第10話 いじめの始まりと下の名前
一日後、俺は未玖さんに言われた通り昨日と同じ時間に部屋を訪ねた。
お手伝いって何させられるんだろうなぁ。
ちなみに俺はタイピングはそこそこだが、プログラミングなどはさっぱりだ。
「未玖さ〜ん。」
俺はドアをノックして未玖さんを呼んだ。
彼女ははーいとそのドアを開けた。
「……来たわね。ほら、さっさと入って。」
「へ〜い。」
言われるがままに部屋に入ってみて驚いた。
昨日まで完全な一人部屋だったものが、机と椅子がもう一つずつ増えていた。
もしかして、昨日のネットショッピングってこれ?
「それと、これ。」
そう言って俺にスマホとノートパソコンを渡した。
こんなもん、一日で準備できるものじゃなくね?
「あんたは今日から私のマネージャーね。」
「マネージャー?」
「そ。私のタスク管理とかしてくれない?」
……どうする。
このまま行くと、もっと学校に行かなくなってしまう。
どうする……。
「さ、じゃあ早速私のタスク整理からお願い。」
彼女は机や椅子などいろいろな準備をしてくれた。
それも一日で、だ。
楽しみだったのか?
「了解。」
ここは、俺の技量が試されるな。
この状況で、彼女を学校に行かせる方法を考える。
タイムリミットは一年。
「頑張ってみるか……。」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。」
それから、俺は未玖さんに色々教わりながら作業を続けた。
……未玖さん、教えるの上手だな。
「ねぇ。」
「ん?」
「彼女にフラれたってほんと?」
黒崎さんから聞いたのか? まぁ何にせよ隠すことでもないしな。
「フラれたっていうか、まだ別れようって言っても言われてもないから……どうなんだろうな。」
俺がまだ小森に未練があるわけではなく、連絡もできないし学校でも放課後でも小森に近づくことができない。
つまり現状、俺は小森に別れようと言うことができない。
「でも、寝取られたんでしょ?」
「まぁな。」
「それで、身に覚えのない濡れ衣を着せられてるんでしょ?」
「せやな。」
「そこまでされて、なんで学校に行ってるの?」
俺はそこで少し無言になる。
部屋にはタイピングの音だけが響く。
「……ここで学校に行かなくなったら、負けを認めたみたいだろ?」
「……はい?」
「金平宗一をぶん殴ってやるまで、学校を休むわけには行かないし、何より、ここに泊めてくれた黒崎さんに会わす顔がないしな。」
「ふーん……犯罪はやめてよね。」
「わーってるよ。」
別に本当に殴ろうとしているわけじゃない。
……多分。
「……ねぇ。」
「ん?」
「その金平って人に復讐した後はどうするの?」
タイピングの手を止めて、俺は少し考えた。
確かに目的を果たした後のことは考えてなかったな……。
別にそのまま自主退学してもいいんだが、どうせ学費を出してもらってるなら卒業はしておきたい。
……まぁ要するに無計画ってことだな。
「今のところは何も考えてないな。」
「だと思った。」
ここにいつまでもお世話になるわけには行かない。
さっさとバイトでも始めて一人暮らしでも始めないとな。
「……まぁ、私に永久就職でもいいけど。」
「すまん聞こえなかった。もっかい言ってくれ。」
俺はイヤホンを外して問う。
何か言った気がするのだが……。
「なんでもない。」
なぜか不機嫌そうに俺に返答する。
理不尽だなおい。
「それじゃあ今日はそれだけしたら解散でいいわよ。」
「はいよ。」
それからしばらく黙って作業を続ける。
最近、ボーッとするとあの時の事を思い出す。
殴られた痛み、幼馴染の生々しい喘ぎ声、人間の笑い声。
それらが、つい昨日の事のように思い出す。
「……じゃあ、俺はもう寝るわ。」
「ええ。おやすみ。」
「おやすみ。」
俺はそのまま未玖さんの部屋を後にした。
俺は思う。
このままだと、金平に逃げられてしまうかもしれない。
俺はそこまで善人ではない。当たり前だ。
彼女と家族と青春を奪われたのだ。
そこまでされて、何もせずに終わらせるなんて問屋が卸さないだろう。
「ま、命が奪われなかっただけマシか。」
ーー朝ーー
学校に着いた俺は、いつも通り席に着いた。
あいも変わらず周りの視線が痛い。
「おはようございます鈴原さん。」
「おはよう有栖川さん。」
