第6話 冒険
自分の部屋でゾルピデムを飲むことにしてから、ついに幻覚を見るようになりました。
私というカスが寝起きするベッドの上の毛布。
ただの毛布。
その毛布の起毛一つ一つがやたら大きく見え、その一つ一つの中に人が住んでいるのでした。
隆起して上に凸になった毛はビルのような佇まいの、ちゃんとした居宅です。
顕微鏡のようになった目で毛布をのぞき込むと、たくさんの人に会うことができる。
それはなんて楽しいことでしょう。
そのうちそのみっちりと建て並んだビルたち(毛布の起毛)の中で生活していた一人の人?と仲良くなりました。
容姿は全く思い出すことができませんが、妖精のように自由に飛び回り布団から抜け出して動いてまわれるようです。
連日、私とその人とで共に冒険をしました。
冒険の舞台は荒れ狂う海の上、人を拒むように切り立った断崖、・・・・・・
それらのようにやたらリアルで痛みといった感覚まで伴うような幻覚もあれば、おとぎ話のようにふわふわとした現実感のない舞台で遊んだりもしました。
あるとき、またいつものようにベッドの上で薬を飲んだ後、いつもの妖精?とベッドを抜け出したあと・・・
母親に怒鳴られていました。
たしか、幻覚の中で山を下ったあとに山のふもとに住む「なにか」に会う計画を妖精と立てていました。
かなりの勾配の険しい山道をへろへろになって下って行った先…そこに「なにか」は確かにいて。
その「なにか」にNPCに語り掛けるように話しかけたところでした。
・・・
翌日母親に話を聞くと、なんと私は現実の母親を夜中にたたき起こしていたようでした。
私は母親を山の麓に住む「なにか」と混同して、実際に話しかけていたようです。
深夜、薬でべろべろになった娘が呂律も回らない舌で意味の分からないことを話し続ける。
たしかにそれは嫌なことでしょう。怒るのも無理はありません。
母親の寝室は、2階にある私の寝室から階段を下ってすぐ下にありました。
山の麓に住む「なにか」…山を下る…?
そう、今思えば山とは階段のことかもしれません。
ベッドから抜け出し、階段を降り、母親の寝室まで行く。
その道中を「冒険」だと捉えていた…?
私の頭の中に一つの考えが浮かびました。
私は今まで実際に「冒険」をしていた。幻覚の中だけで冒険をするのではなく、現実に身体を動かして冒険…客観的にみると徘徊と言えるような行為をしていた。
もしかしたら今までにした「冒険」も現実では「徘徊」になっていたのかもしれない。
少しだけ怖くなった。客観的にみて自分はもしかして異常なのではないかとようやくぼんやり思うようになりました。
それに加えてこっぴどく叱られたのもあり、「もう冒険は止めだ。」と決意しました。
随意的に、みる幻覚の種類を変えたりすることができるのかはわかりませんが…それきり毛布の中の住人にもあの時共に旅をした妖精にも会うことはありませんでした。
しかし、幻覚自体は無くなったわけではありませんでした。
手を変え品を変え、様相を変化させながら私を妙な世界へ誘おうとするのでした。
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