第10話 川の先

 湖の中。

 クジラに似た竜は悠々ゆうゆうと泳いでいた。


 そこは彼にとって、そう悪くない場所だった。

 巨大な古龍に飲み込まれ、隔離かくりされた水槽に閉じ込められて、彼にとっては狭い水道管を流されてたどり着いた。

 外敵はいない。補給される水に交じって餌が流れてくる。狩りをせずとものんびりと過ごせる場所。


 だが、それも今日までだった。


 ズドン!

 大きな音が鳴ると、クジラ竜の体にもりが突き刺さる。

 それは結晶の銛。長い鎖が伸びており、その先に居るのはソフィア。

 地面に設置された砲台から銛を撃ちだした。


 地面にしばられてクジラ竜は思うように動けない。

 鎖を引きちぎらなければならない。

 クジラ竜は尻尾に着いたプロペラを全力で回そうとする。


「ルイエさん!」

「解ってるわ!」


 ルイエが水上バイクに乗って近づく。

 それは魚竜。シーモビルの素材を使ってソフィアが作った魔道具。


 そしてその手元には一振りの剣。

 ルイエはその剣を刺突するように構える。

 だが遠い。まだその剣先は届かない。クジラ竜がプロペラを回す方が圧倒的に早い。


 しかし伸びた。その刀身が。

 蛇腹剣。

 ルイエの剣は磁力によって伸びた剣を操作する魔道具だ。


 剣がプロペラに絡みつく。

 動きを阻害された。

 

 だからどうした。ルイエのような小さな存在は障害にならない。

 クジラ竜は勢いよく尻尾を振るう。


「きゃ!」


 絡まった蛇腹剣とともに、ルイエが飛ばされる。

 そこに飛び出したのはソフィア。背中に結晶の翼を生やしている。

 ソフィアはルイエを片手でキャッチすると、クジラ竜を見据えた。

 手元には大きなパイルハンマー。刃先は潰されていない。鋭利な刃物がクジラ竜の頭部を狙っている。


 ズドン!

