第4話 鈴森由那と理科研究部
どうしたらいいか。それ以前に、俺がどうしたいのかがわからない。
話の内容的に黒崎さんには策があるらしいが一体何をするつもりなのだろうか。
俺にはわからないが、黒崎さんに頼りっぱなしと言うのもあれだからな。
「涼太、考え過ぎはダメだよ。」
「え?」
「人の心っていうのはね、自分が思っているよりも傷つきやすいんだよ。比較対象が無いからね。自分が思っているよりも傷ついていたり、傷ついてなかったりする。だから、自分には多少過保護くらいが丁度良いんだ。」
黒崎さんは少し表情を暗くした。
この言葉は、友達を守れなかった黒崎さんの言葉なのか、それとも自称美少女探偵の黒崎さんの言葉なのかはわからない。
しかし、この言葉は、彼女の本心だろう。
確証は無いが、何故かそう思う。
「自分に過保護に……ね。」
「そう。大切なことだよ。」
俺はそのまま昼休憩を終え、午後の授業に入った。
相変わらず二人は、ずっと喋っている。
俺はもはや諦めムードで、授業を聞いている。
そのまま授業を終え、家に帰ろうとしたところを日南に止められた。
「涼くん! 今日は一緒に帰れそうだよ!」
嬉しそうに俺の手を握る日南。
今までの俺ならそのまま嬉しそうに一緒に帰っただろうな。
だが、今は手すら握られたくない。
正直、こうして喋っているだけでもきつい。
俺は、溢れ出る嫌悪感を押し込めて日南と話した。
「すまん。俺も今日は部活動見学があるんだ……。」
もちろん嘘だ。
そんな予定は無いが、日南への疑いが晴れるまではこうして距離を取っておいた方がいい。
念の為に……。
「そっか……。それじゃあ先に帰るね!」
「あぁ、気をつけて帰れよ。」
日南は他の友達と一緒に教室から出た。
俺も時間差をつけて帰ろうとしたが、よく考えたら家が隣なのでワンチャンバレる。
困ったな……。
「涼太、暇だよね。」
「なんで疑問形じゃないの?」
「さっきの会話聞いてたからさ。」
納得。
それでまぁ、俺はどこに連れていかれるのやら。
俺は今から自分の身に起こる事に身を震わせた。
「それで、どこに行くんだ?」
「ま、いいから着いてきて。」
俺は黒崎さんに身を任せ、手を引かれるままに歩いた。
なんか怖い人達が沢山いる部屋に連れてかれて金払えとか言われたらどうしよう……。
「大丈夫だよ、金払えとかは言わないからさ。」
「それじゃあどこにいくんだ?」
「え? 部活動見学に行くんでしょ?」
どうやら、俺はこれから部活動見学と言う名のカツアゲにあうらしい。
南無三。
「ほら、ここだよ!」
連れられて歩くこと数分。
俺は特別棟一階にある化学準備室に連れてこられた。
特別棟は、放課後になるとほとんど人がいない。
暗くなると、結構不気味だ。そんなところに一体何のようなのか。
「由那ちゃん、入るよ〜。」
黒崎さんは中にいる由那と言う人の返事を待たずに中に入った。
「黒崎絢香、私が返事をしてから入れと昨日も言っただろう。」
「由那ちゃん、実験に集中してて返事しないから仕方ないでしょ。」
「はぁ……まぁいい。それで、後ろの男は誰だ?」
と、ここで焦点が俺に向いた。
由那という女子生徒は、日南と同じくらいの身長で、髪は後ろで括り眼鏡をかけ、制服の上から白衣を着ていていかにもリケジョといった見た目だ。
「あ、俺は鈴原涼太です。」
「そうか。私は鈴森由那。二年生で、理科研究部の部長をしている。」
先輩だったのか。黒崎さんが普通にタメ語で話してるから同い年かと思ってた……。
しかし言われてみれば鈴森先輩は高校二年生とは思えない落ち着きがあった。
「由那ちゃん、涼太は今日からこの理科研究部の部員だからよろしくね。」
「「ちょっと待て」」
俺と鈴森先輩の声が揃う。
全くもって黒崎さんの行動力には目を見張る……。
というか、俺今日は見学に来ただけなんだが……。
嫌な予感がした俺はゆっくりと後ろに下がり教室から出ようとしたが、がっちりと制服の袖を握られた。
「ダメだよ涼太。それに、帰っても小森さんがいるでしょ?」
やべ、逃げ道を塞がれた。
いやまだ希望はある。
鈴森先輩が常識者なら、こんな得体の知らない男を部活に入部させたりはしないだろう。
俺は鈴森先輩に希望を馳せて願った……が。
「まぁ、教師にも人数を増やさないと廃部にすると言ってたしな。」
まさかこの流れは……
「ようこそ理科研究部へ。歓迎するよ、鈴原。」
……だがまぁ、これで日南と距離を置く理由づけもできるし丁度いいか。
できるだけポジティブに考えようと思った俺が出した結論だ。
そして俺は鈴森先輩……鈴森部長に事の経緯を話した。
部長は何かの実験をしながらだが、反応をしながら聞いてくれた。
