第5話 《5》悪役令嬢は予感する
「なんでこうなったのかしら?」
私は目の前にある物体を見つめ、首を傾げた。
材料もちゃんと揃えた。手順だって教えてもらった事を忠実に再現したはずである。料理長が「これなら子供でも簡単に作れるレシピですから」と教えてくれたのはバタークッキーの作り方である。
そう、バターと卵、小麦粉に砂糖。それにあれやこれや。これを混ぜて焼いただけなのだが……。
「……クッキーって、ショッキングピンクに発光しているものなのかしら?」
私が普段口にしているクッキーは、もっとこう香ばしい感じのなんていうか……とにかくショッキングピンクではなかったはずだ。しかもきらびやからに発光して輝いている。
初めての料理はやっぱりルークにちょっぴり無理させてしまったかもしれないと(量的に)反省したので、今度は初めてのお菓子作りに挑戦して適量のクッキーを渡して日ごろの感謝を伝えようと思ったのだが……。
さすがに発光物体を生み出してしまった衝撃で、もしかして私って(やっぱり)料理の才能ないんじゃ……?!と頭を悩ませていた。
いくら私だってヴァイオレットシチューがギリギリセーフでも、ショッキングピンククッキーはギリギリアウトな気がしてならない。
「勿体ないけど、捨てるしかないわね。こんなのルークに渡せな「なんで?くれないの?」ルークいつの間にそこに?!」
またもやいつの間にか背後に現れたルークの姿に私のハートはズキュンドキュンと忙しく動いてしまう。毎回ルークったら実は忍者なんじゃないんだろうかと思うくらい気配もなく突然現れるんだもの……心構えなくルークの姿が突如視界に入ると、嬉しすぎて心臓が持たないわ。
「なんでここにいるって知ってたの?料理長には内緒にしてってお願いしてたのに……」
「やだなぁ、そんなの御主人様がいつどこで何してるかなんて全部把握してるに決まってるでしょ?だって御主人様の従者なんだから」
にっこりと優しい微笑みでそんなことを口にするルークに思わずキュンとしてしまう。やだ、ルークったらそんなに私の事を見ていてくれてるのね……嬉しい!好きぃ!
「あ、あのね。実はルークに渡したくてクッキーを作ってみたんだけど、なんか失敗しちゃったみたいで……」
「オレは御主人様のその気持ちが嬉しいんだよ。ねぇ、食べさせて?」
「え?それって、その」
戸惑う私の目の前で「あーん」と口を開けるルーク。ルークが、あのルークが、私に「あーん」を求めている?!これは夢か幻か……なんのご褒美なのぉ?!
私は震える手でショッキングピンククッキーをつまみ、「あーん」と開かれたルークの形の良い唇の隙間にそっと押し込んだ。
「!」
クッキーがルークの口の中に収まった瞬間、その手を捕まれペロリと指先にルークの舌先が触れる。
「@#$%†‡※£€?!」
私が声にならない言葉を叫び顔を真っ赤にして震えていると、ルークはにっこりと微笑みながらクッキーを咀嚼し……小さな爆発音が聞こえたかと思うとその口から煙を吐いていた。
「ル、ルーク?!なんで煙がぁ?!」
「だ、大丈夫。美味し……美味しい……よ、うぶふぅっ!」
え?!ホントに大丈夫なの?!だってルークの口の隙間からモクモクと煙が出てるのよぉ?!とかなんとか言ってる間になんかルークが白目剥いて倒れたァァァ!!
「ルーク、死なないでぇ!!」
こうして騒ぎを聞きつけた料理長がショッキングピンククッキー事件を知ってしまい、お菓子作り禁止令が出てしまったのだった。
「クッキーって、口の中で爆発しちゃうものだったのね……恐ろしいわ」
「普通は爆発なんてしませんよ。まぁ、ルーク様なら大丈夫なのでは?」
「そうかしら?」
いつもにこやかな侍女が、やはりにこやかにそういった。
やはり、悪役令嬢が作ったから乙女ゲーム仕様なのだろうか?なにはともあれ、私にお菓子作りは向いていないようである。
***
そんなこんなで、ルークが半日ほど私の側から離れていた時(白目を剥いて気絶していたので)、思いがけない客人が公爵家に姿を現していた。
「……え、誰が来たですって?」
急いでやってきたメイドが慌てた様子で伝えに来たのだが、その内容に驚愕する。
「それが……学園にいた頃にお嬢様の学友だったからと強引にこられて、しかも、その……ルーク様の腹違いの妹だから実の兄に会う権利があると玄関前で騒がれてしまいまして……。確認しようにもルーク様は意識が無く、内容が内容だけに下手に吹聴されるよりはとりあえず身柄を確保したほうがよいかと執事長様がおっしゃられまして」
戸惑いを隠せないメイドが申し訳無さそうに客室に視線を向けた。
“ルークの腹違いの妹”。そう、つまりそれはヒロインのことである。
ヒロインが、ルークに会いに来た……、と。
嫌な予感がしてならなかった。
そんな私の知らないところで使用人たちがこんな相談をしているなんてことも。
「……ルーク様の腹違いの妹だとか言っているらしいぞ」
「マジで?全然似てないぞ」
「しかもお嬢様の学友だとか言っているらしいけど絶対嘘だろ」
「お嬢様に友達なんか存在しない!」
「そうだ!お嬢様がボッチなのは周知の事実だ!」
今はあんな騒動があって学園を辞めてしまったエメリアだったが、学園時代にひたすらボッチ生活だったのは使用人全てがしっているのだった。
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