陸話目
一方その頃。
神主である秋彩は町の外れにある、塗装の剥がれ落ちた鳥居の前に立っていた。まるで捨て置かれたように突っ立っている鳥居の奥には、ただ木々が生い茂っているだけ。
「秦郡路は居るかい?」
秋彩が鳥居に向かってそう訊ねると、突如、鳥居全体が仄かに光を放ち始める。目を刺激するほどの光ではないが、薄暗い町の外れでは目立つものだ。
だと言うのに秋彩は珍しいものでもない、という風に、仄かに光を放つ鳥居をくぐった。
「おや、容疑者殿のお通りだ」
「…、早いな、もう知ってるの」
「町の連中が卑しそうに話してたからね」
鳥居をくぐって瞬きをすれば。
目の前には立派な神社が一つ。その神社へ続く石畳の道の途中に、赤を基調とした花柄の着物の女が一人。
秋彩を見てニヤリと狐のように笑った女は、彼を揶揄った。
「外から疑われるなんて珍しい。何かしくったのかい」
「いいや。偶然が重なっていつもと違う事が起こっただけだよ」
未だ揶揄うように言葉を続ける女に、苦笑いをして答える秋彩は、不意に女から視線を外して神社を見遣る。
「もう揃ってるの?」
「お前が一番最後だよ」
「ああ、そう。それはすまないね」
神社を見つめたままそう言った秋彩の肩へ、ふんわりと柔らかそうな光の玉が近寄った。秋彩はそれを指で捕まえると、視線もくれずにいじり回す。
光の玉は擽ったそうに秋彩の指から離れて、また近寄るを繰り返す。
秋彩は待たせるのも悪い、と女と共に神社に向かって歩き出す。
「盗まれた壺、宝石で出来ていたんだって?」
「ああ、
「柘榴石、ね・・・。一月の誕生石だ」
「ハイカラな事知ってんだね」
「美冬くんの誕生月だから。…弟子の事はちゃんと知っておかなければ」
そう言いながら笑った秋彩だったが、その表情はどこか悲しげに見えた。心配そうに自分を覗き込む光の玉を、意地悪にも手で覆うように掴む秋彩。
「それで? 盗まれた経緯も経路も不明なのかい?」
「
「・・・つまりお手上げって事だね?」
「まあ、つまりはそういう事だ」
疲れたように息を吐く女に、つられるように秋彩からも溜め息が零れた。
ではこれから行われるであろう会合は随分と難航するんじゃなかろうか。
夕餉前には帰るという美冬との約束を守れそうにないな、と秋彩はまた零れそうになる息を静かに飲み込んだのだった。
/
「では、俺はこれで失礼致します」
東野の体調が戻り、二人を駅まで送り届けた美冬は深深と頭を下げた。二人の刑事からは未だに怪しげな視線を貰っているが、ここで狼狽えては自分の師匠が更に疑われてしまう。
もう既に手遅れな気もする美冬だったが、“タイミング良く”、ホームへ入ってきた電車に少しだけ肩の力が抜ける。
切符売り場も駅員も居ない、木造の無人駅だ。電車がホームに居る時間も少ないだろう。刑事二人は顔を見合わせてから、美冬へ礼と、また来るかもしれない予定を告げてからホームへ入っていった。
電車内から次の駅をアナウンスしている音が聞こえてくる。
美冬は頭を上げてからため息と共に肩の力を一気に抜く。
「…、怪しまれたどころじゃないよなぁ…」
口の中でそう呟いてから、ガタゴトと騒がしい音を立ててホームから出ていく電車を見送った。
怪しむ、というよりかは“何を言っているのか分からない”だの“頭がおかしいんじゃないか”だの。そういう意味を含んだ目を向けられていた。
自分の師匠ならもう少し上手く事を運んだろうに。
刑事、という。イレギュラーな存在に少し焦ったのもあるんだろうが…。
「はあ〜あ。…失敗だったなぁ」
―――――ズレていたの、直さない方が良かった?
「うおっ、」
耳元で声がして美冬は思わず飛び驚く。
視線を向けた先には柔らかく輝く光の玉。声の正体が分かった美冬は、強ばった身体から力を抜く。
「いや、助かったよ。俺一人じゃ戻せなかったから」
―――――本当? 良かった、アナタ達の力になれて。
「…でもなぁ、また来るって言ってたでしょ」
―――――そうね。今度は知らないわよ。
無慈悲にも聞こえるその言葉に美冬は苦笑いをして、電車が出ていったホームを見つめる。
「…、早く解決すればいいな…」
お客様を駅まで送り届ける、という簡単なお使いだった筈が、どっと疲れてしまった美冬は情けない声でそう言ったのだった。
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