スケーターズ・オン・ザ・エッジ(下)

小泉藍

第二部(2)

第140話 努力賞には言葉の花束

●二〇〇四年十月~二〇〇五年三月


(1)-1

―――グランプリシリーズの六試合が終了し、世界のトップ選手の今シーズンのプログラムを、一通り見ることができた。

 女子シングルにおいて私の印象に最も残ったのは、やはり鷺沢伶里のフリープログラムだ。

 レゲエ音楽で構成されたこのプログラムは、プロそのものの出来は良いと、私は考える。

 しかしフィギュアスケートのプログラムは、ダンスのそれとは異なり、選手個人と不可分である。一人の選手によって滑られたプログラムが別の選手に受けつがれるということは、皆無ではないかもしれないが、滅多にないことと思う(もちろん、アイスダンスの規定は別である)。

 それゆえ選手は、与えられたプログラムを完全に踊りこなさなければならないのだ。

……いや、もっと直接的に言おう。

 ラテン音楽の中でも、レゲエは特にリズム感を必要とされるジャンルだ。

 パーカッション主体でメロディアスではないこの曲に合わせて、本当にリズム感に恵まれたスケーターがこのプロで滑り、すべての動きを音にはめることができればそれは最高にスリリングなパフォーマンスとなるだろう。白いリンクがカリブ海の鮮烈な青に染まり、競技場に南国の熱気が出現するだろう。

 もちろん、ダンスやショーではなくスポーツ競技なのだから、ジャンプを決め、勝利することが第一だ。

 しかしこの音楽ではジャンプのタイミングが明らかに取りづらい。ジャンプには定評のあった彼女がミスを重ねグランプリシリーズで連続してメダルを逃したのは、彼女特有の、シーズン前半は弱いという癖のせいばかりではないだろう。


 否定的な言葉を連ねたが、私は鷺沢伶里のチャレンジングな精神を高く評価したいと思っている。

 昨季、世界選手権で破格の評価を受けた「アランフェス協奏曲」は、旧採点時代の最後を飾るにふさわしい最高の演技だった。だがそこに安住せず、新境地に挑んだのが素晴らしい。

 しかしやはり、彼女の個性を十二分に引き出せるプログラムが、オリンピックシーズンである来季には観たい。

 一人のスケートファンとして、鷺沢伶里の今シーズン後半の健闘を心から祈っている。


                 (エリック・マクダネル)


           月刊『スケーターズ・ワールド』一月号

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