彼女は普通に俺に話しかけてくる。
周りの噂声がどっと大きくなる。
「みんな、好き勝手言ってますね。」
「気にしなくてもいいんじゃない? しばらくすれば誰も噂なんかしなくなるよ。」
人の噂も七十五日。すぐに誰も話しなんかしなくなる。
それに、関係ない有栖川さんにまで心配はかけたくない。
「そうは言っても、噂がなくなるまでまだまだ掛かります。」
有栖川さんの目は、感情で溢れていた。果たしてそれが哀れなのか悲しみなのか……。
「それまで、辛くないんですか?」
訂正しよう。有栖川さんの目は悲しみで溢れていた。
有栖川さんはきっと、人のことも自分のことのように悲しみ、笑うことのできる人間なのだ。
もし俺の幼馴染が小森ではなく、有栖川さんや鈴森部長、黒崎さんだったら、どうなっていたのだろうか。
俺は有栖川さんの質問に少し立ち止まって考え、答える。
「辛いよ。正直学校なんて行きたくないくらい辛い。」
「それじゃあ、なぜ、」
「辛いからこそ、逃げちゃいけないんだ。辛いって一括りにされてるけど、今の辛さから逃げたら二度と立ち直れない気がするから。」
辛いときは逃げたらいい。
色んな人がよく言うが、全部が全部そうとは限らない。
俺の答えを聞いた有栖川さんは
「流石、鈴原さんですね。」
と優しく微笑んでみせた。
その後すぐにHRのチャイムが鳴り、白石先生が入ってきて皆が席に着く。
「おはよう。今日は特に連絡することも無い。問題を起こさないように過ごしてくれ。」
それだけ言って教室を出ようとしたら、ちょうど見覚えしかない女子生徒が登校してきた。
「おはようございまーす。」
その黒髪の女子生徒を見た白石先生は、ため息をついてから、
「職員室な。」
と、簡潔に言って教室を出た。
黒崎さんは変わらぬ足取りで俺の隣の席に着席した。
「黒崎さん。」
「ん?」
「毎回なんで遅刻してんの?」
「ん~……内緒!」
明日はいつもより登校時間を遅めよう。
ちなみに黒崎さんと話しているときも周りの人間は噂するをする。主に男子が。
なんだお前ら。羨ましいんか? この二人と仲良くしている俺が羨ましいんか?
「……注意する?」
「必要ないだろ。なんか負け犬の遠吠え聞いてるみたいで気持ちがいい。」
「彼女寝取られた君も負け犬?」
「はい俺の心壊れました。今日は頑張れませんまた明日。」
忘れてたけど、このクラスで一番の負け犬は彼女寝取られてボコボコにされた俺だったわ。
隣からはケラケラと笑う声が聞こえてくる。
「冗談だよ~。」
と、そんなこんなしているうちに、あっと言う間に昼休みの時間になった。
授業中は特に誰も噂なんてしないし、10分休憩中は黒崎さんや有栖川さんと話してたから何とも思わない。
「外でご飯食べよう。」
「だな。」
「そうですね。」
教室だと流石に居心地が悪い。ということで外の適当なベンチで食べることにした。
俺たちは一階に降りて下駄箱で靴に履き替えようとするが……
「あ、俺の靴無いわ。」
いじめの定番靴隠し。こんないじめのテンプレみたいなことするやついるんだな。
そんなある種の関心を覚えながら、俺は靴の代わりになりそうな物を探す。
「もしかして、靴が無いの?」
俺がゴソゴソとしていることに気付いた黒崎さんが分かっていたように聞いてくる。
「ああ。何となく分かってたけど何かしらの対策は必要だったな。」
「そうだね。明日からそうしよう。で、靴は……。」
俺たちが辺りを見渡すと、来客用のスリッパに目が留まった。
……沢山あるし、一セットくらい無くなっても問題ないだろ。
「うん、いいのが見つかったね。」
「似合ってるか?」
「とても。」
「褒めてる?」
「ん~五分五分。」
「嬉しくねぇ。」
その後、スリッパを履いている俺に違和感を覚えた有栖川さんにも同じ説明したあと、三人で中庭のベンチに座って弁当を食べる。ちなみにこの弁当は黒崎さんが作ってくれたもの。
「明日から化学準備室を使おう。由那ちゃんに言えば大丈夫だよ。」
「だな。」
三人で世間話をしながらご飯を食べていると、左ポケットのスマホが鳴った。
左ポケットということは……
「誰から……って未玖か。」
「未玖さんって確か、黒崎さんの妹さんでしたよね。」
「うん。涼太、今未玖のマネージャーしてるみたいなの。」
Miku:今日は何時くらいに帰ってくるの?
