第21話《最終話》悪役令嬢は幸せになる
「…………ど、どーゆーことぉ?!」
その日の私は、たぶん一生分驚いた気がしていた。
***
お父様に呼び出された翌日、私は約束通りルークとお出かけ(デート)をすることになった。名目はお父様のお使いでお店に頼んだものを受け取りに行くのだけれど、その合間に屋台で買った串焼きを食べ歩きしたり、噴水の素敵な公園を二人きりで(遠巻きに護衛と侍女あり)散歩したり……
ルークに告白するタイミングを逃したまま1か月が過ぎてしまい、これまで通りの生活が続いていた。相変わらずルークは神出鬼没でいつも私を抱きしめてくれて……でも、あの時の私の返事を聞こうとはしてこなかったのだ。
あの時は私の事を好きだと言ってくれたけれど、今はどうなのだろうか?もしかしたらルークからしたら、私はいつまでも返事をしないでルークを焦らしている悪女のように見えているかもしれない。
それとも……あの告白はお母様方たちに脅されたから仕方なく言ったか、実は気の迷いだったとか……。
時間が経てば経つほどに自信が無くなっていく感覚に襲われ、私はすっかり意気消沈していた。
そんなある日。
いつもの朝。いつもと同じに時間が過ぎるだろうと思っていたその時、それは突然に色濃く変わってしまったのだ。
庭の薔薇が綺麗に咲いたからとルークが園庭でお茶をしようと誘ってくれた。それだけですごく嬉しかったのは事実だが、なぜか私よりもうきうきしている侍女たちがやたらとドレスをコーディネートしてくる。へ?庭でお茶するだけなんだけど?
不思議に思いながらも準備が進み、いつの間にかぴかぴかに磨かれた私は庭に設置されたやたらとぴかぴかな椅子に座らされた。へ?我が家の庭にこんな椅子あったっけ?
そしてなぜかやたらとニコニコした使用人たちが私の周りで薔薇の花びらを撒いているのだ。
……な、なにごと?これからお祭りでもあるの??
「御主人様」
「あ、ルーク。ねぇ、みんなの様子がなんか変なのーーーー」
ひたすら首を傾げる私はいつものごとくいつの間にか側にいたルークの方に疑問を口にしながら振り向くと……なんとルークが片膝をつき、私を優しく見上げていたのだ。
「ルーク……?」
そしてルークは戸惑う私の左手をとり、その薬指に銀色に輝く指輪をはめた。少し大きい指輪がキラリと輝く。
「御主人様……。いや、エメリア。どうかオレと結婚して?これから一生……例え死んで生まれ変わってもずっとエメリアの側にいたいんだ」
「ル、ルーク……?!それって、プロポーズ……。ほ、ほんとに……!?それに、この指輪」
まさかの事態に混乱するが、大きかったはずの指輪が私の指にはまった途端にぎゅるんっ!と縮まりピッタリサイズになったのを目撃して「指輪が勝手に縮まったわ?!」とぽかんとしてしまった。
「あ、この指輪?うん、これって対になってる指輪をつけている相手と魂まで結ばれて絶対に離れられないっていう呪われた指輪なんだよ。カーウェルド公爵と取り引きして、色々と仕事を手伝う代わりに秘境から取り寄せてもらったんだ!」
「まぁ、秘境から……。確かにお祖母様ならなんでも持ってそう……って!の、呪われてる指輪なの?!」
「そうだよ。ほら、これでエメリアとオレは何があっても離れられなくなる。死んでこの体が朽ちて魂が生まれ変わっても絶対に結ばれることになるんだ……。無理に二人を引き離そうとすると呪いが反発して魂ごと消滅しちゃうから気をつけてねって言われたけど、手放す気ないから大丈夫♪」
自分の左手を私に見せてにっこりと笑うルーク。その指には同じ指輪がはまっていた。
んんん?なんかちょっぴり怖いことを言われたような……あぁ、でもルークが素敵な笑顔で私を見てる!その笑顔プライスレス!
