


恐らく、そう言うやつほどニキビを潰したがるのだろう。

 潰したら増えるって本当なのかな。


「今日の朝みたいに腫れ物を潰そうとする人もいるもんねぇ。」

「あいつ、詐欺とかにひっかりそうだな。」

「それ、言えてるね。」


恐らく、あいつには美人局とか効果抜群だろうな。

 なんて道徳性のない想像をしている俺たちは間違いなくモラルがないだろうな。


「あれ、お姉ちゃんたち帰ってきてたんだ。」

「ただいま、未玖。」

「ども、未玖さん。」


そう言ってゴリゴリのパジャマ姿で登場したのは未玖さん。

 果たしてそのパジャマは朝から着ているのか、それとも昨日の朝から着ているのかはわからないが、さっきまで寝ていたのはわかる。


「今日はハンバーグ? 珍しいね、お姉ちゃんがハンバーグを作るなんて。私の150万人記念?」

「150万人?」

「あ、そうだね。それも兼ねようか。」


待て待て待て。

 今150万人とか聞こえたんだが、神戸市内ほぼ全員がチャンネル登録してるってこと?

 確かに、未玖さんのチャンネルを見たことなかったな。

 

「あ、そうだ。食後に私の部屋に来て。」

「え、俺?」

「あんた以外に誰がいるのよ。」

「サーセン。」


それから、何でもない会話をしながらハンバーグを作る俺たち。

 いつもなら何でもない日常だが、その日常が壊れた今、そのありがたさが伝わってくる。

 

「よーし、後はオーブンに入れるだけだね!」

「焦がすなよ。」

「お姉ちゃん、その辺適当だから……。」


今度はもう、壊されたりはしない。

 俺はこの日常を、命を懸けてでも守り通してやる。


✳︎


食後、俺は言われた通り未玖さんの部屋にお邪魔した。

 と言っても、未玖さんは風呂に入っていたので部屋の外で30分くらい待たされたが。


「……別に部屋の前で待ってなくたっていいのに。」

「いやいや、呼ばれたからには待っておくよ。」

「あっそう。まぁいいや。とりあえず入って。」


俺の30分が『あっそう。』で済まされたことについて一時間くらい問いただしたいんだが。

 まぁ、俺が勝手に待ってただけだから俺が悪いって言われたらそうなんだが。


「何してるの? 早く入ったら?」

「へい。」


部屋に一歩入ると、随分と女の子らしい部屋……と、もう一つ部屋。

 水色と白を基調とした可愛らしい部屋だ。

 

「すっげ。このパソコン、自分で作ったのか?」

「いいや、お姉ちゃんに頼んだ。」


あの人、自作パソコンとかできるんだ。

 ますます黒崎さんの謎が深まったところで、最も突っ込む所に着目した。


「この部屋は何?」

「これ? 配信部屋。」


……イメージがつきにくい人もいるだろう。

 言うなれば、部屋の中に部屋がある感じだ。


「Vtuberだっけ。」

「うん。」

「どんな感じなん?」

「楽しいよ。学校行くよりははるかに。」


ま、そりゃそうだよな……。

 俺も同じ境遇ならそっちとってるよ。


「収入はあるのか?」


聞いて見たものの、未成年は収益化できないと聞いたことがあるが……。


「お母さんのアカウントで運用してるから一応入ってきてるよ。」

「どれくらいなんだ?」


これで手取り50万とか言われたら、俺も学校よりVtuber優先しろと言いざるおえない。

 

「月? んー。提供とかがあって一概には言えないね。」

「……それじゃあ、大体平均くらいで……。」

「平均? まぁざっくり……30万行くか行かないかくらい? 配信の量とか提供の件数とかによるけどね。」


お、おぉ。今の時代、ネット配信だけでもそんなに稼げるのか。

 そりゃ学校なんて行ってる場合じゃねぇな。


「ほー、すごいな……。あ、そう言えば、俺に何か用があったんじゃないのか?」

「ええ。単刀直入に言うと、私のお手伝いを欲しいの。」

「いいぞ。で、何をやるんだ?」

「え……。」


いや、『え……。』って言われても、別にやりたいこともないし未玖さんと話す時間も増える。

 彼女の学校嫌いを治すきっかけになるかもしれない。

 ……まぁ、月30万も貰ってるなら、尚更学校なんて行ってられないけどな。


「そ、それじゃあ、今日のところはいいわ。また明日、同じ時間にここに来て。」

「りょーかい。」


向こうから誘ってきた割には段取りが悪いな。

別に気にしてないが。

俺はチラリと彼女の方を見ると、何やらネットショッピングをしているようで。


「それじゃあな。配信頑張れよ。」

「待って。」


俺は部屋を出ようとドアを開けると未玖さんに呼び止められた。


「どした?」

「……おやすみ。」

「?、おやすみ。」


彼女はそれだけ言うと満足したようにパソコンで作業を始めた。

俺は深くは考えずにそのままドアを閉めた。


「君はもしかして天然のたらしか何か何かなのかい?」

「どうしてそうなる。」

「分かってないならいいかな。」

「何だよ。」


俺がたらし? そんなにイケメンなら小森に浮気なんてされてねぇよ。

 

「ほら、先にお風呂入っちゃって。」

「ういーす。」


俺は普通に風呂に入った。

 ……慣れたなぁ、俺も。

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