「鈴原もなかなか苦労しているな。」
「だよね〜。」
鈴森部長は何かの実験をしながら、黒崎さんはどこからか淹れてきたコーヒーを飲んでいた。
……俺も、自分じゃわからないだけで案外苦労しているみたいだな……。
『自分には過保護くらいが丁度いい。』俺は黒崎さんの言葉を思い出した。
確かに、大事なことかもしれないな。
「で、だ。黒崎は鈴原をここに連れてきて何をするつもりなんだ。」
「涼太は、少し日南さんとは距離を取った方がいいと思うからね。」
「要するに、ここで匿えってことか。」
「さすが理科研部部長だね。理解が早くて助かるよ。」
二人は着々と話を進めていった。
俺は、薬品の匂いが立ち込める化学準備室の中で二人の会話を聞いていた。
まとまった話を整理すると、俺をここに匿うのは許可。
ただし条件としては俺と黒崎さんの他にもう一人連れてくることらしい。
「どうしてもう一人なんですか?」
「あぁ。部活動を継続するには五人必要なんだ。」
「それなら、後二人必要では?」
「いや、私の友人が入部してくれるから問題ない。」
そう言うことで、俺が誘わなければいけないのは一人。
高校に入学してまだ二日三日しか経っていない俺に取ってはかなり難しいな。
クラスのやつで考えても、日南、金平は論外。
黒崎さんは入部している。
……無理ゲーじゃね?
俺は、助けを求めるために黒崎さんの方を見たが、彼女は優雅にコーヒーを啜っていた。
「どうするんだ黒崎さん。俺には無理そうだけど。」
「まぁ大丈夫だよ。この美少女探偵に任せなさい。」
そこまで言うなら黒崎さんに任せておこう。
この件は俺にはどうにもならなさそうだ。
……しかし、一体誰を誘うつもりだろうか。
黒崎さんは昨日学校を休んでいる。
クラスとの交流は俺よりも少ないはずだが……。
「大丈夫だよ鈴原。」
「え?」
「あいつが自分のことを美少女探偵と名乗るときは、全てを見通してるときだ。」
鈴森先輩は、液体が入ったフラスコをふりながら言った。
黒崎絢香……まだまだ謎の深い人だな。
しかし、鈴森部長と黒崎さんは前から知り合いだったのだろうか。
「まぁ、私としては部活に名前さえ置いといてくれれば誰でもいいがな。」
その言葉に苦笑いをしていると、スマホが鳴った。
通知欄に書かれた名前は……小森日南。
部活動見学が嘘だとバレたか? いや、今俺は実際に見学しているから嘘にはならないが……。
「日南さんから?」
「あぁ。……どうやら、金平宗一が俺に会いたいといっているらしい。」
俺は二人にメッセージの内容を見せた。
詳しく話すなら、日南は今、金平と電話をしていて俺の話をしたところ会ってみたいと言うことらしい。
「どうするんだ? 行くのか?」
「逆に、どうしたらいいと思いますか?」
この場合どうすればいいんだ? 何をされるかわからないから
できれば行きたくは無いのだが、行かなかったら日南が何をされるかわからない……。
俺がどうするべきかと迷っていると、黒崎さんは足を組み顎に手を当て、いかにも推理中の探偵のようなポーズを決めながら話した。
「私の意見としては、行かないことをおすすめするよ。 だって、今の涼太には何のメリットもないじゃん。」
「……そうだな。今の鈴原には日南の言うことを聞く義理はない。何をされるか分からない以上、行くのは危険すぎる。」
結果として、二人の意見は『行くな。』だった。
もちろん、俺にメリットは無いことはわかっている。
しかし、俺が行かないと日南が何をされるのか分からない。
「行かなければ彼女が何をされるか分からない……か? 君の彼女は、無自覚とはいえ君を裏切ったんだぞ? 君がそこまでして守る必要があるのか?」
確かに、鈴森部長が言っていることは間違っていない。
日南は俺を裏切った。
だが、彼女に自覚は無い。
だからこそ、俺はまだやり直せると思った。
いや、思ってしまった。
「とりあえず、今日は解散にするか。」
「それじゃあまた明日。由那、涼太。」
「それじゃあ。」
それから片付けを終えた俺たちは化学準備室を出た。
時刻は午後五時を回ったところだ。
「ねぇ、二人ともこの後暇?」
夕日で照らされる廊下を三人で歩いていると、黒崎さんが妙にわくわくした様子で聞いてきた。
俺は、静かに鈴森部長の方を見ると見てはっきりわかるくらい嫌な顔をしていた。
恐らく、彼女はこの流れに何回も付き合わされたことがあるのだろう。
「黒崎さん、まさかご飯行こ。とか言わないですよね。」
「奇遇だな鈴原。私も、今同じことを言おうと思っていたところだ。」
どうやら、鈴森部長も同じ意見らしい。
もしかして、この人は毎回この流れに付き合わされてるのか?