「よ、よくわからないけど……ルークとずっと一緒にいられるってことなのよね……?嬉しい!私も、ルークが好き。私に出来ることならなんでもするから、結婚して欲しいわ……!」
勢いに乗ってやっと念願の告白もできたし、まさか色々すっ飛ばして結婚することになったのには驚いたが嬉しさの方が勝っているので様々な疑問などは私の頭からすっかり消し飛んでいた。
「エメリアは、オレの側にいてオレに抱きしめられていてさえくれればそれだけでオレは幸せだよ」
「ルークったら、すぐに私を甘やかすんだから……っ!」
「「「おめでとうございます、お嬢様!ルーク様!」」」
盛大に舞い散る薔薇の花びらの中で、ルークがエメリアの額に優しく唇を落とした。真っ赤になって慌てふためくエメリアとそれを嬉しそうに抱きしめるルーク。そんなふたりの姿に使用人たちは心から喜んだそうな。
***
エメリアの父であるカーウェルド公爵は、なによりも愛娘の幸せを願っている。そして、彼女の願う幸せがささやかなものであることも知っていた。
決して聖女として崇められたり、他国の王族に奪い合われたいなどとは微塵も思っていない。たぶんエメリアがその気になれば王族たちを裏から操り国を乗っとることだって可能だろう。彼女の真の能力の目覚めとルークの暗躍があればさほど難しいこともない。
しかし、本人は元より周りの人間もそんなことは望んでいないのだ。
だから、ルークと取り引きをした。一生エメリアの身代わりに治癒師として生きること。エメリアの秘密を探ろうとする者やその平穏を脅かす者がいた場合はどんなことがあろうとも排除すること。エメリアの能力はきっと死んで生まれ変わっても付き纏うものだ。その魂がある限り来世だろうと来来世だろうとエメリアを守ること。未来永劫エメリアの為に生きてエメリアの為に死ね。その覚悟があるならばと呪われた指輪を渡した。
あの指輪は確かに呪われているし、ルークがエメリアにした説明で大方合っているが、ひとつだけ違う。あの指輪の本当の名は〈主従の指輪〉だ。もちろんエメリアのしている方が主人の指輪である。もしもエメリアが魂ごと消えてもいいからルークと別れたいと心底願えば消滅するのはルークの魂のみ。だが、そうすると自身を守ってくれる盾を失うことになるのでエメリアにもダメージはある。それくらいのリスクを背負ってでもエメリアを守る覚悟はあるのかとかなり脅したのだが、ルークは二つ返事で「エメリアから離れる気はないから」と嬉々として指輪を受け取った。
「オレはエメリアの笑顔を守るためだけに生きるって決めたんだ。でも、その隣にいるのはオレでなければ嫌だ。エメリアの気持ちひとつでオレの魂が消滅するっていうなら本望だし、呪いだろうとなんだろうと結ばれるなら願ってもないことだよ。……オレの魂が存在する限り、エメリアは誰にも渡さない」
僅かながら闇を秘めた瞳でそう語るルークにカーウェルド公爵も覚悟を決めたのだった。
あの事件から、実は獣人の国から手紙が届いていた。皇子から詳しい話を聞いた皇妃が「もしかしたら、エメリア嬢には隠された素質があるのでは?」と疑ってきていたのである。さすがに皇子との婚約をなどとは言ってこなかったが、取り込みたいのだろうことは読み取れた。その手紙をくしゃりと握り潰し、カーウェルド公爵は使用人たちに命じたのだった。
「皆のもの!エメリアとルークの結婚式の準備だぁぁぁ!!」
「「「がってん承知!!」」」
こうして、かつて婚約破棄されてキズモノとされたひとりの令嬢は自身の従者と結婚して女公爵となった。彼女のおさめる領地は穏やかで自然豊かだ。森に住まう動物たちも人間と争うようなことはなく仲良く暮らしている。
彼女とその伴侶は孤児院や治療院の設立に力を入れて他の領地からの移民も快く迎い入れていた。最初は「キズモノの女公爵なんて」と眉を顰めるよそ者もいたそうだが、伴侶が希少な治癒師で、さらにとても仲睦まじく愛し合っている姿を知るとだんだんと考えを変えていったらしい。
