第7話 黒崎 未玖


とにかく、これからやることは色々ある。

 まずは生活だよな……。

 少し調べてみると、勘当には法的効力は無いらしい。

 だからまぁ、家に帰ってもいいんだが、できれば帰りたくない。

 それに日南と金平のことだ。

 撮影をしなかったのが痛い。


「……これから先の予定は決まってるのか。」

「……いや、まだ全然です。」


母親が持ってきたキャリーケースには俺の通帳なども入っていたので食べ物はどうにかなりそうだが、泊まるところはどうにもならない。


「あの、もしよければ私のお祖父様が経営しているホテルをお使いになられますか?」

「……ありがたいんですが、未成年を泊らせるのは比屋定先輩のお祖父様に迷惑がいってしまいます。」


まぁ、幸い俺はどこでも寝れるので、こっそり家の敷地で寝ればいいだろう……雨風は防げないが。


「それじゃあどうするんだ? ……最悪、私の家に来ればいいが。」

「お気持ちはありがたいんですが、先輩に迷惑をかけるわけには……。」


鈴森部長は人の心配してる場合じゃないだろうと言われたが、俺がきっかけで起きたことだし、先輩にも金平の魔の手がいってしまうかもしれない。

 ……確かに、人の心配してる場合じゃないが……。


「じゃあ涼太は私の家に来るってことでこの話は終了! 次に小森日南と金平宗一についてだね!」


んんんんん???

 気がついたら黒崎さんの家に行くことになってたんですが……。

 もちろん、黒崎さんにも迷惑をかけたくないと言ったが、来ないなら気絶させてでも連れて帰ると脅されてしまった。

 案外強引だなこの人。


「鈴原さん。」

「どうしたんですか?」


返事をした瞬間、比屋定先輩が頭を下げる。

 急なことすぎて驚きながらも、頭を上げてくださいと頼む俺。


「私が反撃するなと言ったばかりにこうなってしまいました。」

「何言ってるんですか、骨折も無かったですし別にいいですよ。」


殴られ蹴られはしたが、外傷は少ないので別に構わない。

 

「そうですか。よかったです。」


比屋定先輩はスッと真顔になった。

 ……結構ドライだな、この人。

 何故か自己紹介の時から嫌われている節がある。

 でも、ホテルを勧めてくれたので悪い人ではないだろう……多分。


「比屋定、説明はしておいた方がいいんじゃないか?」


鈴森部長も理由を知っているのか?


「これです。」


そう言って比屋定先輩は動画を見せてきた。

 それは、体育館倉庫前。

 ちょうど俺がボコられた場所だった。


「これって……。」

「ええ。あなたが暴力を振られた証拠です。」


これがあるのに、何故あいつらは誰にも責められなかったのだろうか。

 こんな絶対的な証拠だというのに……。


「見ての通り、絶対的な証拠です。相手が一方的に暴力を振るっている映像です。」

「これを学校に見せるのは……いや。」

「ええ。提出したところで理事長に揉み消されるでしょう。」

「だったら、SNSにあげるのは……。」

「それも考えましたが、下手にネットに上げると、こちらが訴えられる可能性があります。」


だったら、その映像は何の意味があるんだこの映像。

 もしかしたら、俺はただの殴られ損なんじゃないのか?


「じゃあ、その映像はどうするんですか?」

「それは保険だよ。」


座ってジュースを飲んでいた黒崎さんが言った。

 保険って、そんなの使う時あるのか?


「さっきも言った通り、それは君が一方的に暴力を振られている映像。それに、君に暴力を振るったのは金平宗一のただの取り巻き。親の権力なんて無い彼らにとっては恐怖そのものだよ。」

「……つまり、これは脅し用なのか?」

「いや、あくまでもそれは保険でしかない。本当なら金平宗一も映るかなと思ったんだけど、どうやら倉庫の窓から逃げたから映らなかったんだ。だからそれは、もし金平宗一を追い詰めるのに手詰まった時に、あの取り巻きを利用するために使うよ。」


なるほど。

 つまり、予定とは違ったが完全に殴られ損というわけではないらしい。

 

