壱話目
穏やかな陽気に包まれた町の一角にて。
立派な神社がそこにあった。
そこの神主、
「――だからね、彼も反省してるみたいだし大丈夫だって」
「いいえ! 反省するはずがありません! だってアレは人間じゃないんですよ!」
女性の名は
隣町の宝石店で支部長を務めるやり手OLである。そんな彼女が、なぜわざわざ隣町までやってきて神社の神主に詰め寄っているかと言えば。
「結局盗まれたお金はボロボロになって返ってきました! 私は退治を依頼したはずですよね!? どうしてアレがまだ生きてるんですか!」
「必要ならば退治を、と言って僕は引き受けたんだ。無為な殺生は僕だって好かない。アヤカシだって生きているんだよ、そうだろう?」
「う……そ、それは…、そうですけど」
妖怪に金を盗まれた、と。
彼女が神社へ駆け込んできたのは、丁度一週間前。
秋彩の弟子である青年が焦燥しきった彼女を落ち着かせ、彼女よりも慌てた様子で、書斎に居た秋彩を呼びに来たのが昨日の事のようだ。
彼女は昔から人でないものをよく見たという。それは微かに見えたり、時折ハッキリ見えたりとまちまちだが、あの日だけはヤケにハッキリと見えたらしい。
そうして腰を抜かした彼女を嘲笑うようにして、姿の奇妙なアヤカシは彼女の財布を盗んで行ったと…。
そんな彼女はどこで知ったか、隣町より電車を乗り継いで町へやってきて秋彩に依頼をしたのだ、『金を盗んだ妖怪から金を取り返して欲しい』と。
「彼らにとって人間のお金なんてのはただの紙切れだよ。何の価値もない。ただそれを人間が大事そうにしていたから近くで見てみたかっただけなんだよ」
「でも! アレのせいで私のお金は使えなくなったんです! アレらに弁償は無理でも償わせる事は出来るでしょう!」
神社の境内に響く紫藤の叫び声に、秋彩もいい加減溜息をつきたくなった。
秋彩は、神社を囲む塀の上で座り込んで、野次馬を決め込むアヤカシ達をチラ見して、紫藤に視線を落とす。
「使えなくなったって言っても銀行へ行けば交換してもらえるだろう? それに件のアヤカシも暫くはこちら側へは来ないと言っていたよ。生まれて間もなかったらしいし、あちら側で生き方を学ぶだろうさ。
君はこれ以上何を望むんだい」
秋彩のあからさまな『面倒だなあ』なんて顔に、紫藤の表情が固まる。
目の前に立つ神主は紫藤の望む形ではなかったにしろ、紫藤の依頼を引き受け終わらせた。その上でそれに文句を付けている紫藤は、タチの悪いクレーマーである。
「……また来ます。退治してもらえるまで諦めません」
意地を張るように言った紫藤は、それでも秋彩に頭を下げて境内を出ていく。秋彩は境内を掃除していた箒に身を預けてから、長い溜息を吐く。
「女性っていうのは皆ああなのかな、…怖いねぇ」
情けない声に、塀の上のアヤカシ達の笑う声がした。
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