たまに女公爵に突っかかろうとする貴族もいたようだが、そんなことをする輩は数日後にはなぜか姿を消したり大人しくなったりするそうだ。
とある日、久しぶりにひとりで領地の偵察に行っていたエメリアがソファに身を沈めてため息をついた。今日はルークはお父様から頼まれた仕事があるからとかで出かけているのだ。
「今日は、この間私に“なんでこんなところにいるんだ”って怒ってきたなんとかってご令嬢とは会わなかったわね。私がルークと結婚してるのを知って驚いていたし……続編がどうのって呟いていたから、もしかして転生者かもしれないって警戒していたんだけど……。こっちの話を全く聞かないし怖かったからもう会いたくないなぁ……」
私としてはもしも彼女が本当に続編(というか、続編とか知らないし)のヒロインで転生者だったとしても出来れば関わりたくはない。だいたい悪役令嬢ってヒロインの幸せを邪魔する役割でしょ?私はもうルークと結婚してるし王子関連とは無関係のはず……。
「もしかして、またルークが狙われ「オレがどうかした?」ふぁっ?!ルーク、帰ってたの?!」
いつものごとくいつの間にか現れたルークはにっこりと笑うと私の手を握った。約10時間ぶりのルークのぬくもりにさっきまでのモヤモヤは消えてドキがムネムネ……いや、胸がドッキドキである。
「も、もうお父様から頼まれたお仕事は終わったの?」
「うん、遅くなってごめんね。ちょっと掃除が手間取っちゃって」
「掃除?治癒の仕事じゃなく?」
「うん、そーじ」
よくわからず首を傾げるが、別に問い詰めるつもりもない。ルークは領地の仕事をこなしながら治癒師としても活躍してるし、私のお父様からも全面的に信頼されてるようで色々なお仕事を頼まれているのだ。離れてる間は寂しいが、そんなルークを尊敬もしている。私の旦那様はとってもとってもとっても!格好良くて素敵で有能で……最高なのだ!
「ルーク、いつもお疲れ様。あのね、今夜は私が晩ごはんを作るわ。朝のうちに仕込みはしてあるの!」
「エメリアもお疲れ様。嬉しいな、メニューを聞いてもいい?」
「今夜はビーフシチューよ!ちゃんと料理長に見てもらいながら作るから今度こそ爆発しないはずよ!」
そうしてるんるんとシチューを作りに行ったエメリアが、なぜか絶望した顔の料理長と一緒に持ってきたのはエメラルドグリーンに輝くビーフシチュー(?)で、料理長は「確かに途中までは普通のビーフシチューだったはずなんですが、瞬きした瞬間になぜかこんな色に」と頭を抱えていたとか。
「こんなに美味しそうなビーフシチューは生まれて初めて見たよ!」
「よかったぁ!」
それからしばらくシチューを完食したルークからは煙がでていたそうだ。(いつものこと)
「ルーク、いつも側にいてくれてありがとう」
「オレの方こそ、エメリアがいてくれて幸せだよ。オレと出会ってくれてありがとう」
その後、エメリアは心配していた令嬢にも二度と遭遇することはなかった。そして子供にも恵まれ、忙しいながらも穏やかな時間を過ごし愛する夫と子どもたちに見守られて永眠した。エメリアが息を引き取った次の瞬間、ルークは大人となった我が子たちの頭を撫で「行ってくるよ」とだけ告げると……エメリアの手を握ったまま眠るように後を追った。
その魂は再び生を受け、惹き寄せられる。それがこの世界なのか違う世界なのか、この記憶が残っているのかどうかすらもわからない。これはふたりの為だけの未来永劫続く呪いなのである。
え?このあとふたりの魂はどうなったかって?それはーーーー
“ふたりはいつまでも幸せに暮らしました”とさ。
終わり
【完結】続・攻略対象者に殺されかけた悪役令嬢は、治癒師の御主人様になる As-me.com @As-me
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