第8話 《8》従者は苦悩する(ルーク視点)

 エメリアが盛大に鼻血を噴出して気絶したあの日から、約7日……。




「御主人さ「ひにゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」あっ」


 いつものごとくエメリアの前に突如現れたルークが、いつものごとく抱きつこうとした瞬間。いつもなら抱きしめられるまでぽやんとしているエメリアが信じられない早さでルークに反応して触れる前に脱兎のごとく逃げてしまうという、ルークからしたら悪夢のような日々が続いていたのだった。














「……また逃げられた」


 もう7日もエメリアに触れていない手が寂しそうに宙を切る。いままであれだけ毎日抱きしめていたぬくもりが感じられない日々はまさに地獄でしかない。あの日、鼻血を出して倒れてしまったエメリアがやっと目を覚ましたと思ったら……なぜかオレの顔を見た途端に絶妙に可愛い叫び声を上げながら逃げてしまった。その後も逃げ続けられ指一本触れられない状況におちいっているのだ。


 なんで毎回、顔を真っ赤にして泣きそうになりながら逃げるのか……。オレ、なんかしたかな?


 これまでは彼女に触れればその気持ちが流れ込んできていたからどんな想いでいるかが手にとるようにわかっていたが、全く触れられない今はエメリアがどうしてあんな顔になるのかがわからずにオレは困惑していたのだった……。









 ***







 


「避暑地……ですか?」


「うむ。なにやら最近エメリアの様子が変だろう。例のエメリアを泣かせたとかいう不届きな男爵令嬢の方はキッチリ潰しておいたが、エメリアは繊細で多感な子だしやはり心の傷がいまだ癒えていないのではないかと思ってな……。どんなに優秀な治癒師でも心の傷までは癒せないのだろう。

 だからしばらく避暑地でゆっくりすれば気分も変わるかもしれん。もちろんルークくんには護衛も兼ねて一緒に行ってもらいたいんだが……」


 エメリアに逃げられ、ガックリと肩を落としていたオレをわざわざ拐うように執務室に連れ込んだエメリアの父親であるカーウェルド公爵が、眉根をしかめてオレ見た。


「どうかしましたか?」


「うむ……いや、なんというか……。


 実はその避暑地には、エメリアの母親が滞在しているんだが……。ちょっと問題があってな」


 珍しく口を濁すカーウェルド公爵の姿に違和感を覚えつつ次の言葉を待つと、とんでもない事を口にしたのだ。





「ーーーー究極の人見知り。ですか」


 エメリアの母親については確かに疑問に思っていた。公爵夫人ともなれば社交界でそれなりに活躍していてもおかしくないのにパーティーどころか公爵家にも影も形もなく存在しない。エメリア本人からも母親の事を聞くことはなかった。……まぁ、別にエメリアがいればいいので母親にはさほど興味も無かったから触れないでいたが。


「それはもう、凄いんだ。心を許したほんの一握りの人間にならそれなりに人間らしい対応をするんだが、それ以外は野生の動物並みの人見知りで新人の使用人なんか見た日には威嚇しながら逃げて1週間は屋根裏部屋に籠もって天井裏を移動するくらいでな……。懐柔するのにまず罠を仕掛けて捕まえてから好物で機嫌を取りつつ距離を詰めて少しづつ慣らしていかないと噛み付かれるので、それはそれは大変で……」


「それ、人間で公爵夫人の話ですよね?」


「当たり前だろう」


 カーウェルド公爵の話を要約すると、人見知り過ぎて社交界などとても無理となりエメリアを産んだ後は病弱だからと理由付けて避暑地に引っ込んでいるのだとか。カーウェルド公爵は有能だし理解ある母親(カーウェルド公爵の母)もいたので、夫人がいなくてもなんとかなっていたのだそうだが……。




 ……秘境から来た原住民でもなかろうし、エメリアの母親って何者?と首を捻りそうになった。


「ただ秘境と言われる遠い国の出身なので、こちらの貴族の風習が合わなくてな……」


「……そうですか」


 うん、やっぱり秘境だったか。







    


 後から聞いた話だが、カーウェルド公爵夫妻は恋愛結婚らしいがカーウェルド公爵とこの夫人が結婚したおかげでその秘境的な国との交流やら流通やらが開通され、この国にかなりの恩恵があったのだとか。そのせいもありエメリアが王子の婚約者に選ばれたとかなんとか。ついでに言えば、公爵夫人はエメリアを溺愛しているそうなのだが……。



 王子の浮気と一方的な婚約破棄。さらには冤罪で断罪されようとしてたり暗殺計画があった事なども耳に入っているらしく、人見知りを超えてエメリアに近づく男に対して異様に警戒しているのだとか。







 ーーーーオレ、ヤバくない?








 つまりカーウェルド公爵は「目をつけられたら大変だから気をつけろ」と警告してくれたわけだ。


 まぁ、だからと言ってエメリアの方が大切だから避暑地へ行ってからオレがどうなろうと知らないぞ。ということなのだろうが。


 警告してもらえただけオレは友好的な存在なのだ。エメリア至上主義なこの#公爵__父親__#が、わずかでもオレを認めてくれている証拠でもある。



 多少避けられているからって、オレのエメリアへの気持ちは変わらない。エメリアをこの世に産み落としてくれた母親を攻略してこそエメリアを手に入れらるのだと思えばそれほど苦でもないだろう。



「承知しました」

   


 とにかくオレは、可愛すぎるエメリアと一緒に避暑地へ行ける事に心を踊らせた。






 つまりこれは、デートだぁあぁ!!と。





 エメリアに触りたくて仕方がない。それに尽きるのである。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る