俺は心の中で鈴森先輩を労った。
「すごいね。由那は昨日も付き合ってもらったからわかるとはいえ、涼太もよくわかったね。」
「だって、黒崎さん、ずっとコーヒー飲んでたじゃん。お腹空いてない人は、コーヒーは少しずつしか飲まないからな。何となく腹が空いてるんじゃ無いかなと思っただけだ。」
要するに、ただの勘。
お腹が空いてない人だってコーヒーをたくさん飲むかもしれない。
ただ何となく、時間的にも黒崎さんなら言うんじゃ無いかなと思っただけだ。
……俺はなぜ自分に説明しているんだ?
「うんうん、流石よく見てるね。私が見込んだ通りだよ。」
黒崎さんは自慢げに頷く。
というか、一体いつ見込んだのだろうか。
鈴森部長の方を見ると、諦めたように早歩きをしだした。
「由那はノリが悪いなぁ。それじゃあ行こうか、涼太。」
✳︎
そうして俺たちは、学校近くのファミレスで新歓のようなことをしていた。
現況を解説すると、黒崎さんはその体のどこに入ってるんだというほどの量を食べ、鈴森部長は単語帳片手に食事をし、俺はこの新歓もどきを盛り上げるための話題を模索していた。
俺が何を話そうかと頭を悩ませていると、単語帳と睨めっこしていた鈴森部長が話を切り出した。
「で、どうするんだ。金平宗一はかなり厄介だぞ。」
会話の内容は金平宗一について。
しかし、金平宗一が厄介とはどう言うことだ?
俺が頭にはてなマークをのせていると、黒崎さんは意外そうにこちらを見た。
「あれ、知らない? 結構有名な話だと思ったんだけど……。」
「まぁ、入学して間もないし無理はないだろう。」
どうやら、黒崎さんだけでなく鈴森部長も知っているようだ。
有名な話と言うのは、案外本当らしい。
「そこまで有名ってことは何か前科があるとかですか?」
決して見た目で判断するわけではないが、可能性は否定できない。
…………いやまぁ、大変だよな。
今時、見た目が綺麗でも中身が腐ってるやつとかいくらでもいるしな。
「いやそう言う感じのじゃないよ。ただ、金平宗一は空央学園理事長の孫
なんだ。」
何だそんなことか。
しかし、これで合点がいった。
うちの学校は、別に髪染めも日サロもピアスも禁止してない。
生徒手帳の校則欄も『風紀を乱す容姿は禁ず。』としか書かれていない。
しかし、あれだけ風紀を乱している制服の着方と見た目を教師が注意していないのは、上から圧力がかけられているからだろう。
と言うことは、理事長は孫に甘い。
もちろん、教師たちが勝手に怖がって……という線もある。
「でも、それがどうして厄介なんだ?」
「つまり、私たちが金平宗一に何かして、彼が理事長に、心当たりある人に君の名前を言ったとする。そうすると、君はどうなる?」
なるほど。
俺は退学、日南はますます金平にのめり込みそのままバッドエンドってことか。
できれば、理事長が孫に厳しいタイプの人間であってほしいんだがなぁ〜。
「そもそも、金平宗一の入試方式って何だったんだ? あの体格の良さを見る限り、スポーツ推薦か?」
「いや、彼は今、女子バレー部のマネージャーをやってるからそれはないね。」
そう、だからスポーツ推薦はない。
あるとするなら、特別推薦か一般か……まぁ、どちらにせよ教師の介入が容易なのは確かだ。
「そうか。だがまぁ、今はどうにもならないしもう少し機会を伺って見るか。」
「ふぉうだね。いもぁはふぉえひかあひへ(そうだね。今はそれしかないね)」
「黒崎さん、食ってから話してくれ。」
しかし、悠長にしてられない。
金平と日南の関係がこれ以上悪化したら、もう取り返しのつかないところまでいってしまったら……。
俺はそこまで考えた後、コップの水を一気に飲み干した。
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