第6話 自称美少女探偵による『寝取り復讐』のカテイ
そうえば、俺もこの部活の詳しいルールは聞いたことがなかった。
というかルールがあったことに驚きだ。
「まず、基本的には自由参加だ。来たければ来ればいいし、休みたければ休めばいい。」
「あ、でも涼太は強制参加だよ〜。」
「解せぬ。」
だがまぁ、日南と金平が帰り道どうしているのかは気になるところだ。
この学校の完全下校時刻は七時。
しかし、日南の部屋の電気がつくのは十時前くらい。
それが今の所ずっと続いている。
もしかしたら、女子特有のプリクラだのお洒落なカフェだのに行っているのかもしれないからまだなんとも言えないが。
でもこの部活、七時までやることあるのかな。
「大丈夫だよ涼太。私も七時まで残るからさ!」
グッと親指を立てながら黒崎さんは微笑む。
だが、俺としても鈴森部長と七時までは中々きつい……話題的な意味で。
ここは黒崎さんの善意に甘えることにしよう。
「ありがとう、黒崎さん。」
「ふぇ!」
俺が素直に礼を言うと、黒崎さんは間抜けな声をあげて、耳まで真っ赤にしだした。
そして小さい声で何かをぶつぶつ呟いていたが、小さすぎて聞こえなかった。
「どうしたの? 黒崎さん。」
「……君は卑怯な手を使うんだね……。」
「えぇぇ。」
俺は身に覚えのない批判をされたが、黒崎さんの珍しい表情を見れたので良しとすることにした。
「とまぁ、こんな感じでこの二人がイチャつくことがあるが見逃してやってくれ。」
「イチャついてません。決して。」
「そうだよ由那ちゃん。涼太は一応、彼女持ちなんだよ。」
「一応ってなんだ、一応って。」
彼女持ちに一応も何も無いだろう。
でもまぁ、確かに今のところ俺と日南が付き合っているのかは怪しいところではあるが……。
と言うか、事情を知らない比屋定さんと有栖川さんはどういう顔をしてるんだろうと思い、二人の方を見ると案の定浮かない顔をしていた。
「……つまり、鈴原さんは彼女がいるのに他の女と浮気をする人ってことですか?」
有栖川さんの言葉が俺の心にダイレクトアタックしてくる。
間違ってないんだけど間違ってるんよ、それ。
「そうなんですか? 鈴原さん。」
今度は比屋定さんが疑念の眼差しを向けてきた。
ただでさえ嫌われてるかもしれないのに、大丈夫なのか俺。
「……鈴原、これは説明したほうがいいんじゃないのか?」
「うん、私もそう思うよ。」
俺のこの状況を見兼ねてか、鈴森部長は俺に今起こっていることを二人に説明することを推奨してくれた。
俺としては説明でこの二人が納得してくれるとは思えない。
だが、説明しないとこの先俺はクズ男になる。
それなら、説明しといたほうがまだマシだろう。
「それじゃあ、どっから話したらいいかな……。」
二人は興味なさそうな顔をしながら黙って俺に話を聞いた。
結局、俺が話したのは日南との関係と今の状況だけだ。
「……なるほど。いつも授業中うるさいあの人達ですか。」
「あぁ。その二人だ。」
「あれ、鈴森さんの彼女だったんですね。あの金髪と付き合ってるのかと思ってた。」
「まぁ、有栖川さんがそう思うのも無理はないよ。」
事実、今は俺よりも金平のほうが俺よりも彼氏らしい。
そして、俺も彼女である日南よりも黒崎さんたちと過ごしている時間の方が多い。
もう別れてもいいんだが、今までの思い出と、心のどこかにあるほんの少しの希望がそれを許さなかった。
我ながらちっちゃい男だよ、俺は。
「あの……一ついいですか。」
「どうしたんですか? 比屋定先輩。」
「……あなたは、今もその日南という女の子を愛していますか?」
「いいえ。」
「……即答ですか。」
俺も、自分で驚くくらい即答してしまった。
どうやら、15年間続いた繋がりは一人の男に立ち切られたらしい。
俺が一人しんみりしていると、スマホが鳴った。
メールの相手は、日南。
「日南か?」
「鋭いですね、鈴森部長。」
「……お前の表情でなんとなくわかったよ。」
「それで、なんて書いてたの?」
随分と興味津々で楽しそうな黒崎さん。
そんな黒崎さんを置いて、俺は一人でメールを見た。
……どうやら、メールの内容はそんなに楽しいものでは無さそうだ……。
「えーっと……金平に呼び出しをくらいました……。」
「それって……前行かなかったから?」
「多分、違うだろうな。また別の用事だろうな。」
「……け、喧嘩は許しませんよ。」
流石おさげ勇者、もとい有栖川さん。
でもごめんね、足震えてるからか威厳がないよ……。
しかし、それでも心配してくれていることには変わらないので、心の中でお礼をしとくことにした。
「鈴原さん。」
「どうしたんですか? 比屋定先輩。」
「何をされても、決して反撃しないでくださいね。」
