拾壱話目
ぽたり、ぽたり、と。雨が降る。
雨粒が地面に落ちる度、大地は姿を変えていく。
通り雨のように突然降り出した雨に、男は舌打ちを零す。
昨日の昼、見慣れない神社を訪れ、女みたいな顔をした青年に何某か言われた後その場から逃げ去った男は、以前この町を訪れた際に出会った、親切な知人達に会うことが出来ずにいた。
上司から頼まれたとある企画の行き詰まりを感じていた男。
あの日、何の気無しに乗った電車は、隣だというのに立ち寄った事もない不思議な町に停まった。
電車を降り、改札を抜けてすぐに男はその知人達に出会った。クスクスと男の草臥れた風貌を嗤ったかと思えば、それを辞めるよう指摘した男に大層驚いて、それから…
………。
―――また来たの?
ハッと男は顔を上げる。知人だ。
その声が合図だったかのように、男の周りに彼等が集まってくる。
―――また来たんだって。
―――キカクは上手く行ったの?
―――上手く行くか心配だったの。
―――また持ってこようか?
―――まだあるよ!
―――赤いのだけじゃなかったよ!
口々にそんな事言いながら、集まってくる彼等を手で制する。皆笑顔だ。良かった、元気らしい。
あの日、落ち込んでいた男の話を聞いた彼等が、男の“企画”が上手く行くようにと動いてくれたのは記憶に新しい。
こんなにしてもらう義理はない、と断っても、自分達とお喋りしてくれたから、とお人好しにも程がある理由で協力してくれた彼等は、また男の事を助けようとしてくれているみたいだった。
今日は、大丈夫。と。
お礼を言いに来ただけなのだと告げる。
―――お礼?
―――なにそれ?
―――そんなの要らないよ!
―――ボクラがしたくてしたんだもん!
純粋に、心の底からそう言う彼等に男はため息を吐く。それでもありがとう、と紡ぐ男に、知人らは変なの、と言って男の周りをくるくると回る。
―――ねえ、他に困ってる事は無い?
―――あるなら、力になるよ!
特にない、と言おうとした口は止まる。
あの日、彼等が男の為にと用意してくれたソレの扱いに少々困っていたからだ。
男がどうしようか、と悩みを打ち明ければ、彼等はあの日と同じように親身になって話を聞いてくれる。
あーすれば、こーすれば、いや、そもそもそれはあーだったか。
皆がウンウンと首を傾げる中で、彼等の一人が、あ! と声を上げる。
―――壊しちゃえば?
一人の言葉を彼等は賞賛する。
その手があったかー! と口々に発案者を撫で回す。
きゃらきゃらと盛り上がる彼等に、男はでも、と否定的な言葉を紡ごうとし―
―――大丈夫!
―――貴方は何も悪くないよ!
―――困ってるんでしょ?
―――困ってるんだったら、
―――それを解決しないとね!
あの日と同じ、自分を肯定する言葉に気持ちが良くなる。
そうだ、自分は悪くない。
元はと言えば、あんな企画を自分に押し付けてきた上司が悪い。企画の進みが悪いのだと苦言を呈してきた同僚が悪い。たまたま乗った電車がこの町に停まったのが悪い。そしてこの町に、あの神社があったのが悪い。あんな所にあんな物を置いているのが悪い。大した防犯もせずにいるから悪い。それに、と男は自分の手の平を見つめる。雨に濡れた、寒々しい手の平。
…………。
あの の事だって、自分は悪くないはずだ。
だって、自分の事を ってはいなかった。
ですら無かった。だから、全部全部全部全部、全部。
「俺は、悪くないよな」
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