【完結】続・攻略対象者に殺されかけた悪役令嬢は、治癒師の御主人様になる
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第1話 《1》悪役令嬢はため息をつく
「困ったわ……」
大きな姿見鏡の中に映るのは燃えるような紅い髪と少し吊り上がった紅い瞳をした、いかにもな悪役顔。所謂「悪役令嬢」という存在だ。その悪役令嬢が眉をハの字にしてため息をついていた。
そう、これが私こと“エメリア・カーウェルド”。私はとある乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのである……。
いや、まぁそれはいいのだ。悪役令嬢であることに特に不満はない。なぜならすでに婚約者であった王子とは婚約破棄し、死亡エンドは回避できた。その結果、胸元に大きな一生傷を負ってしまったがある意味この傷のおかげで王子との婚約破棄後に新たに私の婚約者になりたい人間も現れないし、何よりも……。
「どうしたの?御主人様」
再びため息をついた私の背後から肩を抱くようにしてひょこりと現れた灰色の瞳が鏡の中の私を見つめた。
「ルーク!いつの間に後ろにいたの?」
サラサラの綺麗な銀髪に、ミステリアスな灰色の瞳をした最高に格好イイのに実は少しツンデレだと言うギャップ萌えな彼の名はルーク。彼こそはこの乙女ゲームの世界の攻略対象者の中で私が唯一無二に愛する最推しだ。ルークのルートならばヒロインと真実の愛を貫き幸せになっているはずの彼は、ヒロインが王子ルートだった為に闇落ちキャラとして処刑エンドを迎えようとしていたのだが、寸前で前世の記憶が戻った私がエンディングが変えてしまった為にその後なぜかヒロインではなく#悪役令嬢__私__#の側にいる事になってしまったのだ。それには理由があり、本当ならこのゲームの要……“治癒”の力をヒロインではなくルークが目覚めさせてしまったからなのだが、もしかしたら私の知らないルークのシークレットルートでも解放したのかもしれないと思った。それとも私が記憶を思い出したせいでバグが起きたのか……一時期は色々考えはしたが、今はもう考えないことにした。
だって、バグでもなんでもいい。大好きなルークが私の側にずっと居てくれるなんて夢のようである。ルークからしたら嫌々かもしれないが、私は1秒でも長く一緒にいて欲しいと思っていた。
「御主人様が鏡とにらめっこしてる時からずっといたけど?」
にこりと柔らかな微笑みを浮かべてルークが首を傾げる。そしてそのまま腕を伸ばし私を抱きしめると私がため息をついた原因を指先でなぞった。
「ひゃんっ」
「まだ痛い?」
傷痕はくっきりと残っているものの既に痛みは無い。だが引きつった皮膚は敏感になっていて触られるとくすぐったいようなむず痒いような変な感覚が電気のように背筋に走るので妙な声が出てしまうのだ。
「い、痛くはないわ!だってルークが治してくれたんだし……ただちょっと、くすぐったくて……」
妙ちくりんな声を出してしまった事と、それをルークに聞かれた事がダブルパンチで恥ずかしく思わず頬が赤くなる。悪役令嬢はもっと華麗で優雅なキャラだったはずだが、中身が私のせいで台無しにしているかもしれない。
「オレの力が安定していないせいで、ちゃんと治せなくてごめん。こんな従者は嫌になった?」
そう、唐突に治癒の力に目覚めてしまったルークは訳のわからぬまま死にかけていた私を治癒して命を救ってくれた。だが、治癒師は貴重な存在なのに私を殺しかけた罪に問われその罪滅ぼしとして家名も捨てて私の従者になってしまったのだ。こんな悪役令嬢が御主人様だなんて申し訳なさでいっぱいだが、そうしないとルークは死刑にされてしまうらしく、彼はこうして私に仕えてくれているのである。
「ぜ、全然大丈夫よ!違うの、傷痕が嫌で困っていたのではなくて……その、今度のパーティーに着ていくドレスが全部胸元が開いたデザインのしかなくて、他の人がこの傷についてツッコミしてきたら面倒臭いなとか思っただけで……。だってこの傷痕があるからルークは私の従者になってくれたんだし、いえ、だからその!」
あぁぁ、私は一体何を言っているのか?!まるでルークの罪悪感に付け込むような発言をするなんてやっぱり私ってば根っからの悪役令嬢なんだわ!でもこの傷痕が私とルークを繋いでいてくれるのは事実なのだと思うと私にとっては大切な事なのだ。
「……ドレスのデザインが嫌なら、新しいドレスを作れば?」
「えっ、だってドレスならたくさんあるのに勿体ないわ!公爵家のお金は領民たちの税金なんだから無駄遣いしたくないし、私のドレスに使うよりもっといい使い道があるはずよ」
それにさすがは公爵令嬢というべきかすでに持っているドレスは良質な物をばかりな上にほとんど袖を通していないようなものが多い。王子と婚約破棄したようなキズモノ令嬢なのでパーティーに参加することはほとんど無いはずなので、すでに一生分のドレスを持っているのだ。それに、もしかしたら今回のパーティーが最後になる可能性もある。それなのに膨大なお金をかけて浪費するのはなんだか気が引けるのだ。
「……ふーん。じゃあ、オレに任せてくれる?御主人様の望みを叶えるのも従者の腕の見せどころだしね」
「え、それはいいけど……」
そう言ってルークはクローゼットから何着かのドレスを持っていき「乳母さん達、借りるねー」と古株の侍女たちを連れて行った。
