第11話 ODのきっかけ
高校3年生にはずっと興味があったアクアリウムをやり始めることになるのですが、そんな私に色々と教えてくれるクラスメイトがいました。学校にいる間もよく話しかけてくれる、聡明で快活な男子生徒。そんな彼が偶然にも私と同じ趣味を持っていたことがわかり喜んだ記憶があります。
彼が通信高校でできた私の初めての友達でした。
ある日の学校の帰り道、たしか冬の寒い時期でシャーベット状の雪を踏みしめながら彼と一緒に歩いていたとき。「家に来て自分の水槽をみないか」と言われました。
高校に入ってからは体調も悪くなりあまり友達の家に行く機会がなかったのもあり、「学生らしいことをしてる!」と有頂天になりました。
ただ一抹の不安もありました。
私の母親はかなりの過保護で、私が男の子と遊びにいくと聞くと待ち合わせ場所に先回りしてその遊び相手の様子を窺ったり、尾行するようなところがあります。
また、かなりの潔癖症。私に「男は狼だ」など幼いころから言い含め、少しでも性的な描写がある漫画や本は読ませてくれませんでした。
私は自身を女であると意識したことが少なく、また「男は狼」「気持ちの悪い生き物」と言いながら私を作り、第二次性徴期の私にセクハラじみた言葉を公衆の面前で投げかけるようなダブスタの母親も苦手でしたので、異性の家に行くのは怖いけど…ぜひとも行きたい!という気持ちでせめぎ合っていました。
すると葛藤している姿を見たクラスメイトの男の子は「家には母さんもいるしおいでよ。」と言ってくれて私の中の天秤は「行く」のほうに傾きました。
お家にお邪魔すると若く綺麗なおかあさまと5つの水槽が迎えてくれました。
聞いていたよりずっと本格的なレイアウト水槽。水草も丁寧にトリミングされ、私が今まで飼ったことのない憧れの熱帯魚が悠々と泳ぐ。
大きく育ったプレコやそれ以上に大きくなった肉食魚、はたまた亀まで…5つの大小さまざまな水槽を見せてもらいました。
不意に電話がなりました。
画面を確認せずともわかります。
…案の定母からの着信。
血の気が引きました。
私の母は異常に勘が鋭く、母に内緒で異性のクラスメイトと一緒に蕎麦屋に入ろうが何故か電話をかけてきます。
やはりなぜかバレている。男の人と一緒にいるのがばれたら…
私は急いで彼の家を後にしました。
帰宅するといきなり母は白状しろと迫りました。
帰り道急に相手が誘ってくれた突発的なお宅訪問だったはずなのに案の定バレてしまっている。母親のセンサーは怖い。もちろん嘘なんて付けない。嘘も全部お見通しだからだ。
「クラスの男の子の家で水槽を見にいきました。おかあさまもご在宅だったので―
「男の子」と言った瞬間に母が怒り狂い、後半の方言いかけた言葉は母が聞いていませんでした。
私を何度も殴り、蹴りとばし、
「売女」「気色悪い」「阿婆擦れ」と何度も叫んでいました。
「まって、きいて」とそのクラスメイトのお母さんがいたリビングでずっと水槽を見て過ごしていたことを言おうとしても母の叫び声のほうが大きかったので私はいつもどおりギャン泣きで許しを請うことしかできませんでした。
母親が私の事をゴミを見るように見て、寒がるように自分の身体を腕で抱いたそぶりをするのも覚えています。
いつもなら早くて2日、長くて10日もあれば和解できるはずなのですがその私を気持ち悪がるしぐさを見て、「これは長くかかりそうだ」と思ったのもちゃんと覚えています。
そのうちに母親は睡眠薬を煽って、寝てしまいました。
段々むかついてきました。釈明する前に寝てしまった。起きたところで私が説明する時間を与えずまた罵倒するか「気色わるいから寄るな」と遠ざけて逃げていくか(母はよく家出をする人間だったので)…
男と女とはいえ私は相手を人間だと思って尊重していたし相手も私にそんな気持ちは抱かないだろう。病気でまともな学校生活を送ることができなかった私の友人を馬鹿にされているようで腹がたった。同時に人間を「男と女」に分けてでしかものを考えられない母を軽蔑した。
静かになったリビングでぐるぐると感情が沸き立つうち、なぜ私は起きているんだと思いました。眼の前で睡眠薬を煽りその場で泣きながら寝てしまった母親。
何も悪いことはしていないのに苦しんでいる私。
誤解をとくこともできず母親を見下ろして立っているのはあまりにも辛い。
母親はうつ病。同じく中学1年生でうつ病と診断された私に「寝逃げ」という言葉を教えてくれました。苦しくなったら寝て逃げる。身体が痛くなったら寝て逃げる。
母親は自分の近くに放蕩娘がいる(ちがう)という事実(ではない)に耐えられず寝逃げをしてしまったのだ。
私も寝逃げをしようと思いました。事実を誤認され、弁明する暇もなく売女と言われ目の前でシャットアウトされた苦しさからは寝て逃げる。これしかない。
私はいつものゾルピデムと、小学校時代からなじみがあるデパス、頓服として「不安時に」と処方されていたクロチアゼパムと部屋にあったアルプラゾラム、トリアゾラム、コントミンなどをかき集めて一気に飲みました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます