第10話 《10》悪役令嬢は翻弄される
「喜べ!ぼくがお前のペットになってやるぞ!」
目を爛々と輝かせた金髪碧眼の超絶美少年が、頬を紅潮させて興奮気味にそう叫ぶ。その頭上には同じく金色の毛並みをした猫耳がピクピクと動いていた。この美少年が獣人であることの証明だが、それにしても年端も行かぬ子供がなんてことを口にするのか。
「ぺぺぺぺぺ、ペットぉぉぉ?!」
思わず私の膝の上で丸まってお昼寝する猫耳美少年の姿を想像してしまう。確かにかわいいが美少年をペットにするなんてそんな悪の所業など出来るわけがないじゃない!
「さぁ、ぼくをペットにすると誓え……」
謎の美少年に迫られながら「なんでこんなことに?!」と今日の出来事を思い返すのだった。
***
ルークと一緒に避暑地へバカンス。うれしはずかし初旅行に私はかなり舞い上がっていた。本当なら一緒の馬車に乗ってここ最近の態度を謝ってから親睦を深めたいと思っていたのだが……本人を目の前にしたら思い出し鼻血が出そうだったのでルークには執事長と一緒に別の馬車に乗ってもらい、私はなんとか鼻血を堪えていた。
「ううう……自分の鼻の粘膜がこんなに弱かったなんて知らなかったわ。鼻血を垂らした公爵令嬢なんてきっとルークは呆れているわよね」
「ルーク様なら喜んで介抱なさるかと思いますが」
「そりゃ、ルークは優しいから……。でも私はルークが誇れるような立派な主人になりたいのよ。た、大切な従者だから……」
だって、恋人になりたいとか結婚したいとか、一緒の墓に入りたいとか。そんなこと言ってもルークを困らせるだけだし……それならせめてずっと仕えていたいって思える主人になったほうが長く一緒にいられるもの。
でもこんな事を考えてるなんて誰にも相談すらできないし、まずはルークを見ても興奮しないようにしな
いとーーーー!
『ーーーー助けて!』
「ーーーーっ、止めて!お願い、今すぐ馬車を止めて!」
「お嬢様?」
私の突然の叫びになにかを感じ侍女が慌てて御者に知らせてくれたおかげで馬車はすぐに路肩に止まった。私が外に出ようとすると異変を感じ取ったのだろうルークがいつの間にかそこにいる。
「御主人様、どうしたの?」
「……声が、声が聞こえたの!この森の奥で誰かが助けを求めてるわ!」
「あ、御主人様……!」
私を止めようと伸ばされたルークの手をかわし、私は森の中へと走った。あのときなぜか突然に頭の中に響いたあの声。なぜかわからないけど行かなくちゃいけないと思ったのだ。
そして見つけた。
そこには血まみれの子供が倒れていて、今まさにその子供に向かって野生のオオカミが牙を突き立てようとしていた。
「や、やめなさい!」
私は思わずオオカミに向かって拾った石を投げつける。もちろんそんな事でオオカミが怯むわけもなく、その牙がターゲットを私に変えて飛びかかろうとした瞬間。
「ーーーーっ」
瞬時にオオカミの体が宙に舞う。死んではいないがなにか脅威を感じたのかオオカミはそのまま森の奥へと消えていった。
「ルーク……っ」
私の前に立つ大好きな人の背中に安堵する。まさか一撃でオオカミを撃退するなんてやはりルークはすごい。それに比べて私はオオカミの恐怖に腰が抜けてしまった。ううう、自ら助けに来たというのに情けない。
「……御主人様、ケガは?」
「私は大丈夫よ。でも、その子供がオオカミに襲われていたの!お願いルーク、その子を治癒の力で助けてあげて!ーーーーその子が私に“助けて”って言ったのよ」
本当なら真っ先に子供のケガの具合を見てやりたいが、なにせ動けないのでルークにお願いするしかなかった。でもルークは優秀な治癒師だ。あの子も私よりルークに見てもらった方が安心だろう。
するとルークは倒れている子供に近寄り、傷口に手をかざした。いつもならルークの手が淡く輝きを放ちあっという間に対象の傷を治してしまうのだが……。
「……傷が、治らない?」
するとルークは頭を抱えだし「そういや、全然触ってないから」とか「ヤバい、ガス欠だ」とかブツブツと呟き出したのだ。
え?なに?ルークどうしたの?
まさか、ルークの治癒師の力に異変が……?!
「うっ、うぅ……っ!」
その間にも子供の倒れている地面にはジワリと赤い染みが広がる。私の目から見ても命の灯火は消えようとしていた。私はルークの元へとなんとか動くようになった体を引きずった。
「ルーク!どうしたの?!」
「……仕方ないかーーーー御主人様、ごめん」「え」
ルークは複雑な顔で腕を伸ばし、私を引き寄せると唇を私のそれへと重ねたのだ。
@%$#&%◆□△☆●@&$?!
