弐話目
そんなやり取りから数日。
日が沈む夕刻頃、秋彩は書斎に篭って書物を読んでいた。先代やその前の神主達が遺した、この町やあちら側にいる厄介なアヤカシを記したもの。
ずるずるとミミズのように這った字や達筆に整えられた手記らを閉じ、秋彩は疲れた目を揉んでグーっと伸びをした。
「そう簡単には見つからない、か」
バサ、と放られた手記は読み漁ったものの上へ落ちた。
何度も、何年も、秋彩は書斎の書物を読み漁る。
だけれど、やはり。秋彩の望むような答えを書いているものは無いのだ。
『秋彩さん、ご飯にしましょう』
襖の向こうから声がした。
秋彩の弟子だ。修行期間は三年と少し。よくやってくれていると思う。そう思うと同時に『手放す』のは惜しいとさえ思ってしまうのだ。
「うん、ありがとう。今行くよ」
襖の向こうにそう返事をして書物の山に手を伸ばす。
これを片付け終わる頃には夕餉も出来上がっているだろう。
/
「秋彩さん、遅いですよっ」
「ごめんね、片付けに手間取ってしまって」
「ご飯冷めても温めてあげませんからね」と怒っているのは弟子の
女のような名前だがれっきとした青年だ。しかし見た目が幼いのに加え、女顔なので近所に住む子供達には稀に「お姉さん」と呼ばれる事が悩みの種である。
彼は少々訳アリで、秋彩に拾われる前の記憶が無い。
秋彩はそんな彼を可哀想に見るでもなく、ただ笑ってこう言った。
『君の名を教えてくれるかい?
名がないのなら僕が付けてあげよう』
そうして付けられた『美冬』という名前は彼の全てになった。
「そう言えば秋彩さん。彼女、あれから来ませんね」
「彼女?」
「ほら、アヤカシにお金を盗まれたって言ってた、紫藤さん。ですっけ」
「ああ、彼女か…」
秋彩の湯のみにお茶を入れる美冬がそう言った。
あれから数日。また来ると言って、釈然としない様子だった彼女はまだ来ていない。秋彩としてはどうする事も出来ない事を怒鳴られるだけなので、来て欲しくないと言えばそうなのだが。
「来ないなら来ないでいいよ。…彼女のお陰で『人間嫌い』が来れなくて困っていたからね」
「ああ、あの方達ですか…」
美冬は遠い目をした。
彼の弟子になってからというもの、人ではない何かを相手にすることがよくある。秋彩に拾われる前の記憶は無いが、これが『普通ではない』という事はハッキリ分かる美冬だった。
彼らは人ではない。
だからこそモラルもマナーも無いに等しい。
美冬の仕事は境内や書斎の掃除と食事の用意。と秋彩に会いに来た人ならざるものへの案内。
掃除や家事よりも精神を削られるソレに、美冬は一生慣れる気がしなかった。
「美冬君、テレビつけてもらえる?」
「はい」
ピ、と電子音がしてテレビがつく。
ガヤガヤと騒がしいそれに天井裏に居たらしいアヤカシが逃げ出す音が聞こえた。
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