第11話 決壊
その日、二人はキャンプで休んでいくことになった。
ウルヌイエの中には昼も夜もない。
テントの外からうっすらと明かりが入ってきて眩しい。
いまいち寝れない。
「ふふ、なにそれ、そんな理由でお店を潰しかけてるの?」
「そんな理由ってなんですか! 魔道具は面白い方がいいでしょう!」
二人は横になりながら話し込んでいた。
狭いテントの中。すぐ隣にお互いの息遣いを感じる。
「ソフィアって『私は頭が良いです』ってすまし顔してるくせに暴走するとバカよね」
「ルイエだって同じじゃないですか。カッコいいって興奮しだして」
「ふふ」
「何がおかしいんですか」
隣を向く。
同じようにルイエがソフィアを見つめてきた。
鼻先がこすれ合う距離。
ルイエの黒い瞳が星空の様に輝いていた。
「初めて呼び捨てにした」
そう、だったかもしれない。
ソフィアは気恥しくなってそっぽを向く。
「照れてるのかしら?」
「照れてません」
ルイエがソフィアの手を握ってくる。
ソフィアは茶化しているのかと思った。
だが、その手は震えている。
何かに怯えるように。
「ソフィアは凄いわ……私とは違う」
羨望と落胆。
それがルイエの声から感じられる。
「私ね。夜空の石を手に入れた後、どうしたらいいのか分からないの。国を復興させたい。でも、私にはその力が無いわ」
ルイエは国の姫だった。
だが、それだけだ。
「私はソフィアみたいに魔道具も作れない。戦えるわけでもない……ジュリアスの様に人を集めて指揮することもできない」
王族として国を復興させる。
その重責に対して、ルイエは何の力も持っていない。
汚いことをしようとも、実際に人を集めて組織を立ち上げたジュリアスの方が、ずっと先を歩んでいる。
「だからたまに考えてしまうの。諦めた方が良いのかなって。ジュリアスに任せた方が、私が我慢してひどいことに目をつむればいいだけなのかな……現実を見るべきなのかな」
現実的に国の復興に近いのはジュリアスだ。
それに反しているのはルイエ自身のこだわり。
王族の責務として、国の事を考えれば間違っているのかもしれない。
ルイエが恐れているのは、未来だ。
夢から覚めるのが。
現実を思い知らされるのが怖い。
自身の無力さを突き付けられるのが怖い。
ソフィアはルイエの手を握る。
ソフィアだって他人事じゃない。
母のような魔導士になるんだと意気込んで店を開いた。
だが結果は失敗だった。
客は来なくなり経営危機におちいっている。
未来は怖い。
夢は怖い。
それでも、
「今は、前に進むしかないんだと思います」
「……そうね」
そして少女たちは目をつむった。
せめて眠りの中だけでも、幸せな夢が見られるようにと祈って。
☆
「お二人とも! 起きてください!」
抑えた声が響く。
ソフィアの体が乱暴に揺さぶられた。
どうやら調査隊の人に起こされたらしい。
「なによ。どうしたの?」
「お二人とも、急いで逃げてください」
ソフィアはゆっくりと体を起こして目をこする。
逃げる?
いったい何から。
「ジュリアスがやってきたんです」
「な、本当なの?」
その名前を聞いて一気に意識が覚醒する。
そして二人はテントの隙間から外を盗み見る。
そこに居るのは真新しい装備に身を包んだ男たち。
調査隊の人々には古ぼけた装備を渡して、自分たちは新しい物を使っているようだ。
そして調査隊の人々を気遣う様子もなく周囲を警戒している。
その中心。守られるように立っているのは長い金髪の男。
白地に金の線が入ったコートを着ている。
年は30代前半くらい。凛とした顔の男。
そしてずっと薄ら笑いを浮かべている。
「あれがジュリアスよ」
見た目は爽やかなイケメン。
だがジュリアスはねっとりとした、性格の悪そうな声で喋りだす。
「これは皆さま。調査の方はいかがかな?」
それに答えたのはジュリアスの前にかしずいた調査隊の人。
一番初めにソフィア達が会った人だ。
「申し訳ありません。我が隊は竜に襲われて壊滅状態です。撤退のために準備を整えておりました」
「なるほど……」
ジュリアスはゆっくりと見回した。
視線が止まる。
その先にあるのは魔道具。ソフィアが治療に用いたものだ。
まずい。
ジュリアスの表情は変わらない。
だが怪しんでいるのか、ジッと見つめている。
「……ところで、こちらにルイエ様は来ていませんか?」
「いえ、存じ上げません。なにかあったのですか?」
「……そうですか」
ジュリアスは残念そうにつぶやくき、わざとらしく首を振った。
「何か情報がある者には報酬を払いましょう。ああ、ただし最初の一名のみです」
奴は気づいている。
ソフィア達の存在に。少なくともここに立ち寄ったことを。
だが無理やり聞き出そうとするのではない。
裏切者を出そうとしている。欲に目がくらんだ者を釣り上げようとしている。
心底性格が悪い。
「よろしいですか?」
調査隊の一人が声を上げた。
ケガをしていた。ソフィアが治療した一人。
『ありがとう』と感謝の言葉をかけてくれた。
「なんですか?」
まさか裏切るはずがない。
そう思いたかった。
「ルイエ様ならあそこにいます」
指さした。ソフィア達の方を。
「ッ!」
ソフィアはとっさに砲台を作り出し、ジュリアスに向かって放つ。
轟音と共に飛ぶ結晶の砲弾。
ガン!
