ネタバレなしで読みたい、史書の行間に息づく人々と物語

 春秋戦国時代……なんだかんだで「キングダム」に続くんですよね? ていどの知識で読み始めた者です。難しいかも……腰を据えて掛からねば、と思っていたのですが、読み始めたら先が気になって仕方なくて次から次へと読み進めて、気付いたら読了していました。

 歴史ものは「史実」というどうしようもないネタバレが存在してしまうのですが、読み終えるまで検索は封印しよう! と決意させるほどに、主人公格の郤缺はじめ、彼を取り巻く人々と当時の情勢、それらが織りなす物語に惹き込まれていました。魅力的な登場人物は多いのですが、特に郤缺について。礼節を弁え自己抑制に長けたストイックに描かれた彼をして感情のコントロールを忘れる幾つかの場面には、いずれも心動かされました。

 この没入感がどこから来るのかと言えば──恐らくは、本来は淡白かつ簡潔な史文の記述から、その時代をどのような人々がどのように生きたのか、その言動の意味を鮮やかに浮き上がらせる筆致の賜物でしょう。二君に仕えること、祖先の祭祀、長幼の序、子弟の教育等々……ともすれば現代人には理解しづらい古代中国の大夫の価値観を、分かりやすく面白く、嚙み砕いたり脚色したり説明したりしてくださっていると感じました。歴史を、単なる事実の羅列ではなく物語として描くとはどういうことか、のひとつのお手本のように思います。

 この時代が好きな人なら楽しめるはず、とはほかのレビュー者の方々が多々延べられている通り。一方で歴史知識がゼロでも非常に楽しく読めましたので、必読の作品と言えましょう。

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