 クジラ竜の頭部に穴が開いた。脳に届く勢い。

 もちろん。背中のレールガンは傷つけないように。


 これで狩りは終わり。

 そもそもクジラ竜に勝ち目はなかった。

 クジラ竜の元となった兵器は長距離狙撃潜水艦。

 その本質は『見つからず』に『長距離』から狙撃すること。

 すでに見つかっている上に、近距離ではどうしようもない。





「ルイエ様。本当にありがとうございました」

「私じゃないわ。ソフィアのおかげ」


 けが人たちの治療はすでに終えていた。

 あたりにはソフィアが使った魔道具が転がっている。

 その辺の竜を狩ってきてソフィアが組み立てたものだ。


「しかし、凄まじい物ですな『竜の軟膏なんこう』とは」


 特にソフィアが治療に使ったのは軟膏。

 軟膏は簡単に言えば塗り薬。

 油などを用いて作成できる。

 だが通常はちょっとした切り傷や、皮膚疾患に効く程度のものだ。

 大けがをした人間を治療できるものではない。


「私も初めて見たわ。クジラ竜なんて、そんなに狩られることもないからね」


 今回は使った油が特殊だ。


 クジラの脳油。

 クジラは脳に油をため込む。

 細かい説明は省くが、潜水や浮上を行うのに使用するため。

 さきほどのクジラ竜も同じで、この脳油を用いることで静穏性の高い潜水を行うことができた。


 そしてクジラ竜の脳油を使った軟膏の効果はすさまじい。

 塗るだけで傷口をふさぎ失血を抑え、細胞に作用することで治癒能力を高める。

 明日には全員の傷が完全に治るだろう。


「……それにしても」


 ルイエが呆れたように見たのは川。

 大きな川だ。水深も深い。

 そこには誰も居ないが。


「ぷは!」


 水の中からソフィアが現れた。

 着ていた服は脱いでいる。

 現在は白衣を変形させ、学生用の水着に似せている。

 白スクだ。

 色気はない。子供より平たい、その胸が原因だろうか。

 ルイエの中には、ソフィア男の娘疑惑が浮かんでいる。


「それ、水中に設置する意味あるの?」


 ルイエが川を覗き込む。

 透き通った水の中にレールガンが沈んでいた。

 当然、撃てるように調整してある。


「何言ってるんですか! 水中適応のレールガンなんだから、水中に設置しないとダメじゃないですか!」


 自ら上がったソフィアは手を振り回しながら叫んだ。

 水滴が飛ぶ。


「ちょっと濡れるでしょ! そもそも組みなおしてどうするのよ。撃つわけでもないのに……」

「あ、やっぱりルイエさんも撃ったところ見たいですか? ドカンと撃ちますか!」

「止めて! 振りじゃないから! 撃たないで!」


 結局。レールガンを撃とうとするソフィアを止めるために、ルイエは濡れる羽目になった。





 その後。元気な調査隊の人々を集めて話を聞くことにした。

 夜空の石がドコにあるのか。その手掛かりを掴むために。


「申し訳ありません」

「……見つけたのは魚人竜どもの巣ぐらいで」

「思い当たりません」


 有力な情報は得られない。

 しかしルイエがふと気づく。


「ねぇソフィア。竜の性質は元となった機械に影響されるはずよね?」

「その通りですね。兵器が元となれば狂暴な竜になるはずです」


 先程のクジラ竜も同じ。

 兵器が元となったため気性は荒かった。

 たとえソフィア達が攻撃をしていなくても、見つかっていれば襲われたはずだ。


「ねぇ、あの魚人竜たちを外で見た人はいる?」


 調査隊の人々に聞く。皆が首を横に振った。

 ソフィアも外で魚人竜を見かけることはなかった。

 そして一人が、


「以前襲われたときなんですが、外に出たら追ってこなくなりました」


 魚人竜たちは外に出ない。

 常にウルヌイエの内部だけを守っている。

 そう、守っている。


「あの魚人竜たちは警備用の機械だったんじゃないかしら。だから外に出た人間には興味をなくす」


 一方で侵入者は執拗に追いかけている。


「だからあいつらの巣。そこには本当に守らなければならない大事なものがあるんじゃないかしら?」


 大事なもの。

 それは夜空の石だろう。


 おぉ! と調査隊の人々から歓声が上がった。

 しかし、


「ねぇ、あいつらの巣は何処にあったのかしら?」

「……分かりません。必死に逃げ回ったもので」


 残念ながら場所の特定はできない。

 次に声を上げたのはソフィアだ。


「では、その辺りに何か特徴はありませんでしたか? ささいな事でも構いません。気になった部分などがあれば教えてください」


 皆が首をかしげる。

 しかし一人が手を挙げた。


「あの、関係ないかもしれないんですけど。すごく暑かったです」


 それに隊員たちは同調した。

 暑さ。


 ソフィアは考える。

 なぜ暑いのか。


 ドバドバと滝の音が響く。

 そういえば、そもそもウルヌイエはなぜ巨大な水槽を背負っているのだろう。

 この滝の水はいったい何処に流れていくのか。

 なぜ大量の蒸気を排出しているのか。


 大量の水。暑い、つまりは熱。そして蒸気。

 それは、


「冷却水?」


 ソフィアの呟きに一同は首をかしげた。


「夜空の石からエネルギーを生成する過程で膨大な熱が発生したとします。その熱を冷やすために大量の水を使う。使われた水は蒸気となって体外に排出される。だからウルヌイエの周辺は常に霧がかかっている」


 そして、


「魚人竜たちの巣は暑かった。つまりは熱源。夜空の石からエネルギーを作り出す場所に近いはず。そしてその場所に行くには」


 そしてソフィアは川を見る。

 それは冷却に使われるだろう水。


「水の流れを追っていけばたどり着くはずです」

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