Ryota:3時半くらいかな。どうして?
Miku:分かった。理由は聞くな。
Ryota:へいへい。なる早で帰るよ。
「なんて?」
「いつ帰ってくるのかって。」
「はっは~ん。未玖のやつ寂しんだなぁ。」
「寂しい?」
「折角マネージャーが出来たんだから、楽しみなんでしょ。」
なんだそれ。可愛いかよ。
「それで鈴原さん。靴はどうするんですか? このままだと毎日同じことされますよ……。」
「明日からシューズケースを持参すればいい。それで全部解決だ。」
「先生に相談するのはどうなんですか? やったのが金平の連れではないのなら先生も動いてくれるのでは……。」
「動いてはくれる……けど、犯人が誰か分からない以上、全員集められて厳重注意で終わり。根本的な解決にはならないよ。」
まあ、隠された靴は元母親が購入してきたもので、元々捨てようとは思っていたので、別に悔しくはないが。
弁当を食べ終え、昼休みも終わりその後の授業もダラダラと過ごしたあと、俺は直帰した。
別に学校に残る理由もないし、万が一面倒臭いのと遭遇したら本当に面倒くさい。
俺は赤いロードバイクを漕いで、黒崎家に帰る。
「ただいま~。」
玄関のドアを開けた瞬間、部屋のドアが勢いよく開いて中から『兎命』と書かれたTシャツを着た未玖が出てきた。
一体どれだけラインナップがあるんだそのTシャツ。
「ほら、さっさと着替えて私の部屋に来て!」
「りょーかい。」
俺はシンプルな部屋から自分の服を出して制服から着替える。
机からボールペンを取ってから未玖の部屋に向かう。
「お邪魔しまーす。」
「やっと来た。着替えるの遅い。」
「男の子は色々大変なんだよ。」
「脱いで着るだけじゃん。下着も一枚だけじゃん。」
「女の子が下着の話はしません。」
「私が普通の女の子に見える?」
「見えるさ。きれいな女の子に。」
「……たらし。」
「なんで?」
「寝取られたくせに調子乗るな。」
「関係なくね?」
「とにかく! 今日は編集のやり方覚えてもらうから。」
「アイアイサー。」
ということで俺はこの前貸してもらったノートパソコンで動画編集のやり方を教えてもらった。
未玖が言うには、やり方さえ分かれば後はセンスが試されるから。だそう。
教えを受けてから一時間くらい経つと、玄関から鍵が開く音がした。
「ただいま未玖、涼太。」
「おかえりお姉ちゃん。」
「おかえり~。」
「お、早速こき使われてるの?」
「はは。俺は黒崎さんの相棒兼未玖の下僕だからな。」
「私、あんたを下僕にした覚えないし、なんで呼び捨ての?」
「さん付けがいいならそうするが……。」
「……いい。」
なんかちょっと拗ねられた?
「ねぇ涼太。」
どうしようかと黒崎さんの方を見ると、こっちはなんか怒ってるんですけど……。
「な、なんでしょう。」
「未玖は未玖なんだね。」
「……ど、どういうことでしょう……か?」
「私、黒崎絢香って名前なの。」
「そそそそそ、そうなんですね。」
「うん。で、未玖は未玖……なんだね。」
「すみませんでした絢香さん!以後、気をつけさせていただいます!」
「絢香……ね?」
「アイアイサー!」
怖い! 妹もたまに怖いけどお姉ちゃんも怖い!
「これじゃ相棒っていうより奴隷だね。」
「パートナー関係を勧めてきたのは向こうなんだが。」
「はぁ。今日の晩御飯はお魚です!」
「分かった~。」
「なんか手伝うことある? 絢香。」
「っ!」
俺が名前で呼ぶと、ピクッ!と絢香の体が反応した。
そしてゆっくり俺の方を向いて、
「そ、そうだね。涼太には魚の下処理をお願いしようかな、、」
と、薪をくべた暖炉のように頬を赤くしていた。
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