社会よこの叫びが聞こえるか 仕事の矜持も家族の絆も「自分」も、失わない

櫻子さんには大好きな仕事がある。乳酸菌飲料の販売レディだ。
櫻子さんのお母さんも同じ仕事で、シングルマザーとして育ててくれた母が大好きだった。そして今は三歳の娘も、保育園の迎えの自転車で飲むこの乳酸飲料の味が大好きだ。
だけど、生きがいとも言えるこの仕事も後五日で終わりだ。
「母親は働くべきでない」と、義父に強く反対されたから――

櫻子さんは、決して誰かの言いなりになるような「弱い」女性ではありません。辞職を決めたのも、夫と義父との関係に不和を及ぼしたくなかった、誰よりも自分を優先してくれた母から受け継いだ、家族への想いがあるからです。
それでも。社会と役割と、会社と責任と、見えない圧力に押し込められ、心の枷に縛られた「自分」の叫びが聞こえる。

退職を切っ掛けに僅かに傾いた天秤上で、彼女は「ある行動」を起こすことを心に決めます。そして退職最終日のその日、実行に移すのですが……

退職までの五日間に張られていた事態のミステリー的要素、動機となる心情と関係性、それらが仕事と家族の両面から描かれて、見事な帰結を果たします。
感情を描くのではなく思い起こさせる筆致は、サスペンス的な緊迫も覚えました。
このレビューが、この作品に出会う誰かの切っ掛けになれば幸いです。

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