第9話 《9》悪役令嬢は浮足立つ

「ひにゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 鼻血を吹いて倒れてしまったあの日から、私はことあるごとにルークを避けて逃げ惑っていたのだった。















 ルークに(額に)キスされた。しかも、私の事を嫌うはずない。みたいなセリフとともに……。


 

    





 も・だ・え・し・ぬ!





   



 ルークに嫌われてなかった!ルークに嫌われてなかった!(大事な事なので2回言った)


 さらにでこちゅーまで……実は夢を見ているのではなかろうか?!もう、一生おでこ洗わない……!


 嬉しいやらなんやらで浮かれまくっているのだが、問題もあった。






 それは、私の気持ちがルークにバレていないかどうか。だ。





 つい忘れそうになるが、ルークは罪滅ぼしとして私に仕えてくれているのである。つまり、私の事は“主人”として好意を持っているのだ。ルークにとって好意的な主人になれた事はそれはそれで嬉しいのでいいのだが、あくまでも“主人と従者”の関係である。


 もし、私がルークに対して下心を持っているなんて知れたら……。






「そんな主人なんて気持ち悪いってドン引きされたらどうしよう……?!」






 実は私がルークの事が大好きで、抱きしめられたり頭を撫で回されたりされるのをとんでもなく喜んでる事や、ルークのぬくもりや匂いを体感しては息をするのも忘れるくらい神に感謝してたり、さらには毎夜寝る前にルークの事を思い出しては悶えている変態だと知られたら……確実に嫌われる!


 もしも嫌われたら……そう考えただけ血の気が引いた。せっかくルークが私の事を嫌ってなかったと発覚してのに、まさに天国から地獄である。


 そして私は自分の気持ちを抑えるためにルークから逃げ惑っているわけなのである。今のこの気持ちのままいつものようにルークに抱きしめられたら、思わず告白してしまいそうだからだ。だが今はこの気持ちを知られるわけにはいかないのだ。


 私がどれだけルークを好きでいるかなんて、語り出したら3日は徹夜する羽目になるだろう。それはもうオタク気質の変態的に。


 ……だってそれくらい大好きなんだもの!


 もう少し落ち着けるまでは、絶対にルークに触れられない!そう決意していたのだった。

 

    










 ***










「避暑地……って、お母様がいらっしゃる避暑地ですか?」


 ルークから1週間逃げ惑ってもいまだに“ルーク好き好きラブちゅっちゅ。好き過ぎてマジヤバい”状態から抜け出せ無いでいる私にお父様が避暑地にバカンスへ行ってはどうかと提案してきたのだ。


「最近、エメリアも疲れる事が多かっただろう?たまには避暑地でゆっくりするのもいいと思ってな。ついでにお母様に元気な顔を見せてあげてきておくれ」


「は、はい……。ではそのように……」


 




     






 気が付いたら、自分の部屋にいた。  


 避暑地にバカンス?え、えーーーールークと一緒に!?る、るるる、るるるるるるるるルークと?!


 え?マジ?ルークと一緒に避暑地にバカンスですって?!

 ふ、ふ、ふふふふふ、ふたりきりでぇ??!


「奥様対応可能な使用人が数名同行いたしますよ。と言うか、その避暑地には奥様がお待ちしておりますので、ふたりきりでは決してありません」


 いつもにこやかに冷静な対応をしてくれる侍女が、やはりにこやかながらも冷静に返事をしてくれる。


 心の声を読まれた……?!「全部口に出てらっしゃいますよ」おっふ、なんてこった。さすがに私の気持ちはバレてないようだが、ルークと旅行することに動揺しているのは知られてしまった。


 いや、私だって別に本気でルークとふたりだけで旅行に行くなんて思ってないし!というか、本当に本当のふたりきりだったら逆に心臓が破裂するに決まってるから無理だ。



 今、ルークにいつものように抱きしめられたら……心臓が口から出るのが早いか告白するのが早いか……つまり、玉砕覚悟で告白してしまうに決まってる。たが速攻フラたりしたらたぶん立ち直れない自信があった。フラれるだけならまだいいが、そのせいでルークに「気持ち悪い」とか言われたり、もしもルークが従者なのに主人を辱めたとか訳のわからない罪に課せられたりしたらそれこそ死にたくなりそうな案件になってしまう。


「……でも、お母様に会うのもかなり久しぶりなのよね」  


 悪役令嬢エメリアの母親はちょっぴり特殊な人物である。ゲーム自体に特別に登場するわけではないし、ゲームの攻略にはなんら関わらないモブなので気にするプレイヤーはいなかっただろうが、今の#エメリア__私__#にとっては唯一無二の母親なのだ。


 人見知りで少々変わり者の母と会うのは前世の記憶を思い出してからは初めてである。なんというか、妙に勘の鋭いところがある上に知らない人を見ると逃げちゃうから……大丈夫かしら?


「お母様って、一度逃げちゃうと捕まえるのが大変なのよね。もうさすがに落とし穴には引っ掛かってくれないだろうし、多少の罠じゃくぐり抜けられちゃうわ。ルークを紹介する前に逃げないように今から連絡して簀巻きにして天井から吊るしてもらっておこうかしら」


「避暑地からの定期連絡では、奥様は縄抜けの技を獲得されたそうですよ」


「もう、お母様ったら……。やっぱり薬を盛って体の自由を奪うしかないわね!」


「楽しそうでなによりでございます」


 お母様がルークを嫌って従者を辞めさせようなんて言い出したら嫌なので、今から懐柔しとかないとね!お母様の好きな#お菓子__餌__#を準備しなくっちゃ!













 ***









「今日のお嬢様、嬉しそうだったなぁ」


「あぁ、ルーク様と避暑地に行くって話だろ?最近元気なかったから、よかったじゃないか」


「それにしても、あれだけ毎日いちゃついてるのに、おでこにキスされたくらいで1週間も逃げ回られるなんて……」





「「「ルーク様とエメリアお嬢様って#まだ__・・__#だったんだなぁ」」」





 確かにエメリアは公爵令嬢で、ルークはその従者という関係だ。しかしルークは希少な治癒師で国宝級の存在でもある。身分差などあってないようなものだと使用人たちは思っていた。というか、もはや公認だろうと。毎日べったり側にいるし、ルークがどれほどエメリアへ愛をアピールしているかなんてみんなが知っている。しかしエメリアの性格とあの態度を見れば一目瞭然だ。


 まさか、ふたりの関係が全然進んでいなかったなんて……。




「絶対ルーク様ならとっくに告白してると思ってた」 


「いや、エメリアお嬢様は純粋で鈍感でぼっちマスターなんだぞ?!遠回しな告白だった場合は気付かないでいる可能性も……!」


「まさかそんな……あれだけわかりやすいのに?!」


「お嬢様付きの侍女たちが言ってたんだけど、お嬢様自身は自分の気持ちがバレてないと思っているようだぞ」


「あんなにバレバレなのにぃ?!」








 ルークを応援している使用人たちはなんだかルークが不憫になってきたそうな。合掌。









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