どうしてかはわからないが、反撃はするなとのこと。
まぁ、多分、恐らく、お話をするだけだろう……知らんけど。
後は俺の鋼の精神を信じるしかないだろう。
「わかりました。任せといてください。」
俺は呼ばれた場所まで歩いた。
正直呼ばれた時間には遅れそうだが、胸を張ってゆっくり歩いた。
そして俺は、呼びだされた体育館倉庫前まできた。
「はぁ、災難極まりないなぁ。」
正直、嫌な予感しかしないが、行かないと理科研究部にまで迷惑がいきそうなので仕方がなく行くことにした。
それからね、私は、怖いなぁ、怖いなぁって思ったんですよ。
俺は気ほども似てない稲○淳二のモノマネを心の中でして、怖さを紛らわせた。
……うん、正直超怖い。
「……誰もいない?」
俺はキョロキョロと周りを見渡したが、誰もいない。
が、体育館倉庫の扉が少し空いていることに気づいた。
俺は、興味本位で覗いてしまった……。
「っ!…………」
中では、日南と金平宗一がお互いに激しく身を寄せ合っていた。
理性を忘れた獣のように声を上げ、体を打ちつけ合っていた。
俺は、今まで見たこともない日南の表情を、ただ扉の隙間から覗くことしか出来なかった。
俺の中で悔しさと怒りと、ほんの少しの殺意が湧いて来た。
わかっていたことだ。
わかったはいたが、自分があの時何か行動していれば……。
そう考えるとキリがない。
とりあえず、この場から離れようと俺が半歩下がると、急に目の前が暗くなった。
「な……! がはっ!!」
急に目の前が見えなくなったと思ったら、今度は腹部を殴られた。
俺はその場に倒れ込むと、複数人で蹴られ、踏まれた。
感じるのは、男達の笑い声と日南の喘ぎ声、身体の痛み……。
決して反撃してはいけないと言う比屋定先輩の言葉。
……俺は、このまま死ぬ、のかな……。
このまま死ぬくらいなら反撃してみようかな……。
そう思ったとき、遠くから誰かが走ってくる音がした。
「先生! こっちです!」
声の主は、黒崎さん。
助けに来てくれたのだろうか。
男達は、黒崎さんの言葉を聞いて逃げ出した。
俺は倉庫の中に日南と金平がいることを伝えようとしたが、体が動かない。
彼女は、俺の肩を持って保健室まで連れて行った。
「……大丈夫……なわけないか。」
「黒崎さん……ありがとう。」
「無理に話さなくてもいいよ。骨は折れてないと思うけど、一応、病院行こうか。」
「あぁ……そうするよ。」
……身体中が痛む。
俺が身体の痛みと闘っていると、何故か救急車のサイレンが聞こえて来た。
……黒崎さんが呼んだのだろうか。
「大丈夫ですか、鈴原さん。」
そう言って入って来たのは理科研究部の三人。
皆が読んでくれたのだろうか……。
「鈴原さん、今日はもうこの学校に残るべきではありません。ですので、私の父が経営してしている病院に行ってください。ここよりは幾分かマシでしょう。」
どうやら、比屋定先輩は本当にお嬢様らしい。
俺は、そのまま入ってきた救急隊の人に身を任せて病院まで行った。
目を閉じると、あの光景が浮かんでくる。
俺は、まだ心のどこかで日南を信じていたらしい。
だからこそ、こんなにも心が痛いのだろう。
『自分には、多少過保護くらいが丁度いいんだ。』
本当にそれでいいのか? そうやって自分の感情から逃げ続けた結果がこの有様だろう。
俺が傷つきたくないという理由で、日南と金平から目を逸らしてしまった。
……今更何を言っても遅いがな。
俺は、そのまま眠気に身を任せて眠りについた。
「涼太!」
誰かに名前を呼ばれた。
だが、こんなに元気よく俺の名前を呼ぶやつなんて一人しかいない。
「涼太! 私、涼太のことが大好きだよ!」
見慣れた姿と聞き慣れた声で彼女は俺に微笑みかけた。
いや、正確に言うなら俺に似た誰かだ。
俺はその二人を遠くから見ているだけだ。
「日南……日南!」
飛び起きると、そこは病院の一室。
それに、随分とご立派な一人部屋だ。
「起きたか、涼太。」
制服の上から白衣を着た女子生徒が話しかけてきた。
どうやら、俺が起きた時に説明する人がいた方がいいと言うことで、交代制で看病してくれたらしい。
俺は、鈴森部長から俺が運ばれた後の話を聞いた。
まず、俺をボコった連中は何も証拠がないので、誰かすら突き止められないらしい。
そして、急に鈴森部長の表情が暗くなった。
「涼太……落ち着いて聞いてくれ。」
「大丈夫です。」
鈴森部長は少し黙り、俺をしばらく見た。
鈴森部長の難しい顔は初めて見た。
「……涼太は今、小森日南に暴力を振るっていたクソ野郎になっている。」
「……は?」
「そして、金平宗一はそれを助けた英雄としてみんなに慕われている……。」
何を言っているのか理解できなかった。
金平が……英雄? 俺が……日南に……暴力……?
