第20話 かすかな流星
ズドン!
迫る閃光を結晶の壁で防ぐ。
しかし長くは持たない。ソフィアが避けると、すぐに壁は貫かれる。
今ので、ほとんどの白衣を失った。
もはや結晶の鎧も残っていない。
次の一撃から身を守る事もできない。
「ほら、まだ終わりじゃないよ!」
必死に避けるソフィアだが、長くは持たないだろう。
それならばいっそのこと、ソフィアは賭けるように前に走る。
ドッ!
貫かれた。ソフィアの脇腹からどくどくと血が溢れる。
「ッ!!」
どさりとバランスを崩してソフィアは床に転がった。
あふれる血だまりがソフィアを飲み込んでいく。
ぞるぞると触手をうねらせてジュリアスが近づいてきた。
もはやソフィアは戦えない。そう判断したのだろう。
「夢なんて見るからそうなる。何も成せずに、みじめに死んでいく。それに気づくのが遅かったようだね」
触手を振り上げる。これでとどめ。
ドス!
「グうァァァァァァ!」
ジュリアスが叫んだ。
床に広まった血だまり。
そこから伸びた紅い結晶に片目を貫かれて。
「いい具合に穴を開けてくれて、ありがとうございます」
ソフィアが使っていた白衣は『とある竜』の血を使ったもの。
つまりはソフィアの血。それ自体が原材料だ。
さらに紅い結晶が作られ、
ルイエさえ助ければ玉座は動かせない。
ソフィアは口の中に体を突っ込む。
ずっと奥。のどのようにくぼんだ場所に手が見える。
届かない。あと少し。
「ルイエさん!」
☆
幼いころ。
ルイエは祖父の書斎で本を読んでもらうのが好きだった。
暖かい暖炉の火に当てられて、祖父の大きな膝の上に乗せられて。
たくさんの竜の伝説を教えてもらった。
「わたしね。将来は冒険者になるの。そしていろんな竜を冒険するんだ!」
幼いルイエは叫ぶ。自分の夢をなんの疑いもなく。
「それでね。いつか人竜を見つけてお友達になるの!」
そして祖父が頭を撫でてくれる。
大きくてごつごつした。けれど、とても優しい手。
その手が止まった。
「おじいちゃん?」
祖父の膝から降りて後ろを向くと。
そこには祖父の死体があった。
ぐったりと力が抜けて、口から血をたらしている。
そしていつの間にか、ルイエの体も大きくなっていた。
暖炉の火も消えている。
寒い。
突き刺すような冷気がルイエの肌を撫でていく。
獣の雄叫びが響いた。
おぞましく、恐ろしい声。
あれは古龍の声だ。
そうだ。死んだのだ。
ルイエの家族。祖父、父、母、兄弟姉妹。みんな死んだ。
窓から外を見れば、崩壊した街が広がっている。
他にも、たくさんの人が死んだ。
「……私も行かなきゃ」
なぜかそう思った。
ふらふらと部屋の扉に近づく。
『ルイエさん!』
どこからか声が聞こえた。
後ろを振り向くと、暖炉に火がくすぶっていた。
とても小さくて、かすかな光。
今にも消えてしまいそうな火。
だけど、
『ルイエさん!』
ルイエは思い出した。
一緒に歩んでくれると言われた。
応援してくれると言われた。
そうだ。あの手を握り返さなければ。
そして、そのかすかな光に手を伸ばして――
☆
「つかんだ!」
ソフィアの手をルイエが握り返した。
グッと引き戻す。
偽りの玉座から引きずり出す。
ズル!
