伍話目

 美冬は自分の後ろを歩く刑事二人を目だけで確認する。

 自身の師匠は言った。


 “随分不評を買ったみたいだから”と。


 この町には妖怪や妖精の他にが居るらしい。

 そのは、自分達、神社の関係者をひどく気に入っていて、自分達を汚すものは人間だろうが人間でなかろうが“嫌い”らしい。


 全て秋彩から聞いた話で、秋彩すら彼の師匠からそう伝えられたようで。ハッキリした事は何も分からないけれど。

 そのに“嫌われる”と大変らしい事は少し分かるのだ。


「斎藤さん、東野さん。この公園を通ります。

 俺の背中をしっかり、見ていて下さい。迷われると探すのが大変なので」


 美冬にそう言われて東野はムッとした。

 見たところ、見通しの良い広い公園だ。道に迷う要素など一つだってない。どの道もちゃんと見えるし、何なら駅から伸びる線路もよく見える。


 …さっきからなんなのだ。

 東野は見たもの以外信じない主義だ。ましてや幽霊や妖怪など、そんな御伽噺おとぎばなしでしか聞いた事のないようなものは信じる気にもなれなかった。

 だからこそ被害者が接触したというあの神主に話を聞くのは、東野にとって億劫だった。


 …しかし。あの突風に、それを止めるように言う神主。

 自身の手帳は宙を舞って、東野ですらその風に為す術がなかった。


 …さっきから、本当になんなのだ。


 この町には何か、…あるんだろうか。


「唄も、囁く声も、貴方たちを呼ぶ音も聞かない振りをして下さい。応えてはいけません。…呑まれる前に、助けるつもりですが…、出来れば呑まれそうになるのも回避したいので」


 目の前の青年はそう言って歩き出す。

 言っている事の半分も理解出来なかった。いっそ青年がおかしいと半笑ってやる事も出来たけれど青年の目は真剣だった。それどころか“これから本当に面倒事が起こる”ような顔をしていたのだ。


 意味がわからないながらも青年の後をついて行く斎藤と東野。

 コツ、コツ、とやけに響く靴音に首を傾げながら、青年の背中を見ようとした時だった。


「ああ、そうだ東野―――」


「え、はい―――?」



 ぐわん、と視界が揺れた。

 返事をした、誰に? 誰が? 

 ああ、そもそもここはどこだ。


 ああ、そもそも ジ ブ ン は 、




だ れ


     だ    っ    た 



                        か   ?





 視界と思考の揺れる音の中で何かの叫ぶ声が聞こえたようで。声が音になって、音が文字になって見えるようで。

 悔しいやら哀しいやら。負の感情が自分を呑み込もうとしているようで。


 耳の奥から体の隅々にノイズのような痛い音が這いずり回って、それのせいで身体が痺れているような、そんな感覚で。


 擽ったさと身体の動かない煩わしさに顔を歪ませたはずなのに。その顔すら、もうどこにあるのかも分からなくなって。


 騒がしい“声”が響く中で、なぜか小さな鈴の音がやけに明るく聞こ、え…テ…シマ………っ…………タ…?









 ―――クスクス  ―――ふふふっ


 ―――駄目よ こんな所に来ちゃ


 ―――ほら 呼んでるわよ



 ―――帰りなさい ―――帰りましょ




 ―――コトワリが待ってるわ。
























「―――さん! ―――野さん…! ―――東野さんっ!!」


「―――い、―――しろ、東―――!」



「ア、れ…? さいとう、さん…みフゆ、さん…?」


 目を開ければ、なんてことの無い長閑な公園の入口で。

 時々聞こえる鳥の声と吹き撫でる風の感触に東野は慌てて起き上がろうとした。


「うぐっ―――!」


「あ、まだ体を起こさない方が…! 呑まれ掛けていらしたので、こちらに繋ぐために少し細工を……。ちょっと待って下さいね…」


 そう言って美冬はぼんやりと公園の入口にもたれ掛かる東野の首に指を当てる。脈を測っているような仕草だ。


「大丈夫か、東野」


「さいとうさん…、おれ、なにがなんだか……」


 美冬に介抱されながらそう言った東野に、斎藤は少しだけ息を零してから答える。


「いや、俺にも何が起こったかは分からないけどな、公園から出ようとした所で彼が突然後ろを振り返ってな。俺も驚いて後ろを見たらお前が居なかったんだ」


「いなかった・・・?」


「だがな、こんなに見通しの良い公園で道に迷うなんぞ有り得んし、彼の慌てっぷりからして、お前が事前の注意を破ったんだと思ってな」


「あ…、いや・・・その、」


「………ったく、現地の忠告は聞いとくもんだぞ、それが理解不能でもな」


 斎藤にそう言われ、東野は反省の為に体を小さくしたのだった。

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