第20話 かすかな流星

 ズドン!

 迫る閃光を結晶の壁で防ぐ。

 しかし長くは持たない。ソフィアが避けると、すぐに壁は貫かれる。


 今ので、ほとんどの白衣を失った。

 もはや結晶の鎧も残っていない。

 次の一撃から身を守る事もできない。


「ほら、まだ終わりじゃないよ!」


 闇夜への玉座アザン=ルフスの触手から何本もの閃光が迫る。

 必死に避けるソフィアだが、長くは持たないだろう。

 それならばいっそのこと、ソフィアは賭けるように前に走る。

 ドッ!

 貫かれた。ソフィアの脇腹からどくどくと血が溢れる。


「ッ!!」


 どさりとバランスを崩してソフィアは床に転がった。

 あふれる血だまりがソフィアを飲み込んでいく。

 ぞるぞると触手をうねらせてジュリアスが近づいてきた。

 もはやソフィアは戦えない。そう判断したのだろう。


「夢なんて見るからそうなる。何も成せずに、みじめに死んでいく。それに気づくのが遅かったようだね」


 触手を振り上げる。これでとどめ。

 ドス!


「グうァァァァァァ!」


 ジュリアスが叫んだ。

 床に広まった血だまり。

 そこから伸びた紅い結晶に片目を貫かれて。


「いい具合に穴を開けてくれて、ありがとうございます」


 ソフィアが使っていた白衣は『とある竜』の血を使ったもの。

 つまりはソフィアの血。それ自体が原材料だ。


 さらに紅い結晶が作られ、闇夜への玉座アザン=ルフスの口をこじ開ける。

 ルイエさえ助ければ玉座は動かせない。


 ソフィアは口の中に体を突っ込む。

 ずっと奥。のどのようにくぼんだ場所に手が見える。

 届かない。あと少し。


「ルイエさん!」





 幼いころ。

 ルイエは祖父の書斎で本を読んでもらうのが好きだった。


 暖かい暖炉の火に当てられて、祖父の大きな膝の上に乗せられて。

 たくさんの竜の伝説を教えてもらった。


「わたしね。将来は冒険者になるの。そしていろんな竜を冒険するんだ!」


 幼いルイエは叫ぶ。自分の夢をなんの疑いもなく。


「それでね。いつか人竜を見つけてお友達になるの!」


 そして祖父が頭を撫でてくれる。

 大きくてごつごつした。けれど、とても優しい手。

 その手が止まった。


「おじいちゃん?」


 祖父の膝から降りて後ろを向くと。

 そこには祖父の死体があった。

 ぐったりと力が抜けて、口から血をたらしている。


 そしていつの間にか、ルイエの体も大きくなっていた。

 暖炉の火も消えている。

 寒い。

 突き刺すような冷気がルイエの肌を撫でていく。


 獣の雄叫びが響いた。

 おぞましく、恐ろしい声。

 あれは古龍の声だ。


 そうだ。死んだのだ。

 ルイエの家族。祖父、父、母、兄弟姉妹。みんな死んだ。

 窓から外を見れば、崩壊した街が広がっている。

 他にも、たくさんの人が死んだ。


「……私も行かなきゃ」


 なぜかそう思った。

 ふらふらと部屋の扉に近づく。


『ルイエさん!』


 どこからか声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、暖炉に火がくすぶっていた。

 とても小さくて、かすかな光。

 今にも消えてしまいそうな火。

 だけど、


『ルイエさん!』


 ルイエは思い出した。

 一緒に歩んでくれると言われた。

 応援してくれると言われた。

 そうだ。あの手を握り返さなければ。


 そして、そのかすかな光に手を伸ばして――





「つかんだ!」


 ソフィアの手をルイエが握り返した。

 グッと引き戻す。

 偽りの玉座から引きずり出す。


 ズル!