ルイエを引っこ抜くと、勢い余って二人は床に転がった。
「あなたは向こうに行っててください!」
生えた結晶が玉座を殴り飛ばす。
玉座は数メートルは飛ばされ、ごろごろと転がっていった。
「ルイエさん、大丈夫ですか」
「大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」
その言葉通り。ルイエは少し元気はないが、特に異常はなさそうだ。
そして星空のように輝く目でソフィアを見つめた。
「ソフィア、依頼してもいいかしら」
「おや、何をですか?」
少し、いじわるにソフィアは言った。
ちゃんと言葉で言って欲しかった。
「古龍を討伐して国を再興する。その協力をして欲しいの」
それがルイエの願い。
きっと厳しい道だ。辛い思いもたくさんする。
そのうえで、叶うかは分からない。
古龍はそれほどまでに強大だ。
だから、
「安くはありませんよ?」
「余裕よ。女王になるんだもの」
ソフィアはそれを助けてあげたい。
友達として。
『夢を叶える魔導師』として。
「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
憎しみのこもった叫び声。
ジュリアスだ。
闇夜への玉座がその大きな口を叫ぶように開けている。
そこにはバチバチと音を立ててエネルギーが蓄積していく。
「私の前で、くだらない夢を語るなぁぁ!!」
それは嫉妬なのかもしれない。
子供の夢は眩しくて、美しい。
だがその光に当てれたとき、暗く濃い影が浮かび上がる。
何も成すことのできなかった、大人のみじめさが。
「あれ、私たちを攻撃しようとしてるわよね」
「……そのようですね」
「ちょっと、早く逃げないと!」
急いで立ち上がるルイエだが、ソフィアは動こうとしない。
いや、
「ごめんなさい。私はもう動けなくて」
たびかさなる戦闘。そして多量の失血。
もはやソフィアに動ける体力は残されていない。
そして玉座の口にはドンドンとエネルギーが溜まっていく。
黄金色に輝く小さな太陽が作られていく。
ソフィアを背負って逃げている時間は無いだろう。
「ルイエさんだけでも逃げてください」
ルイエだけなら間に合う。
ソフィアを見捨てれば。
だけど、当然ながら、見捨てられるわけがない。
「ふざけないで。二人で助かる方法を考えるわよ。不可能を可能に変えるのが魔導師なんでしょ?」
また、諦めようとした。
ソフィアはため息を吐いた。
全く自分も学ばない。
「……つまらないことを言いました。忘れてください」
二人が助かる方法なら、ソフィアは一つ思いついた。
「あの攻撃を押し返します」
「そんなことできるの?」
「成功率は低いです。それでも、協力してくれますよね?」
「当たり前でしょ」
ソフィアが構えると、そこに紅い結晶の銃が作られた。
普通の銃じゃない。
そしてその根元にソフィアの血が集まっていく。
轟々と音を立てて大量の空気が集まっていく。
やがてそれは真っ白な光に変わった。
ソフィアの血を、周りの空気を、強力な引力によってエネルギーに変えていく。
「私は踏みとどまる力も残ってないですから、支えてくださいね」
「それぐらい、任せときなさい」
そして、
「消え失せろ! ガキどもがァァァァァァ!!」
玉座の口からまばゆいほどの閃光が走る。
「これが
ズドン!
ソフィアの銃からも白い光がほとばしる。
ズバァァァァァン!!
両方の光がぶつかる。黄金と白銀。二つの色がせめぎ合う。
優勢なのは、
「こっちが押されてる」
ジュリアス側が優勢。
少しずつ、ソフィアたちに閃光が迫る。
しかもソフィアがこの光を維持できる時間は長くない。
どくどくとソフィアの脇腹から流れ出る血。
これが光の原料。
ほんの数舜、維持をするだけでもソフィアの体力は削られて行く。
ソフィアは体から血が抜けていくのを感じる。
体が冷たくなっていく。
視界が暗くなる。意識が遠のいていく。
まずいと感じることもできずに、その意識を手放し――
「ソフィア!」
ソフィアは背中に温度を感じた。
それはルイエのぬくもりだ。
そうだ、負けたら駄目だ。
夢を叶えるため、夢を守るため。
勝たなきゃいけない。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
血が抜けていく。
それでも耐えなきゃいけない。
この一撃に、全力を!
『行っけぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
二人の声が重なった。
ソフィアの白い光が勢いを増す。
一気に閃光を押し返す。
「クソがぁぁぁぁぁぁ!!」
ズドォォォォォン!!!
光は玉座を吹き飛ばし、ウルヌイエの外壁に穴を開ける。
夜空を白銀の流星が昇った。
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