俺は、更に絶望の淵に追いやられた。
「……言うべきか迷ったんだがな……心の準備が必要だからって黒崎がな。」
「…………すみません……今は、一人にしてもらっていいですか……。」
「あぁ。」
俺は一人になった病室で、一人放心状態になった。
未だに意味がわからなかった。
「あああああああああああああああ!!!」
俺は叫んだ。
叫ばないと、心が完全に壊れてしまう気がしたから。
今我慢すると、他の誰かを傷つけてしまうかもしれないから。
それから、五分くらい泣いた後、ようやく心が落ち着いてきた気がした。
それを察しのか、鈴森部長も入ったきた。
「もう、大丈夫なのか。」
「……わかりません。」
「そうか。私は売店で飲み物を買ってくるが、何か必要なものはあるか。」
「いえ、大丈夫です。」
「わかった。」
鈴森部長はそのまま病室を出た。
俺は少しぼーっとしていると、病室の扉が開いた。
……黒崎さんか?
しかし、入って来たのは母親だった。
そして、何故か大きめのキャリーケースを持っていた。
「母さん。」
「……あなた、日南ちゃんに暴力を振ってたんだってね。」
「……え?」
「とぼけないで! 日南ちゃんがあんたをどれだけ大切にしてたと思ってるの!」
「ちがっ……」
「あんたなんか……産むんじゃなかったわ。もう二度と、帰ってこないで。」
そう言って、持ってきたキャリーケースを病室に置いて出ていった。
不幸は重なるとよく言うが、まさしくこのことだろう。
俺は、自分の母親に勘当されたというのにものすごく落ち着いていた。
さっきまでの不幸が強すぎたのか、それとも、もう人生を諦めたのか。
俺はそのまま布団に潜り込んだ。
明日のことも、明日からのことも、今はもうどうでもよかった。
「鈴原!」
「涼太!」
売店から戻ってきた鈴森部長と、黒崎さんが勢いよく入ってきた。
二人とも走ってきたのか息が切れている。
病院は走るなって怒られるぞ……。
「どうしたんですか、そんなに急いで。」
「……さっき、階段で涙目でイライラしていたおばさんとすれ違って、もしかしたらって思って。」
「更年期とかじゃないんですか?」
俺はもう、真面目に答える気が無くなってしまったので適当に流すことにした。
まさか、自分の母親があんなに人の話を聞かない人間だとは思わなかった。
「……鈴原。このキャリーケースはなんだ。」
「……。」
「遅かったか……。」
やめてくれ。
慰ないでくれ。
俺は大丈夫だから……もう、慰めないでくれ……。
俺はまた、静かに涙を流す。
たった一人の男によって、俺は幼馴染も、彼女も、家族も、友人も、青春も全てを奪われた。
一体、俺が何をした。
金平宗一とは話したこともない。
それなのに、どうして俺が……こんな目に……。
「涼太。」
「……。」
「私たちは、絶対にいなくならない。涼太を裏切ったりしない。」
「黒崎……。」
「だって、私は美少女探偵で、涼太は私のパートナーだからね!」
黒崎さんは優しく俺の手を握った。
彼女は、どこまでも美しい。
だからこそ、俺は彼女を信じることができたのかもしれない。
ーーこれは、自称美少女探偵による、寝取り復讐の物語だ。
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