拾弐話目

 神社を出て、以前刑事達を駅まで送る為に通った公園をも抜けて、町の人も滅多な事がないと寄り付かない、鬱蒼とした森へやって来た秋彩と美冬は、秋彩の言う“裏切り者”を探していた。


「あの、秋彩さん」


「んー? どうかしたかい?」


「妖精を、探してるんですよね?」


「んー。そうだよ」


 美冬の問いかけに、半分生返事で応える秋彩は、森の茂みをかき分けたり、覗いたりしながら、件の妖精達を探していた。

 美冬はそんな師匠を眺めながら、自分の首から下げられた物を手の平で持ち上げる。


「どうして俺は虫籠を持っているんですか」


「捕まえたらそこへ入れるからだね」


 とても簡潔な答えに美冬は「ええー…」と戸惑う。

 神の遣いである妖精を、こんな、近所のスーパーで売られていた格安の虫籠へ入れても良いんだろうか。というか逃げたりはしないんだろうか。ただのプラスチックで出来た、本当にどこにでもあるような緑色の虫籠である。


 と、そこまで考えて。

 美冬は森の入り口へ着いた自分へ、虫籠を押し付けてきた師匠の持っている道具を見遣った。


「秋彩さんはどうして虫取り網を持っているんですかね」


「これで捕まえるからだよ」


 まるで“何を当たり前の事を”とでも言いたげな顔をして、美冬を振り返る秋彩。人ならざるものに関しては、秋彩の方が圧倒的に知識がある。

 悲しきかな、アヤカシやその他の生き物に理解はあっても、教養は然程無い美冬は従わざるを得ないのであった。


 間違っても、虫扱いしてますよね、なんて言葉は口にしてはならない。







 ―――嫌だ! 離して離して!


「だあめ。君達はまだこちら側に来るべきじゃ無いんだよ」


 ―――まだ遊んでたい!


「秋彩さん…そんな、雑な持ち方で良いんですか…」


 ―――コトワリには触れてないじゃない!


「構わないよ。ほら、美冬くん。虫籠を開けて」


 ―――アキサイの分らず屋!


「はいはいそうだねー」


 混沌カオスである。

 騒いで、喚いて、逃げ惑う光の玉を慣れたように虫取り網で捕まえた秋彩は、網から妖精を取り出すと、美冬に虫籠を開けさせる。


「ひぃ、ふぅ、みぃ。…あと五匹だね」


「妖精が犇めきあってる虫籠って、中々に気味が悪いですね…」


 籠の中の妖精を器用に数える秋彩と、そんな師匠が数えやすいように籠を抱える美冬。こんな隙間の多い虫籠に入れてしまっては、逃げられてしまうのでは、と危惧していた美冬だったが、実際の妖精達は出せ出せと喚くだけで、逃げ出す様子はない。


「森の中にはもう居ないかな」


「分かるんですか?」


「何となくだけどね。…後は、…。


 …―――……!」


「秋彩さん?」


 美冬の疑問に、微かに笑って答えた秋彩は途中で言葉を切る。何かに気が付いたような、息の吐き方だ。


「秋彩さん、…どうかしました?」


「……今、何か、」


「え?」


「何か、聞こえなかったかい?」


 秋彩の言葉に、美冬は瞬きをして、それから耳を澄ませる。

 森の木々は風に揺らぎ、遠くで鳥が唄っている。虫籠の中では妖精達が変わらず騒がしいが、微々たる音だ。町の人達も立ち寄らないから、人の気配もない。


「いえ、何も」


「……そう、なら良いんだ」


 そう言う割に、納得していなさそうな秋彩の顔を窺う美冬。

 「僕の勘違いだったみたい」と微笑んで、森の出口へと進んでいく師匠の背中を、美冬は追い掛ける事しか出来なかった。

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