第11話 《11》従者は驚愕する(ルーク視点)
やってしまった。
いくら緊急事態だったとはいえ、そしていくらエメリアがオレの事が好きだと知っているとはいえ……だ。
そう、やってしまったのだ。やらかした。やっちまった!と後からかなり後悔した。
まず、よく考えたらオレの気持ちをちゃんとエメリアに伝えていない事に気づいたからだ。
オレはエメリアが好きだ。とにもかくにもめちゃくちゃ好きだ。隠すつもりもないのでフルオープンで堂々と周りにも牽制している。……だが、正式には告白していない事に気付いた。エメリアが俺を好きだと知っているからその気持ちの上に胡座をかいていたのではないかと問われれば否とは言い切れないだろう。
もちろんエメリアがオレの今までの態度からそれを理解していたかもしれないと言う可能性もあるが、なにせあのエメリアだ。かなりの難解だろう。
生涯の御主人様と決めた相手だが、エメリアはその辺のことにはかなり疎い気がしてならない。
つまり、エメリア的には好きな相手だが自分をどう想っているかわからない相手に突然キスされたわけだ。
しかも、死にかけの重症者がいる眼の前で。絶対に「なんで今?!」とか思っていそうだ。
オレ的にはその重症者を助ける為に緊急事態としてしたキスな訳だが、その事情を知らないエメリアからしたら意味不明だろう。
……そう、エメリアは実は自分が希少な治癒師である事はまだ知らないのだ。そして、オレがその能力を触れる事により吸収してエメリアの代わりに治癒師として存在している事など露ほどにも疑ってない。あの純真無垢な瞳を見るたびに良心が痛むが、これも全てはエメリアを守るため……。
と、言うか。
ーーーーエメリアの唇が想像よりも柔らかくて、甘くてしっとりしてて……。さらに言えば治癒の力を吸い込む感覚がなんとも言えない快感であった。
普段の触れ合いで吸収するのとは全然違う。
頬を火照りながら潤んだ瞳で、力無く崩れ落ちるエメリアの姿にやや興奮してしまった……。え、オレってヤバい性癖あったのか?!と悩むほどに快感だったのだ。いや、まぁ。死にかけの人がいる状況でそこまで興奮などしないが。
元々エメリアしか眼中にないが、あの快感を得てしまったらエメリア以外の女性など本当に考えられない。だからこそ、下手な言い訳をして嫌われたくないのだ。
やはりちゃんと告白すべきだ。それはわかっている。外堀から埋めて完全包囲し、周りに群がる小蝿共を殲滅してからと思っていたが今はそんなことを言っている場合じゃない。このままではオレは死にかけの重症者の前で突然キスしてきた痴漢になってしまう。
しかし、告白したとして……重症者の前でキスした理由にはならない。しかもキスしてから治癒してるし。エメリアがオレの行動を不審に思っていたらと思うと胃が痛くなりそうである。どう言えばエメリアの秘密がバレずに嫌われないですむかがわからないのだ。
「……とりあえず、あの子供の確認をしてくるか……」
オレはため息混じりに頭を抱えながら治癒した後に執事長に頼んで運んでもらった子供の元へと行くことにした。ん?なんでわざわざ執事長に運んでもらったかって……オレは気絶したエメリアを介抱するのに忙しかったからだ。腰が抜けてたみたいだし小さな擦り傷もあったが全部治したとも。ーーーーこれまでもエメリアの傷は何度も治したが、あの胸の傷だけはどうしても綺麗に治りきらない。まるで、オレが傷付けたオレの背負うべき罪の証であるあの傷が治る事をエメリア自身が拒否しているかのように。
ふと、不安になるんだ。
エメリアはオレの事が好きだ。とんでもなく好いてくれている。それは疑いようがないが……もしかしたら心の奥底で、あんな傷をつけたオレを受け入れるのを拒んでいるんじゃないかって……。
「……どこにいきやがった、あのクソガキ!」
部屋はもぬけの殻。乱れたベットのシーツに、どうやら慌てて飛び起きたのだろうと推測できるが。
助けた後でわかった事だが、あの子供は獣人の子供だった。着ていた衣服が上質なものだった事からもしかしたら獣人の国の貴族の子供かもしれないと、使用人たちが慌てふためいていたくらいだ。
