病気を患って入院することになってしまったら、一日も早く快癒して退院したいものでしょう。でも、その病気の症状が背中に蝶の翅が生えるというもので、治療には「恋をすること」が必要だとしたら、どうなるでしょうか。
蝶の翅が生える病気、との設定に興味をもって読み始めた本作、すぐに症状そのもの以外にも様々な問題というかドラマを孕んだシチュエーションであることに気付いて引き込まれました。
美しく珍しい姿の患者たちは、「虫籠」とも呼ばれる病院に保護の名目で収容されます。医師もスタッフも美男美女ばかりなのは、患者が恋愛感情を抱けるように。閉ざされた環境の限られた人間関係の中で、翅を持つ少年少女たちは「虫籠」を出るためには恋をしなければならないのですが──
恋とは綺麗なもの、良いもの。甘酸っぱい憧れるもの──というイメージはありますが、美しいイメージだけではない、恋に関する生々しい不安や嫉妬、劣等感等々の思いを神秘的な症状に絡めて描き出すのが本作の魅力です。
家族や友人から引き離された新たな環境で出会う人々と「さあ恋をしろ」という「圧」をかけられる不安や恥ずかしさ。元の生活に戻れるのかという焦り。「虫籠」での生活に満足して恋心を封じ込める者もいれば、そもそも恋心を抱かない者もいて。依存や崇拝、性愛と恋は別ものであるということ、恋をする形にも色々あるということを様々な登場人物(患者)に託して浮かび上がらせているのがこの作品です。章ごとに視点人物が変わるオムニバス形式ですが、各キャラクターの等身大の想いに毎回感情移入させられますし、前章の主役のその後を、次の章で垣間見るのも楽しいものです。
思春期ならではの心の揺れや自意識は繊細で、か弱く脆い翅の蝶が羽ばたく様を見守る想いになります。いっぽうで、虫籠の中には蜘蛛や毒花を思わせる妖しく危うい人たちが潜んでいたりもして──様々な人の様々な恋模様、次はどのような恋の形が描かれるのか楽しみです。
背中に蝶の翅が生える奇病・クピド症候群。恋をすると翅が落ちて治るという部分も含めてなんとも美しい病。
そんなクピド患者が集められた虫籠と呼ばれる病院を舞台に、色々な「恋」を描いているお話です。
恋をすれば治るのなら、自覚した瞬間にさっさとその気持ちを受け入れてしまえばいい――と割り切れるのは元々こざっぱりした性格を持っている人か、ある程度経験を積んだ大人くらいでしょう。しかしこの病は成人前の子どもしか発症しません。
それなのに恋をしたら翅が落ちます。つまり恋をしたこと、さらに場合によってはその相手まで周りに知られてしまうのです。
多感な年頃にはなかなかハードルの高い状況……そんな中で彼らがどんなふうに自分や恋と向き合っていくのか、章ごとに視点を変えて丁寧に描かれています。
読んでいると思わず応援や心配をしてしまう、繊細で危うげな雰囲気。色々な「恋」を見てみたい方、必見です。
人の背中に蝶のようなハネが生え、恋をすればハネは落ちる、クピド病。
そんな奇病にかかった少年少女が集められる施設は『虫籠』の異名で知られる。美しい温室も備えたその施設は、不穏な謎も纏いながら、思春期の揺れ動く感情を湛えている。
とかく、美しい。
蒼穹に透ける翅、温室のガラスに触れそうな掌、夜闇に融ける会話。クピド病という病の美しさに、サナトリウムのような(この奇病は治るはずなのだが)静謐さが輪をかけて、情景を美しくさせる。
短編集の趣きだが、共通する登場人物が抱える謎こそが一層仄暗く、物語の輪郭がはっきりと見える日が待ち遠しく思える。
現代を舞台に、隔離された施設での、奇病を介した感情の機微。美しくも儚い青春をいつくしみたい。