第13話 欠落


 ODが習慣になってから救急で目覚めることが多くなりました。


 大体は大きくて透明な点滴をして、尿と一緒に血液中の薬の成分を排出するという簡単な処置をしていただいているようですがたまに心電図をしているときもありました。

 心電図をしながらも点滴を打たれているので当然トイレに行きたくなることもあり、その際にはベッドの上に黒い防水シート?のようなものを敷かれて看護師さんの眼前で放尿することになります。

恥ずかしい、申し訳ないという気持ちになったのを覚えています。



 看護師さんにシモのお世話をしてもらう10代後半児。

普段は理性という服で必死に隠している赤ちゃんのような欲求や振る舞いも、薬で前後不覚になったときには全面に出てしまう。


「ねむい」「たのしい」「のどが渇いた」「おしっこしたい」


 宇宙のことや難しいことを考えるような余裕もないほどたくさん入眠剤を飲んでしまえばこんなもんです。マズローの5階層になった欲求の図を思い出します。

あのピラミッド図の一番下、「生理的欲求」。


考えることができないほど意識が低迷した人間には生理的欲求しか残らなくなるんだという学びを得ました。




 当然、救急で過ごしたあとは自宅へ帰ることになるのですが、その道中の記憶も自宅へ着いてからの数日の記憶もほぼありません。断片的に覚えていることもあるにはあるのですがそれがいつの記憶なのかもわかりません。


そして私が私であると認識できるようになってからはまた生活が始まります。



 (感覚を説明するのに感覚を持ち出すのは変ですが)これは離人感に似ています。

ときおり「ハッ」と気づけば世界が始まっていた、今までの人生は全部夢でこれから本当の生活が始まるんだという感覚に襲われるのですが、ODを頻繁にするようになってからはこの感覚に襲われる回数も激増しました。

 ちなみに12歳か13歳のときこの感覚をカウンセリングの際に相談したら解離性障害であると言われました。



ほとんどが空白。

どこまでが夢でどこからが現実かわからない、記憶が抜け落ちていく。


 「今の自分が楽しければいい」と刹那的に途切れ途切れの生活を送る当時の私には、連続性を失ってしまった今の私の苦しみを想像することはできなかったでしょう。

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