触れた唇が熱を帯びたように熱くなる。まるで体の中のなにかを吸い取られているみたいに力が抜けていった。
なにこれ?なにこれ?!ルークに、ルークにキスされてる?!なんで?!なんで今!???
「ーーーーっふぅ、う」
長いような短いような不思議な時間が過ぎ解放された私はその場に力無くへたり込んだ。腰が抜けたどころじゃなくもう全身に力が入らない。
そんな中で視線だけでもとルークへ向けると、ルークの手が淡く輝き……その輝きにあの子供が包まれていた。
あぁ、ルークが治癒の力で治してくれたんだ。あの子を助けてくれたのね、良かった。
さっきの不調はなんだったんだろう。とか、なんでキスされたんだろう。とか、聞きたいことはたくさんあったが、なぜか謎の倦怠感に襲われ私はそのまま気を失ってしまったのだった。
そして、目を覚ますと私はいつの間にか避暑地の別邸にある部屋に寝かされていて、目の前に猫耳美少年がいたというわけである。
「……あなた、獣人だったのね。あのね、獣人の風習とかはあまり知らないんだけど、軽々しくペットになるなんて言ってはダメよ。悪い人だっているんだから」
ペット発言を断られたのがショックだったのか猫耳をへにゃりと下げ、美少年は拗ねたように顔を顰めた。
「別に軽々しくなんて言ってないぞ!お前エメリアって言うんだろう?お前は悪いやつじゃないから大丈夫だ!
それに、ぼくの命の恩人だからな!」
なるほど、私が助けたと思ってこんなことを言っているのだとわかり、私は猫耳美少年の頭を優しく撫でる。
「んにゃっ」
「ふふ、あなたなりに恩返ししようとしてくれてたのね?でも、正確にはあなたを救ったのは私じゃなくてルークなの。私はあなたの助けを求める声を聞きただけ……」
サラサラの毛並み(髪の毛?)を撫でていると気持ちよさそうに目を細めた。見た目はほとんど人間なのにちょっとした仕草が猫に見えてなんだか可愛い。
「ルークって、あの銀髪の男だろう?確かにオオカミは追い払ってくれたけど、ぼくを助けてくれたのはーーーーー「御主人様、目が覚めた?」ふがっ?!」
「ルーク!」
いつもと変わりないルークが、いつものように突如姿を現し猫耳美少年の口を手で塞いでいた。
「な、なにす……っ」
「ははは、猫耳くん。勝手に部屋から抜け出してオレの御主人様の部屋に忍び込むなんていい度胸だ。このまま獣人の国にオクリカエシテヤロウカ」
「うるさい!ぼくはエメリアのペットになるって決めたんだから帰らないぞ!」
なんとなくルークの声にに怨念めいた雰囲気を感じるが気のせいだろうか。笑っているのに目が笑ってないんだもの。
あのときのキスのことを聞きたいが、さすがに子供がいる前では恥ずかしすぎて聞けない。それに、この猫耳美少年のことも気になっていた。
獣人の国。それはかなり秘境な国で人間とはほとんど交流がないのだ。別にお互いに嫌悪しているわけではないのだが、なんとなく交流を避けているといった感じか。それでも王家同士は平和条約的な関係もあって友好を示しているはずである。人間に興味を持つ獣人の貴族がお忍びでやってくる事もあるとかないとか……王子の婚約者時代に周りの国の事は徹底的に学ばされたので忘れたくても忘れられない情報だ。
……滅多にお目にかかれない珍しい種族。しかも子供となれば悪事を働く輩からしたら喉から手が出るくらい欲しい獲物だろう。どこの世界にもゲスい悪人はいるものなのだ。
だからこそ、この猫耳美少年は身なりもそれなりに良かったし、獣人の貴族の子供の可能性がある。しかし子供がひとりでここまで来るなんて到底無理だろう。攫われたのか、親とはぐれたのか……下手をしたら国際問題である。
「……その子供はわたくしが保護するわ。わたくしの母国は獣人の国とそれなりに交流があるし、同じ秘境仲間ですもの」
そう言って天井の一部がパカッと開き、中から顔を出したのは真っ赤な髪と赤い瞳……そして真っ赤なライダースーツに身を包んだ女性。そう、お母様だ。なぜ天井裏からでてくるのかと言えば、きっと人見知りが発動して逃走したのだろうが……。
「お母様が知らない人の前に自分から姿を現すなんて……!」
「天変地異の前触れかもしれません。嵐になった場合の対応をしなくては!」
「まずは食料の確認と、窓の補強を!」
侍女たちや執事長が慌ただしくなったのは言うまでもない。
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