第142話 銀色の影

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 しかし、さらに滑りこみをして挑んだ年末の全日本選手権では予想外のジャンプの転倒をし、かなりきわどい二位となった。

 とにかく世界選手権には行ける。他の選手のためのつもりだった昨季の二枠獲得に、皮肉にも自分が助けられた形だった。

 世選出場がかなった以上終わった試合について考えても仕方がないのだが、あの全日本での失敗が、三ヶ月近く経った今でもふいに気になる時があるのだ。

 高一から今まで、全日本には合計七回出場したがその中で優勝できたのはただ一回だけだ。

 今季はグランプリシリーズでも振るわなかったし、アメリカのように層が厚いわけでもない国で国内チャンピオンでないのはジャッジに対し押し出しが効かないという実際的な事情もある。しかし、もっと感覚的なものがある。

 オリンピックへの出場がかかる全日本と相性が良くないというのは、不吉なことなのかもしれない。

 伶里は顔をしかめた。来季の全日本まで、約九ヶ月間である。まだ九ヶ月あるのか、もう九ヶ月しかないのか。

 既に重圧が、黒い霧となって心に作用しているのかもしれなかった。

 立ち上がって、小卓の上の『スケーターズ・ワールド』二月号を取った。華やかな美しいものを見たかった。たとえそれが、これから自分の行く手を阻む手強い敵でもかまわなかった。

 ベッドに腰を下ろして表紙を開くと、女子シングルのグランプリファイナルチャンピオン、アメリカのリンジー・アニストンのグラビア写真が一ページ丸ごと使って掲載されている。

 次のページに銀のアゴタ・レムと銅のブリジット・クレソンが一ページを上下に二分して掲載されていた。

 この大会でもレムは四回転に挑んだ。着氷で大きく揺らぎながらも片足着氷したものの、回転不足と判定されてしまった。

 回転が本当に足りていなかったのかどうか、同じスケート選手の伶里が映像を見ても、判断のつきかねるものだった。ちなみに、今回グランプリファイナルの開催地はワシントンだった。

 さらにページをめくる。

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