「とりあえず、今日一日は検査入院をして、明日退院だって。」

「それで、黒崎さんの家に連行されると。」

「よく分かってるね。さすがは相棒。」


俺は明日からのプライベートな時間にお別れを告げてから明日の覚悟をした。

……正直不安しかないが。


「それじゃあ、私たちは帰るね。」

「あぁ。今日はありがとう。」


黒崎さんたちが帰ろうとすると、ずっと椅子に座って本を読んでいた有栖川さんが本を持って歩いてきた。


「……鈴原さん、この本、読み終わったのであげます。」

「え、あ、ありがとう。」

「……では。お大事に。」


……意外と優しいんだな。

 彼女はそのまま一礼して病室から出た。

 俺はパラパラと本を捲ると、本の途中に栞が挟まっているのに気づいた。


「全然、読み終わってないじゃん。」


 世の中まだまだ捨てたもんじゃないな。



✳︎


次の日、異常なしということで退院した。

 俺は昨日元母親が持ってきたキャリーケースと有栖川さんの本を持って病院の外に出た。

 メールを見ると、黒崎さんが迎えに来てくれているらしいが……。

 

「無事に退院できたみたいだね。」


声をした方に目を向けると、そこには私服の黒崎さんがいた。

 灰色のパーカーワンピースに黒のジャケット、そして黒のスニーキーパンツのコーデ。

 うん、いい。

 クラスの女子の私服は小森日南以外で見た事がなかったし、その小森日南もデートの時はずっとジャージだったので、実質これが初めてだ。


「涼太? どうしたの?」

「あいや、なんでもない。」

「それじゃあほら、乗った乗った!」


黒崎さんは行きに乗ってきたであろうタクシーに俺を乗せて出発した。

 車内では、これからの生活について少し話し合った。

 仮にも男女が一緒に暮らすのでルールはしっかりと作らないといけない。

 そして、話し合って決めたことと分かったことがある。

 まず、黒崎さんは今は妹さんと二人暮らしをしているらしい。

 そして、妹さんは現在中学三年生だが、学校には行ってないらしい。

 ……その辺は、俺も詮索はしなかった。

 そして、その後もルールについて話していたら、マンションに着いた。

 俺は黒崎さんに連れられて部屋まで移動した。


「ただいま〜。」

「お、お邪魔します……。」


俺は玄関でスリッパに履き替えて、リビングに上がらせてもらった。

女子の部屋は言うまでもなく小森日南の部屋以外入ったことがない。

というか、部屋というか家?


「今日から無期限でここが帰る場所になるんだからくつろいでもいいよ?」

「い、いえ、お構いなく……。」


くつろげない! 絶対にくつろげないよ!


「涼太〜。」

「はい〜。」


俺は声がした方まで移動した。

 途中、未玖と書かれたドアプレートが掛かっているドアを発見した。

 ……妹さんの名前は未玖さんと言うのか。


「今日からここが涼太の部屋だよ。」

「……もしかして、俺のために空けてくれた?」

「大丈夫だよ、使ってなかったところを少し掃除しただけだから。」

「いや、それでもありがとう。」

「んん! ま、まぁ、適当に布団と机だけ置いておくからそれを使って……それじゃあ、私は買い出しに行ってくるから……それじゃ!」


俺も手伝う……と言う前に行ってしまったので、俺はキャリーケースに入っていたものを整理を始めた。

 キャリーケースの中は数日分の服と謎の手紙。


「服があるだけまだマシか……。」


恐らく、家に置いていても邪魔なものを適当に詰め込んで俺に渡してきたのだろう。

 そして、謎の手紙。

 送り主は父親。


「『最後の慈悲として学費は出してやる、日南ちゃんにしっかり謝りなさい』……か。俺のこれからの学園生活は刑務所よりも辛いんですが。」


昨日の話を聞く限り俺がDV男って話はみんなに広がっている。

 その中で学園生活を送るのはハードルが高すぎるんですが。


「……まぁ、その辺は追々考えたらいいか。」


今更何を考えてももう手遅れだからなぁ。

 俺はそのまま整理を続けているとドアがノックされた。

 ……未玖さんか?


「はい。」


ドアを開けると『猫命』と書かれたTシャツを着た小学生ぐらいの女の子が立っていた。

 もしかして、この子が未玖さんかな?


