拾話目
翌日。
昨夜は秋彩が帰るまで、お預けを食らっていた――秋彩は伝言に“先に食べていて”と伝えたはずだが――美冬と共に、少し遅い夕餉を食べた。
幸いにも今日は朝からの客の予定は無いし、昼からも一件、訪問の予定があるだけだ。朝餉は勝手にするから、と美冬を遅くまで寝かせる事にした秋彩は、書斎で分厚い書物を読んでいた。
《―――それから、その四匹を
時折小鳥の囀る声が聞こえるが、後は秋彩が捲る紙の音だけ。
神社に住み着く小さなアヤカシ達も近寄りはしても、中にまでは入ってこない書斎は静寂に満ちていた。
「…白虎殿に頂いた酒は、まだ残ってたかな」
そんな呟きを零してから、秋彩はふいに目線を後方へ動かす。
常人では聞こえぬ、小さな小さな羽音。秋彩は目線を書物に戻し、続いて書斎の入り口へ声を掛けた。
「何かあったかな、随分焦っているようだけれど」
書物から目を離さず、そう問えば入り口の襖がひとりでに揺れる。まるで風に揺られているかのようだが、書斎にある一つの窓は完全に閉め切られていた。
「……、なるほど。こちらでも探してみるよ」
静かになった襖にそう言った秋彩は、書物を閉じ、立ち上がる。
急遽舞い込んだ依頼に、ため息が出そうになる。もう少し寝かせてやろうと思っていた弟子を起こさねばならなくなったからだ。
/
「妖精、ですか?」
「そう。妖精。
生まれたばかりの妖精っていうのは、悪意は無いけど、善意も然程兼ね備えてなくてね。こちら側に来てしまう前に、そういう概念を教えてあげなければいけないんだ。
生まれたての妖精にそういう教育を施しているのが“管理人”だね」
「その“管理人”が、秋彩さんに依頼を?」
昼餉には少し早い午後。
美冬を起こした秋彩は、昼餉の準備をしようとする美冬を止めて、依頼が入ったと身支度をするよう指示をした。
寝室にある衣装箪笥から、余所行きの服を取り出して着替え出す美冬を待ちながら、彼の質問に答える。
「そう。教育中の妖精が何匹か足りなくて、ほんの数日前にこの町へ来た形跡があったんだって」
「そうなんですね。………あ、」
「ん?」
余所行きの服に着替えながら、秋彩の話に相槌を打っていた美冬は、何かを思い出したように手を止める。
「昨日の事なんですけど、蔵に仕舞ってある預かり物の手鏡に封印札が施されていたじゃないですか」
「裏の爺様から梅雨時期まで預かっていてくれと言われたもの?」
「はい。…昨日、天日干しした屏風を仕舞う時に、封印札が少し剥がれ掛かっていて、直ぐに貼り直したんですけど…もしかして、と思って」
「恐らく、そうだね。妖精は神の遣いだから、神力の込められている物以外は効かないんだよ」
「なら、まだ近くに居るかもしれませんね。………秋彩さん?」
最後に帯を締め、護身用にといつも持たされている
顎の下を親指の腹で撫でている。これは彼が何かを考えている時の仕草だ。こうなってしまっては、いつものように呼び掛けるだけでは気付いてくれないだろう。
美冬は、秋彩が考え事をしている間に、神社の裏にある門扉を閉じて鍵を締める。普段はこの扉を“西側の扉”と呼んでいて、アヤカシ関連の客人はこちらの扉を介してやって来る。
表の門扉は町に住む人間だったり、あの刑事達のような外から来た人間用だったり様々だ。
…まあ、時折。表の門扉から堂々と入ってきては、境内で酒を飲み明かしていくアヤカシも居るけれど。
「表の扉に札を掛けておかないと、」
美冬は急いで居間に戻り、滅多に使うことの無い掛け札を取り出す。
《関係者不在につき、立ち入り禁止》
この町には、この神社ともう一つ、秦郡路が神主を務める神社があるが、普通の人間が立ち入る事ができるのは、美冬が弟子をしているこちらの神社であるからか、秋彩が神社を空ける事はあまり無い。
妖怪達の集う会合や宴に誘われても、半日程度で帰ってくるし、その間は留守を任された美冬が対応するので、掛け札を使う機会はそうそう無いのだ。
表の門から出る時に、この掛け札も忘れないようにしなければ。…と、そこまで考えて美冬は秋彩を思い出す。そろそろ考え事も落ち着いた頃だろうか。
美冬は掛け札を手に取って、寝室に戻った。
「秋彩さん、準備出来ました」
「美冬くん、寄る所が増えたんだけどいいかな?」
美冬の予想通り、考え事を終えていた秋彩は、その間に美冬が裏の戸を閉めたりしていたのなんて、気が付いていないように見えた。
「はい…、構いませんけど。どちらへ?」
「…裏切り者の所」
「…………へ?」
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