そして数時間後。
あんなに派手派手しかったドレスが、レースを基調とした素敵なドレスに変貌していたのである。
「新しく作るのが嫌だって言うから、今あるドレスのパーツを組み合わせてリメイクしてみたよ」
「す、すごぉい!ルークったら裁縫もできるの?!」
どう見てもリメイクドレスには見えないそれは、胸元には淡い紫色のレースの薔薇が散りばめられ、銀とグレーの刺繍で飾られた露出を控えているのにどこかセクシーでそれでいて上品なドレスへと仕上がっていた。
「乳母さんが刺繍とレース編みの達人だったから、手伝ってもらったんだ」
「ほほほ、ルーク様が素敵なご提案をして下さったので久々に腕を奮えました。きっとお嬢様にお似合いですよ」
「ルーク様のセンスは素晴らしいですね。お嬢様の美しさを際立たせながらもこんなに上品に仕上がりにできるなんて流石です」
なんだか乳母や侍女たちからのルークの支持が上がっている。まぁ、ルークは貴重な治癒師でもあるからぞんざいに扱われることはないと思っていたが随分仲良くなっているのにも驚いた。
なによりも、ルークが私の為にリメイクしてくれた世界にひとつだけのドレスだと思うと嬉しすぎて涙が出そうになった。
「このドレスなら無駄なお金も使ってないよ。どう?」
「……最高に嬉しいわ!ありがとう、ルーク!」
にこりといつもの柔らかな微笑みを向けてくれるルークに私は嬉しさのあまり抱きついてしまったのだった。
そしてパーティー当日。私はルークの作ってくれたドレスを身に纏い、ルークのエスコートでパーティー会場に足を踏み入れた。会場内は私の姿を見てざわめきはしたがルークがいてくれるおかげで特に騒ぎになることはなかった。「こんなキズモノ令嬢が」なんて言われるかとも思ったが一安心だ。
え?結局何のパーティーかって?そうそう、なんでも私の元婚約者だったあの王子が王位継承権を失ったとかで、新たに立太子した第2王子のお披露目パーティーに(無理矢理強引に)招待されていたのである。噂ではその王子の婚約者も発表されるらしいと聞いたが……なぜか王子だけがお披露目されて婚約者らしき令嬢は現れなかった。ガセネタだったのかしら。
……あれ?なんか国王陛下が複雑な顔をしてこっちを見ているし、立太子した王子がなんだか陛下に訴えているけれど…まぁ、私には関係ないわね。
何か言いたげな陛下に挨拶だけ済ませてさっさと帰ろっと!
***
婚約破棄騒動が起こってから周りの人間のエメリアを見る目は変化していた。
傲慢な公爵令嬢として見られていたエメリアが不貞を働き自分を裏切っていた婚約者とその浮気相手を命をかけて守ったことや、希少な治癒師を力に目覚めさせその主人になった事。胸元に大きな傷痕が残っても恥じることなく堂々と振る舞っている姿に皆が感銘を受けたという。
公爵令嬢である前に人として素晴らしいと、エメリアを蔑む者はいなかった。だが、逆に王家の支持は大きく下がることになる。エメリアが傷を負った原因も元はといえば婚約者を裏切り不貞を働いた王子のせいだと言われ、なによりその王子がエメリアの暗殺計画を企んでいたと露見したからだ。王子が王位継承権を剥奪された途端に真実の愛を語りあったはずの男爵令嬢は王子の側から離れ、遠い田舎に引っ込んでしまったらしい。
そこで王家は考えた。一度は婚約破棄してキズモノになった哀れな公爵令嬢を再び王子の婚約者にと抜擢すれば、慈悲深い素晴らしい王家だと支持が上がるのではないかと。胸元に傷こそ残っているものの、公爵令嬢であるエメリアの価値は大きい。なによりエメリアを手中に収めれば、希少な治癒師も王家の自由に出来るはすだ。新たな立太子のお披露目として集まった要人たちの目の前でエメリアを婚約者に指名すれば断れないだろうし、泣いて喜ぶかもしれないと。なんとも浅はかである。
だが、エメリアの父カーウェルド公爵がそのことを知り怒りに震えた。そこでルークの登場である。
実はルークは自分とエメリアも知らない彼女の秘密をカーウェルド公爵にだけは打ち明けていた。その上でエメリアを守りたい気持ちも。娘の本当の秘密が王家に知られてしまえば、それこそエメリアは王家に一生囚われてしまうだろうと察知した公爵はルークと結託することにしたのだ。そして娘の恋心もなんとなくわかっていたカーウェルド公爵はルークに全てを託すことにしたのであった。
エメリアは気づいていなかったが、彼女が身に纏っていたドレスに施された刺繍には大きな意味があった。それは、婚約者や夫婦が自身たちの仲睦まじさをアピールする意味を持つ刺繍のデザインであったり、その刺繍の糸の色が愛する相手の髪や瞳の色を表していたりと色々なのだが……。
つまりあの日エメリアは、堂々と「私はこのルークと恋人です。ラブラブです」と宣伝しながらパーティー会場にいたことになるのだ。まさかそんなエメリアを王子の婚約者に指名するなど出来ず、国王は苦虫を噛み潰していたのであった。サプライズで混乱に乗じてまとめてしまおうと企んだ結果が、逆サプライズされてしまったわけだ。
公爵家の使用人たちも事情は知らずともエメリアの淡い気持ちに気付き、そしてエメリアを大切にしているルークとの仲を応援していた。刺繍にも気合いが入るというものである。
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