第150話 焼結作用

(4)-2

「なに、何て言ったの」

 橋田がたたみかけてきた。

「いや、すみません。聞かない方がいいですよ」

「何でそんなこと言うの、教えてよ」

 伶里は押し黙り、ややあって、

「支えてくれる親とか、連盟とか、日本の他の選手とか、一つ一つのジャンプにどれだけ多くの人の人生がかかってるか考えたことあるのかって」

 橋田と環は顔を見合わせた。大きくため息をつき、

「きっつう……」

 という声を同時にもらした。環はそのままうつむいてしばらく動かないでいたが、やがて顔を上げ、

「まあ、言われてみればそうなんですよね。やんなきゃしょうがないんだ、それを承知の上で来たわけだし」

 奮然と言った。

「やる気になったの」

 コーチの言葉に、

「ええ、はい」

 環は髪に指を差し入れ、頭を軽くかきつつ、

「俺一人の問題だったら絶対に守りに入ってると思うけど、親のこととか、他の人の人生とか言われちゃね。攻めなきゃいけないし、でもやけくそでやるんじゃなくて、落ち着いてやんなきゃいけないですね」

 伶里は驚いた。二十三歳の伶里が聞いて萎縮した廉士の言葉を、十七歳の環は素直に受けとめ、奮起の糧にしてしまった。彼が特に芯が強いのか、それとも男というのは本質的にそういう生き物なのだろうか。

 環はコーチの方に顔を向け、

「先生、明日のショートのジャンプコンボ、ルッツとループの3+3にしようと思います」

 今までとは違う、はっきりした口調だった。

「ほんと? 今まで入れろって言っても渋ってたのに、やる気になったのね」

 環は顔をしかめた。

「いや、やりたくないですよ! でもやんなきゃしょうがないでしょ、上位はショートから四回転跳んでるんだから」

「そりゃあねえ。じゃあフリーも、アクセルとトゥの3+3、思い切って入れる?」

 環は絶句し、背もたれによって、うなるような声を出したが、

「うーん……やんなきゃだめですかねえ」

 と呟いた。

「早く覚悟を決めとくだけでも随分違うから、今の内に決めといた方がいいよ。上位は確かにクワドやクワドからのコンビネーションを決めてるけど、アクセルからの3+3っていうのは意外にいないの。あのバシキロフもやってないんだよ」

「え、そうでしたっけ!?」

「うん、4+3+3跳べるけど、そうなの。まだ十七歳のあなたがこのコンビネーションを決めれば、それだけでジャッジに対してインパクトが……あ」

 橋田は伶里の顔を見て、すまなそうな顔になった。

「ごめんなさい、勝手に話しこんじゃって」

 伶里はかぶりを振った。

「いえ、クワドとかトリプルアクセルとか、あまりの景気の良さにちょっと感動してました」

 苦笑を浮かべて環を見て、

「トリプルアクセルや四回転なんてさ、私も一時練習したことはあるけど、全然ものにならなくて」

「え、そうなんですか」

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