 ルイエを引っこ抜くと、勢い余って二人は床に転がった。


「あなたは向こうに行っててください!」


 生えた結晶が玉座を殴り飛ばす。

 玉座は数メートルは飛ばされ、ごろごろと転がっていった。


「ルイエさん、大丈夫ですか」

「大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」


 その言葉通り。ルイエは少し元気はないが、特に異常はなさそうだ。

 そして星空のように輝く目でソフィアを見つめた。


「ソフィア、依頼してもいいかしら」

「おや、何をですか?」


 少し、いじわるにソフィアは言った。

 ちゃんと言葉で言って欲しかった。


「古龍を討伐して国を再興する。その協力をして欲しいの」


 それがルイエの願い。

 きっと厳しい道だ。辛い思いもたくさんする。

 そのうえで、叶うかは分からない。

 古龍はそれほどまでに強大だ。

 だから、


「安くはありませんよ?」

「余裕よ。女王になるんだもの」


 ソフィアはそれを助けてあげたい。

 友達として。

 『夢を叶える魔導師』として。


「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 憎しみのこもった叫び声。

 ジュリアスだ。

 闇夜への玉座がその大きな口を叫ぶように開けている。

 そこにはバチバチと音を立ててエネルギーが蓄積していく。


「私の前で、くだらない夢を語るなぁぁ!!」


 それは嫉妬なのかもしれない。

 子供の夢は眩しくて、美しい。

 だがその光に当てれたとき、暗く濃い影が浮かび上がる。

 何も成すことのできなかった、大人のみじめさが。


「あれ、私たちを攻撃しようとしてるわよね」

「……そのようですね」

「ちょっと、早く逃げないと!」


 急いで立ち上がるルイエだが、ソフィアは動こうとしない。

 いや、


「ごめんなさい。私はもう動けなくて」


 たびかさなる戦闘。そして多量の失血。

 もはやソフィアに動ける体力は残されていない。

 そして玉座の口にはドンドンとエネルギーが溜まっていく。

 黄金色に輝く小さな太陽が作られていく。

 ソフィアを背負って逃げている時間は無いだろう。


「ルイエさんだけでも逃げてください」


 ルイエだけなら間に合う。

 ソフィアを見捨てれば。

 だけど、当然ながら、見捨てられるわけがない。


「ふざけないで。二人で助かる方法を考えるわよ。不可能を可能に変えるのが魔導師なんでしょ?」


 また、諦めようとした。

 ソフィアはため息を吐いた。

 全く自分も学ばない。


「……つまらないことを言いました。忘れてください」


 二人が助かる方法なら、ソフィアは一つ思いついた。


「あの攻撃を押し返します」

「そんなことできるの?」

「成功率は低いです。それでも、協力してくれますよね?」

「当たり前でしょ」


 ソフィアが構えると、そこに紅い結晶の銃が作られた。

 普通の銃じゃない。音叉おんさのように別れた銃身。レールガンのような形状だ。

 そしてその根元にソフィアの血が集まっていく。

 轟々と音を立てて大量の空気が集まっていく。

 やがてそれは真っ白な光に変わった。

 ソフィアの血を、周りの空気を、強力な引力によってエネルギーに変えていく。


「私は踏みとどまる力も残ってないですから、支えてくださいね」

「それぐらい、任せときなさい」


 そして、


「消え失せろ! ガキどもがァァァァァァ!!」


 玉座の口からまばゆいほどの閃光が走る。


「これがロマンの味です」


 ズドン!

 ソフィアの銃からも白い光がほとばしる。


 ズバァァァァァン!!

 両方の光がぶつかる。黄金と白銀。二つの色がせめぎ合う。

 優勢なのは、


「こっちが押されてる」


 ジュリアス側が優勢。

 少しずつ、ソフィアたちに閃光が迫る。


 しかもソフィアがこの光を維持できる時間は長くない。

 どくどくとソフィアの脇腹から流れ出る血。

 これが光の原料。

 ほんの数舜、維持をするだけでもソフィアの体力は削られて行く。


 ソフィアは体から血が抜けていくのを感じる。

 体が冷たくなっていく。

 視界が暗くなる。意識が遠のいていく。

 まずいと感じることもできずに、その意識を手放し――


「ソフィア!」


 ソフィアは背中に温度を感じた。

 それはルイエのぬくもりだ。

 そうだ、負けたら駄目だ。

 夢を叶えるため、夢を守るため。

 勝たなきゃいけない。


「あぁぁぁぁぁぁ!!」


 血が抜けていく。

 それでも耐えなきゃいけない。

 この一撃に、全力を!


『行っけぇぇぇぇぇぇぇ!!!』


 二人の声が重なった。

 ソフィアの白い光が勢いを増す。

 一気に閃光を押し返す。


「クソがぁぁぁぁぁぁ!!」


 ズドォォォォォン!!!

 光は玉座を吹き飛ばし、ウルヌイエの外壁に穴を開ける。

 夜空を白銀の流星が昇った。

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