オレは獣人が苦手だ。
その昔、オレが色々あって荒んでいた頃に獣人に会った事があるのだが、はっきりいって最悪だった。お忍びで来ていたらしいその獣人はとにかくオレを翻弄して弄び、邪魔ばかりしてきていた変人だった。そういえばあの獣人も、猫の獣人だったような……。
「ーーーーもしかしてエメリアの部屋に?!」
獣人は鼻が効く。オレが出会った最悪な獣人は聞いてもいないのに獣人の習性をよく教えてくれていた。どんな獣人も匂いに敏感で、一旦恩を感じるとしつこく恩返ししたくなり、その恩人の匂いを無意識に認識して地の果てまで追いかけるとか。普通の人間にはわからなくても、獣人なら治癒の力からすらも匂いや気配を敏感に察知する可能性があるのではないか。
「くっそ……!」
獣人は本能に忠実な種族だ。もしあの子供が自分を治癒した力の正体がエメリアの力だと認識していて、エメリアにそのことを話したら今までの苦労が全て台無しになってしまう。エメリアにはそんな苦労や業など背負わしたくない。確かにオレは治癒師として有名になったが、その裏で王家の気配や他国からの暗殺者など数え上げたらキリがないのだ。もちろんそんな暗殺者たちなど簡単に捻り上げてやっているが。
……だがオレには簡単なことでも、エメリアをそんな目に合わせるわけにはいかない。
心優しい純粋な彼女をあんな政治的な欲望の渦中に放り込みたくなどない。エメリアには、いつも穏やかに平和に笑顔のままで過ごして欲しい。それが、なによりもの最優先事項だ。
まさかとは思うが、あのクソガキがエメリアに真実をバラしてしまう前に捕まえなくては……!
「ルークって、あの銀髪の男だろう?確かにオオカミは追い払ってくれたけど、ぼくを助けてくれたのはーーーー「御主人様、目が覚めた?」ふがっ?!」
「ルーク!」
目覚めたばかりのエメリアを驚かして申し訳ないとは思うが危なかった。ギリギリセーフだ。やっぱりこのクソガキめ自分を救った治癒の力の元が誰のものなのか本能で察知していたようである。
「な、なにす……っ」
「ははは、猫耳くん。勝手に部屋から抜け出してオレの御主人様の部屋に忍び込むなんていい度胸だ。このまま獣人の国にオクリカエシテヤロウカ」
「うるさい!ぼくはエメリアのペットになるって決めたんだから帰らないぞ!」
しかもエメリアのペットになるだと?ふざけるのはやめてほしい。エメリアはオレの御主人様なんだ。他の誰にも渡すわけにはいくか!それにきっとエメリアは小動物とか子供が好きそうな気がする。そして押しに弱い。絶対にそうだ。エメリアが押し切られる前にこのクソガキを排除しなくては……!
「……その子供はわたくしが保護するわ。わたくしの母国は獣人の国とそれなりに交流があるし、同じ秘境仲間ですもの」
えっ、エメリアにそっくりな赤を纏ったライダースーツ姿の婦人が天井からぶら下がっているんだけど?
……あ、母親?だよなー。だってめちゃめちゃそっくりだし。そういえば秘境出身だったっけ。しかし、母親が天井から現れたなんて確かに驚きだがエメリアや使用人たちは騒ぎ過ぎでは?それにしても、人見知りだとは聞いていたけどまさか本当に天井裏を闊歩していたとは……。
「ーーーーっ」
ほんの一瞬だけ意識を反らした次の瞬間。
オレの首筋にはナイフの刃が当てられ、さっきまで天井からぶら下がっていた赤い婦人がオレの背後にいた。ちなみにものすごい殺気を感じる。まさか、オレが背後をとられるなんて……。エメリアの母親って何者なんだ?!
「し」
死?
マジで殺されるかも。それくらいの殺気を放ちながらその赤い婦人はぷるぷると震えだして叫んだのだ。
「知らない人ぉおおぉぉぉ!!」と。
「もう、お母様ったら人見知りなのに無理して人前に出てくるから緊張しちゃったのね!」
そうしてエメリアの指示で使用人たちに捕獲された赤い婦人なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます