第9話 こんな娘気色悪すぎる



あの冒険の後も、薬を飲んだ直後にはたびたび幻覚を見ていました。


「幻覚」といってもあまり激しいものではありません。

私の覚えている限りですと

・13号くらいのキャンバスに描いた自分の絵が襲ってくるので戦った(17歳あたり)

・柱をレースと見間違え、執拗に撫でる(16歳あたり?)


この程度ですね。私も実際に見るまでは幻覚というともっと支離滅裂でハチャメチャなイメージがありました。

他にも変なモノをみたりそれに対し変な行動をとっていた自覚はありますが、大体共通するのが 

「針小棒大に見える」 「奥行き知覚がバグる、Z軸やY軸がうにゃうにゃして見える」等です。


 毛布の起毛一つ一つが大きく見えたり、柱が風になびくレースのカーテンにみえたり、描きかけの絵が動くように見えたり。


いろいろなものの見方が変わってくるのでやはり「面白い」が勝ちます。

針小棒大に見えると、今まで目につかなかったものにどうしても着目してしまったりもします。…毛布の突起なんて今まで目に入りませんでしたから(当然)



そしてさらに観念的なものまで大きく捉えるようになりました。


私は薬や病気の影響か頭が全く働かず日中はぼうっとしてしまうのですが、そんな私でも頭が冴えるときがありました。


それは、入浴時。


お風呂に入っている間だけはなぜか以上に頭がフル回転するのです。(起立性調節障害で朝~日中までダウン、夜~朝はゾルピデムで意識混濁、まともに頭が機能するのが風呂に入る時間帯だけだったのかもしれません 多分)


明るい時間もゾンビのように過ごし夜は自分ではなくなるような感覚に襲われ…

唯一この時間だけは人間に戻ることができた気がしたのです。


風呂場で考え事をしていくうちに、ここは母親のおなかの中なのではないかと思い始めました。

湿度が高く音も反響する空間。

ちゃぷちゃぷとした水の音も籠る。


風呂釜は母体、湯舟は羊水、風呂の栓はへその緒。

人間に成っていく場所。


私は浴室を「神聖な場所」だと思い込むようになりました。

そして入浴中は思考の邪魔が入ることを嫌い、両親を遠ざけるようになりました。

親が活動しなくなる深夜に入浴する癖がついても浴室の横にはトイレがあり、どうしても親が用を足すときもありましたが、そのときは風呂場で静かに泣いていました。

神聖な「私が育つ場所」で過ごす時間に邪魔が入ったことを悲しんでいたようです。



――どこからその発想に至ったのか今ではわかりません。が、さらに思考は飛躍し


とうとう、「風呂は宇宙」「地球は胎児」「地球は宇宙という母体?羊水?の中を漂っている」とまで言い始めるまでに至りました。


‐本当にどこからその発想に至ったのかは全くわかりませんが、神聖な場所でひたすら考え事をした結果だと思います。


私は「とうとう真実に気づいてしまった」とひたすら戯言をおはなし会で話すようになりました。私のゾルピデム漬けの脳内にはもう宇宙…胎児…風呂…がグルグル回り続け確たる存在として、強いイメージとして頭にこびりついてしまっていました。


「おはなし会」では誰も私が叫ぶように語るさまを否定しませんでしたが、皆の目に異様に映っていたことは間違いないでしょう。


幼い頃から身体が悪かったため、スピリチュアル系の方や宗教にハマっている方が周りに集まってきていました。

渡されたパンフレットや、何気ない会話に挟まれる「宇宙からのメッセージがどうのこうの~」「宇宙と交信~」「宇宙」が大嫌いでした。


そんな私がこうも「宇宙」に憑りつかれてしまったのもおそらくゾルピデムの影響でしょう。ゾルピデムを飲み始めてすぐに強い幻覚を見るのですが、薬を飲むような時間帯でない日中でもあらゆる副作用が襲ってきます。常にうにゃうにゃ歪んだ視界で音も正常に聴こえず、ずっと異常な状態に置かれたら少しまともになる風呂の時間に依存してしまう気持ちも今なら少しわかる気がします。



もともとの私は、突飛な発想をしたりそれに長時間囚われたりするような人間ではありません。そして今現在もまったくもって普通に、見えたまんまの物をそのまま捉えている感性のない人間です。「発想の飛躍や転換」はこの薬を飲んでいる間だけでした。

まさか「発想の飛躍や転換」なんて副作用…いや副作用の副作用というべきか。

ゾルピデムの副作用によりまっすぐ物が映らなくなった影響で思考もねじれてしまうなんて思いもよりませんでした。

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