肆話目
「
「同じく東野です。昨日の事件について聞き込みをしています、今お時間大丈夫でしょうか」
斎藤、東野と名乗った刑事二人は真剣な眼差しで秋彩を見ている。下手な嘘をついて追い返すより、ここは当たり障りのない事を答えておいた方が良さそうだ。
…その前に。
秋彩は自身の後ろに隠れるようにして立っている美冬に目を向けた。
「美冬君、境内の掃除はあらかた終わった?」
「え、あ、はい。秋彩さん…あの、」
「なら、次は蔵の掃除を頼もうかな。明日は雨が降りそうだから今日のうちに雪柄の屏風を天日干ししておいて」
「あ、…でも、」
「ね?」
「は、はい…」
“刑事”という。
まあ普段真面目に生きていれば関わる事のない存在に、戸惑い気味だった美冬を無理に納得させた秋彩は、丁寧にも刑事二人と自分にお辞儀をしてから蔵の方へ駆けていく美冬を目だけで見送って、やっとこさ刑事二人に目を向けた。
「午後から用事があるので、それまでに終わるのでしたら何でもお聞きください」
人良さそうな笑みを浮かべてそう言った秋彩に刑事二人は少しだけ、何故か顔を強ばらせた。
しかしそれも一瞬で、二人とも職務を全うしなければいけない事に気が付いて東野は手帳を取り出した。
「昨日、隣町で紫藤 美和さんが何者かに殺害され、亡くなりました。…ご存知でしたか」
「ええ。昨日テレビで。…僕に聞きたい事とは?」
案の定、というべきか。
刑事達が聞いてきたのは数日前に神社を訪れて好き勝手に秋彩へ詰め寄った紫藤 美和の事だった。
「彼女の会社の同僚が、彼女から聞いていたんです。
隣町の神社に行って“お祓い”を頼んだのに取り入ってくれなかった。と。この町に神社はここだけでしたのでこうして聞き込みに。
彼女とはどういったご関係で?」
「特別な事など何も。
こんなに立派な構えだと勘違いする方がいらっしゃるんですよ、幽霊やらアヤカシやら、胡散臭い文句を並べてね。彼女もその一人で。
あまりにしつこいので辟易していたんですよね。だから適当にお守りを見繕って追い返しましたよ」
秋彩はニコリと、そう言って笑った。
刑事二人はその答えに怪訝な顔をしていたが、それ以上何も言わない秋彩に諦めたようだった。
「では―――」
そう斎藤が言った時だった。
びゅう、と強めの風が吹いたのは。
「あっ」
風の勢いに手が滑ったのか東野が手帳を手放してしまい、強い風に乗った手帳が宙に舞った。慌てて追おうにも、風が強すぎて顔を覆うしかない。
不自然すぎる急な風に、斎藤と東野は為す術なく身を守る事に必死だった。
「こら、駄目だよ」
風の中でそう言う秋彩の声が聞こえたと思えば、徐々に風が止んで東野の手帳が地面に落ちた。
「すみません、迎えが来たようです」
東野の手帳を拾って彼に返しながらそう言った秋彩に、刑事二人はもう呆然とするしかない。唐突な風に、先程の秋彩の発言。
聞きたい事は山ほどあるのに、それが言葉になって出てこないのは何故なのか。二人には分からなかった。
「美冬くーん! 美冬くーん!」
「はーい」
蔵の方へ叫んだ秋彩に、それに返事をした美冬。
刑事二人はそれを眺める事しか出来ない。
暫くして蔵の方から駆けてきた美冬は秋彩に「どうしました?」と声を掛けた。
「僕は秦郡路の所へ行かなくちゃいけない。悪いけど、彼らを駅まで送ってくれるかな。……随分不評を買ったみたいだから」
「……分かりました、お帰りは何時頃になりますか」
「そうだね、夕餉前には帰るよ」
「分かりました」
そうして突っ立っているだけの刑事二人は秋彩が「では僕はこれで」と言った時、やっと我に返ったようだった。
「ま、待って下さい! 最後にこれだけ。
昨日の午前11時から午後1時の間、どこで何をしていましたか」
慌ててそう質問した斎藤に、秋彩は顔だけを彼に向けて答えた。
「ここに居ましたよ、美冬君に聞いてもらえれば分かるかと」
そうして目だけで礼をして秋彩は去っていく。
彼を止める術を刑事二人はもう持っていなかった。
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