「あなたがお姉ちゃんの彼氏?」

「ただの家なき子です。」

「ふーん……下僕なのね。」


家なき子だ。

 ……このまま下僕になる可能性も無きにしも非ずだが……。

 しかし、この子が例の不登校受験生か。


「それと、夜は基本的に静かにしてて。音が入っちゃうから。」

「音?」

「まぁとにかく! 夜は静かにしててね。」

「わ、分かった。」


彼女はそれだけ言うとドアを閉めた。

 まぁ考えても仕方がないし、郷に入っては郷に従えと言う。

 それに別にうるさくする理由もないだろう。


「あぁ、それと。」

「なんだ?」

「私は未玖。黒崎 未玖よ。」

「そうか、俺は鈴原 涼太。よろしく。」


彼女は返事をせずにそのまま自分の部屋まで戻ってしまった。

 どうやら、俺は初対面の女性には嫌われやすいらしい。

 ……それにしても、猫命か。

俺の中であのTシャツがツボに入って一人笑っていたのは内緒。


「今度、猫カフェにでも誘ってみるか。」

 

いつまでかは分からないが、これから一緒に暮らしていくので、ある程度は仲良くなっておこう。


「学校、どうしよかな。」


いや、父親が学費を払うらしいので行くには行くんだが、相当浮いた存在になるだろうな。

 もっとも、小森日南に合わす顔がない。

 元カノに会うだけでも気まずいのに、別れ方が別れ方だからな〜。


「ただいま〜。」


ちょうど整理も終わったところで黒崎さんも帰ってきた。

俺は玄関で荷物を受け取ろとしたところ、黒崎さんがバイクヘルメットを持っているのに気づいた。


「荷物持つよ。」

「流石、気が効くね。」


俺がバイクヘルメットを気になっていることに気づいたのか、バイクヘルメットを俺に渡した。


「実は私、バイクに乗ってるんだ。」

「なんか、ぽいな。」


いかついハーレーとか乗ってそうとか思ったが、口には出さなかった。


「未玖と話した?」

「ああ。夜は静かにしてろと。」

「まぁね、未玖はVtuberだから仕方ないよ。」


Vtuber……そういえば、この前父親が話してたな。

 在宅ワーク化の影響で流行ったとかなんとか。

 俺も、実際に見たことはないが。


「Vtuber……もしかして、それで学校が苦手に?」

「……それだけじゃ無いんだけど、大部分はそれだね。」

「まぁ学校が苦手なのは、それなりの理由はあるし…………それに、次から俺も、他人事じゃ無くなるかもしれないからな。」


DV高校生っていじめられたりするのかな。

 俺も、学校苦手になったら未玖さんのお手伝いとかしようかな。


「……涼太は、私の判断は正しいと思う?」


俺が、黒崎さんが買ってきてくれたものを冷蔵庫にしまっていると黒崎さんが聞いてきた。

 

「正しいと言うのは、未玖さんを学校に行かせていないと言うことか?」

「うん。」


まぁ今の話の流れ的にそうか。

  

「……常識的に考えたら良いとは言えないな。」

「……そう……だよね。」


そう、中学生と高校生は違う。

 中学生は義務教育だ。

 俺も昔、行きたくないって駄々こねて母親に『税金で育ててもらってるんだから文句言うな。』って怒鳴られたことがあった。

 そう、中学校は税金で賄われている。

 言うなれば義務なのだ。

 だから、行かないなんて選択肢は本来は無い……。


「でも、俺的に考えると、間違っては無い。」

「え?」

「学校は夢を目指す場所だ。夢のない奴らが夢を探す場所でしかない。

夢があるやつ、叶ったやつには関係ない場所だ。」

「じゃあ、未玖はこのままでいいの?」

「……それは分からん。何より、社会はそれを許さない。」

「じゃあ、どうすればいいの? 私も色々考えたけど、未玖のためを思うと、もうそれしか方法は無かったの!」


黒崎さんは感情的に言い放った。

 確かに、俺も同じ立場ならそうしていたかもしれない。


「俺は未玖さんのことは全然知らない。当時の黒崎さんのことも。」


俺は空っぽになった袋を畳みながら考えた。

 今の俺が彼女たちに言えることを。

 今の俺だからこそ言えることを。


「でも、俺はどれだけ心が折られても逃げないよ。悔しいからな、自分に負けるのが。」


黒崎さんが買ってきたものを全てしまい終わった後、俺は黒崎さんにそう告げた。

 彼女を盗られて、家族に勘当され、青春も奪われた俺が言える言葉。


「……そうだね。それじゃあまずは、外に出る練習かな。」


俺も、近くの猫カフェでも調べておくか……。


「それじゃあ、一緒にご飯でも作る?」

「あぁ。部屋にいても暇だからな。」

「あ、その前に……」

「なんだ?」


彼女は俺に近づいて、耳元で囁いた。


「ありがと。」

「……。」

「これであいこだね!」


……危うく昇天するところだった……。

 俺はこれから先のこの生活と、壮絶な学園生活を思いながら初日を過ごした。

 

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