第16話 《16》悪役令嬢は戦いの渦中に立つ

 猫耳皇子の父親……獣人国の皇帝陛下は、やはり猫耳のイケメンだった。皇子は父親似だったのね!


 形式的な挨拶を済ませるなり、皇帝はジロジロと私に視線を突き刺してきた。まだ玄関先だというのにこの態度はいくら皇帝といえど他国の公爵家に対してあまりに失礼な態度である。


「……君が、エメリア嬢か」


 上から下まで値踏みするような嫌な視線。お母様によると獣人国は閉鎖的な国の割に他国の情報には敏感らしい。きっと私の身に起こった事もすでに知っているのだろう。案の定、皇帝は「ふん」と鼻で笑い、私を見下した。


「痴情のもつれで婚約破棄されたキズモノが、どうやって我が息子を手懐けたんだ?それに、悪行が祟って不審者に刺され生死を彷徨ったとも聞いた。その時の醜い傷がいまだ体に残る不良品が、誇り高き獣人の皇子の番になろうなどとはおこがましい。どうせ自国の王妃になれなかったからと、次は他国に目をつけたんだろうが……残念ながらあの子にはこの皇帝が決めた婚約者がいる。君とは違い、由緒正しき獣人の令嬢がな!だから諦m」


「言いたい事はそれだけかしら?」


 ドヤ顔で語り出す皇帝の前に、お母様が身を乗り出した。


「ーーーーんなっ、ま、まままま、ま」


「あなたのママになった覚えはなくてよ」


「……マーリルシュエ?!なんでこんな国にいるんだ?!」


 お母様の顔を見た途端、皇帝の顔色が一気に悪くなる。猫耳はへにゃりと垂れ下がり、冷や汗が滝のように流れ出していた。まさか……お母様が人見知りせずに堂々と対話してるなんて?!


「わたくしはこの国の旦那様の元へ嫁いできたのよ」


「そんなこと聞いてない!ずっと引き籠もってるとばかり……。え?あれ?というか……なんでこの場に……え、よく見ればエリメア嬢はマーリルシュエにそっくり「だってわたくしの娘ですもの」どぇえぇぇ?!」


 よほどショックだったのか、皇帝はその場にヘタリと座り込んでしまった。背後に控えていたお付きの獣人たちも焦りの表情を隠せないでいる。


 そしてお母様はいつの間にか鞭を手にして、その鞭をピシッとしならせた。


「……わたくしの可愛いエメリアちゃんに向かって好き勝手言ってくれちゃって、覚悟はいいかしら?こ・ね・こ・ちゃん」


「イィィィやぁァァァ!!」




 え?このふたりってどんな関係?









 ***









 ーーーーなんと、幼馴染みでした。


 それだけでも驚きなのにどうやら上下関係はお母様の方が上らしく、さっきから四つん這いになった皇帝の上にお母様が腰をおろしている。


「一応皇帝になったから気を使ってあげていれば、エメリアちゃんに対するなんたる暴言なのかしら。まだまだ躾が足りなかったようね?」


「し、ししし、知らなかったんだぁ!まさかあの究極の人見知りが人間の、しかも他国の貴族のところに嫁入りしてるなんて思うはずが……「おだまり、この家畜がぁ!」ひぃっ!ごめんなさい!」


 あぁぁ……なんてこと。一緒にやってきた獣人さん達が魂の抜けた顔をして砂と化しそうになってるわ!そりやぁ、あれだけ「誇り高き獣人」とかなんとか語ってた皇帝がいまやお母様の奴隷状態……いえ、家畜に成り下がってるんですもの。そうなるわよ!


 まさか、お母様が幼少期の頃にお母様の母国に幼い皇帝がお忍びでやってきていて、ふたりが出会っていたなんて……。そして皇帝の事を「変わった猫」だと認識したお母様が手懐けるべく調教していたなんて……。(手懐けたというよりは、恐怖に怯えているけれど)


「お母様って、猛獣使いだったのね」


「ははは、マーリルシュエはお転婆さんだったんだなぁ」


 果たして獣人国の皇子だった現皇帝を“変わった猫”と勘違いして調教する事がお転婆で済まされるかどうかは謎だが、お父様にとってはそのレベルらしい。お父様は懐の大きい殿方だものね!



 だが、おかげで話は早く進みそうだ。最初の態度を見るからに皇帝は私の事を嫌っているようだし、あの皇子にも親が決めた婚約者がいると言っていた。これならあのプロポーズも番発言も無効に出来るだろう。


 ならば、私がやることはひとつのみ!



「あの!お話があるのですが!」


「へ?」


 お母様のお尻の下からちょっと間抜けな声が聞こえる。さっき散々貶めた相手が近づいてきたので警戒してるのかもしれないが、これだけはちゃんと言っておかなくてはいけないのだ!


 だって、よく考えればわかることだ。そう、この皇帝も最初からルーク狙いだってことを!だからこそ、出会い頭に私に難癖をつけて、慰謝料代わりにルークを連れて行こうという算段だったのだろう。あぁ、ルークが素敵過ぎてみんなに狙われている!私がルークを守るのよ!






 私は息を吸い込み、勢いをつけて叫んだ。




「私は、皇子とルークの交際は絶対に認めませんからぁ!」



 よし、言えた!




 みんながポカンとした顔をしている中、私は達成感に浸っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る