第19話 《19》悪役令嬢は落ち着きを取り戻す

「わたしくも、今回の件について詳しいお話をお聞きしたいとずっと思っておりましたのよ。あの子の婚約者を決める事自体は良いのですけれど、あまりにも即決でしたので。もちろん決定権は陛下にございますけれど、それにしたってあの子の母親であるわたくしにひと言も相談がないなんて怪しいですもの。でも話し合いをしようにも公務が忙しくてすれ違ってしまっている間にこんな騒動が起きてしまって……まさか、お金のために息子を売り渡すような事をしていたなんて初めて知りましたけれど」


 新たに淹れられた紅茶をひと口飲み、皇妃様はにっこりと笑みを浮かべた顔を皇帝に向けた。だがその目は全く笑っていない。まるでブラックホールのような混沌とした瞳には怯えきって魂が抜けそうになっている皇帝がうつっていた。まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。猫なのに。


 あぁ、それにしても……。


「なんだか話が大きくなってきたわ……」


 思わずそう呟くと「確かにね」とルークも頷いくてくた。私としてはルークの事さえ諦めてくれれば後のことはそっちで決めて欲しいところである。長々と続く皇妃様と皇帝の睨み合い(一方的な)にため息が出そうになったその時。


「ち、父上~っ!ぼくは運命の番を見つけました!だからあの令嬢との婚約はなかったことに……は、母上?!なんでここに……!」


 そんなことを叫びながら部屋に入ってきたのは皇太子だった。どうやら無理矢理縄抜けしてきたらしく服や髪がしわくちゃになっている。そして皇妃の姿に驚いたのか父親と同じく猫耳をぺたんこにして怯え出したのである。


「突然家出なんてするから、心配したのですよ」


 皇妃が皇帝へ向けたものとは180度違う優しい笑みで声をかけるが、皇太子はビクッと大きく肩を揺らした。そして、意を決したように皇妃を睨んだ。それに何かを察した皇帝が青ざめながら「ま、待て……!」と皇太子を止めようとしたが、皇太子は大きく口を開いた。


「ぼ、ぼくは母上の言いなりにはなりません!確かに王家の者なら政略結婚も仕方ないかもしれませんが、母上の豪遊費のお金を捻出するために結婚するなんてぼくには耐えられないんです……!だからぼくはぼくの選んだ番と結婚します!!」


 その場にいた全員(皇帝を除く)が首を傾げる。


 数秒後、皇妃は静かに……それはそれはゆっくりと立ち上がりーーーー皇帝をぶん殴っていた。


「この最低男がぁ!!「んごふぅっ?!」勝手な事をした上にわたくしに罪を擦り付けようとしていたのねぇ?!」


 つまり皇帝は自分がお金を使いすぎたからそれを誤魔化すために皇太子の結婚を決めたのに、皇太子自身にはその理由を皇妃のせいだと嘘をついていたようだ。


「ち、ちが「何が違うですって?!」ご、ごか「誤解もへったくれもありませんわ!」ゆる「もう離婚よぉ!!」ご、ごめんなさい~っ!!」


 皇帝が土下座して謝るまで殴り続けた皇妃は気持ちを落ち着かせるように深く息をはき、赤く染まった拳を握り締めながらにっこりと皇太子に笑顔を向けた。


「……ふぅーーーー。よくお聞きなさい、まず件の令嬢との婚約は無効です。わたくしは承認しておりません。それと、わたくしは息子に尻拭いをさせるようなお金の使い方などしていませんから誤解しませんように」


「えっ、でも父上が……「お黙りなさい」はいぃっ!」


「それからエメリア嬢はあなたの番にはなれません。ーーーー彼女にはすでに別の運命の相手がいるのです。それは、あなた自身も理解しているはずでしょう?」


 皇妃にそう言われ、皇太子は目を泳がせたあと……静かに頷いたのだった。















「あ、終わったみたいだよ。御主人様」


「え、ほんと?途中から見てなかったわ」


 獣人親子のやり取りに飽きた私たちはお茶を飲みながらお祖母様たちにルークを紹介したりおしゃべりしたりしていたのだ。だって、長いんだもの(フルボッコタイムが)。


 とにかく話が纏まったらしい。いつの間にかところどころに赤い模様をつけた皇妃は皇太子の頭を撫でながら「親子でよく話し合います」と頭を下げてきた。その足元には原型を無くしてモザイク姿になった皇帝らしき物体が転がっているがそれには誰も突っ込まなかった。


 こうして皇太子は獣人の国へ無事に帰っていった。最後に皇太子は無理矢理プロポーズ(ルークを奪おうと)したことも謝罪してくれたが……。


「でも、エメリアが大好きなのは本当だよ。だって、死にかけていたぼくの“声”を聞いて助けに来てくれたエメリアがぼくには女神みたいに見えたんだ。これって初恋だよ」


 そう言って、私の頬へチュッとキスしてきたのである。「またね!」と帰っていった皇太子はなんだか晴れ晴れとした顔をしていたのだった。(このあと、ルークがなぜか私の頬をものすごく消毒したがって大変だったが)






 そうして嵐のようだった時が過ぎ、やっと落ち着いた日常が戻ってきた。


 しばらく滞在する事になったお祖父様とお祖母様をもてなしたり、再び料理にチャレンジしたら今度はシチューが真っ青なスライムみたいになってそれを完食したルークの体がしばらく青く染まっていたり、それを見ていたメイドたちがなんやかんやとルークと仲良くなって一緒に戦闘訓練をしたり……。なんて平和なのかしら。





 ……って、あれ?いつの間にかうやむやになってるけど、私ってばまだルークに告白してなくない?!私の告白タイムどこへ行った?!








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