第151話 氷神はサイコロを振らせない
(4)-3
「もの凄い回転不足で両足着氷っていうのが一番マシで、それさえもほとんどなくて、そのうち普通のトリプルにも狂いがきてこれはやばいと思ってやめちゃった」
環は目をみはった。
「でも……女子で試合で3+3+3を成功させたのって鷺沢さんだけですよね。3+3+3なんて男の俺でも、練習で試すんでも苦労するし。その一方で3+3+3なんて跳べない女子選手が、わりと練習ではトリプルアクセルや四回転を降りてるっていうじゃないですか」
伶里は落ちついた口調で、
「それはね、私程度か、私よりちょっとましな程度の成功率なのを大げさに言ってるんだと思う。練習で何回かできても、試合でできるほどの精度でも成功率でもないってことだし。もしできるならとっくに入れてるはずだし。
あと、うーん、乱暴な言い方だけど、3+3や3+3+3は、私にとっては3+2の延長みたいなもんだったのね。トリプルを跳んで降りて、その後にまたトリプルを跳ぶだけって感じで。
でもトリプルアクセルやクワドはそれ自体が凄く特殊なジャンプだから、私には結局そっち方面の才能は全然なかったってこと。ルッツからの3+3もさ、結局試合ではできなかったし。そもそもフルッツだし」
「いやあ、フルッツは俺もですから」
気軽な口調に伶里は苦笑いし、
「じゃあ、お役に立てたみたいですし、私はこれで」
コーヒーを飲み干して立ち上がった。
喫茶店を出て、伶里は橋田の同行を断った。
「また赤信号につっこまないでよ」
橋田の声に振り返り、微笑を浮かべた。ゆっくりとした足取りで雑踏の中を去っていく長身の後ろ姿が小さくなった頃に、環が呟いた。
「前に会った時も思ったけど、演技の時と随分印象が違いますねえ。のんびりしてるというか」
「あなたにのんびりって言われちゃね。彼女は凄いんだよ、もし男に生まれてたらクワドジャンパーとして大活躍して、新種のクワド跳んでたって言われてたんだから」
「え、そうなんですか!?」
「そうなんですかじゃないよ、そんな凄い人に向かって、何が俺もフルッツですからーあははよ、彼女はフリップの超名人だからその反動で仕方ない面もあるの、あなたは単に筋力がなくてアウトに倒れらんないだけじゃない!」
「ちょと、何なんですかいきなり! 明日が試合だってのに、もっと腫れ物に触るように扱って下さいよ!」
「自分で言うことじゃないでしょうが!」
男子シングル本選で日本代表小春川環はジャンプを確実に決め、ショート十一位、フリー九位で総合十位となり、来季トリノオリンピックに向け二枠を獲得した。
イリヤ・バシキロフとレオ・ウィリスはいつもの順位についた。
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