「おいおい、とんだじゃじゃ馬が居るじゃねえか」
弾き飛ばされた。
ジュリアスを守るように立ったのはずんぐりとした鎧を着た男。
初めに船を襲った魔導師と同じ龍装だ。
手には巨大なメイスを持っている。
「あなた達! 逃げなさい!」
ルイエの声と共に、調査隊の人々は走り出す。
それをジュリアスの隊は追撃しようと武器を構えた。
しかし、巨大な結晶の壁が現れ攻撃を邪魔する。
これで時間が稼げる。そう思った。
バリン!
音を立てて結晶の壁が崩れた。
砕かれた。
メイスの男の一撃で。
仕方がない。
すでに走り出していたソフィアとルイエ。
二人は逃げる調査隊の人々を守るように立ちふさがる。
「お二人とも!?」
「先に逃げなさい! あとから私たちも逃げるわ!」
「おや? 逃げられるとでも?」
どこかバカにしたような声。
相変わらず薄ら笑いを浮かべているジュリアスだ。
「彼らは別にかまいません。ですがルイエ様は行けませんよ。国の復興に必要ですから」
「ふざけないで! 調査隊の人を、国民を攻撃しようとして。復興なんて望んでいないでしょう!」
「そんな奇麗ごとで国は取り戻せませんよ。相手は古龍。世界の支配者に挑もうとしているのですから。外道を歩む覚悟も必要です。ルイエ様、現実を見てください」
「それは……それでも、あなたのやり方には賛同できない」
はたから見れば子供のわがままかもしれない。
それでも誰かを犠牲にするなんてことは、ルイエにはできないのだろう。
沈黙の中、『はぁ』とジュリアスのため息が響いた。
「頭を冷やしてもらう必要がありそうです……捕まえなさい」
敵が動いた。
数は20人ほど。
ソフィアは銃を生成して撃ち抜こうとするが。
「おっと、お前の相手は俺だ」
メイスの男が動く。
速い!
ソフィアはとっさに横に跳ぶ。ドカンと音を立ててソフィアが居た場所が潰れる。
「お前は強そうだからな。ザコどもじゃ手に余るだろ」
強い。
使っている龍装は、船を襲った魔導師と同じもの。
出来が悪い祖製品だ。
だが使い手が違う。
当たり前だが龍装は道具。使い手によって発揮する性能が違う。
メイスの男は戦いに慣れている。
鎧の性能を引き出している。
(マズいですね。この男もそうですけど――)
ソフィアが見るのは男の背後。
ルイエが蛇腹剣を振り回して、敵を寄せ付けないようにしている。
幸いなのはルイエを傷つけないようにするため、銃の類は使われていないこと。
だが捕まるのは時間の問題だろう。
目の前の男は倒せるかもしれない。
だが、その間にルイエが捕まったら。
人質に取られたら。
その前に何とかしなければならない。
何かないか。
何か役に立つものは……
ブン!
巨大なメイスが振られる。
現れる結晶の壁。しかしそのままでは砕かれる。
だから。
「うぉ!?」
真っすぐではなく斜め。
メイスの軌道をそらすように壁を生成する。
メイスは明後日の方向にフルスイングされて隙ができる。
ソフィアは二丁の結晶の銃で撃ちぬいた。
メイスの男ではない。
その後ろ、ルイエに近づこうとしている敵を。
例によってゴム弾だ。
命に別状はないが、戦闘の継続は不可能。
(とりあえず時間稼ぎを……)
「調子に乗るんじゃねぇ!」
フルスイングされたメイス。
それはぐるりと回転しソフィアに襲い掛かる
(避けられない!)
同じようにそらす軌道で壁を展開。
だが、メイスの男もバカではなかった。
それを見越して力を入れる。
パリン!
結晶の壁が砕かれる。
勢いのついたメイスがソフィアの体に当たる。
「ッ!?」
ベキ! バキボキ!
体内から異音がする。なってはいけない音。
それと共に来る激痛。
ズドンとソフィアは数メートル吹っ飛ばされる。
「ソフィア!」
ルイエの叫び声。
ソフィアはゴロゴロと転がり、川辺で止まった。
「ぐ、かは!」
「なかなかいい飛距離じゃねぇかクソガキ」
まずい。
半身が動かない。
ざくざくと河原を歩く足音が聞こえる。
メイスの男が近づいてきている。
ソフィアは這いつくばったまま前を見る。
そこにあるのは川。
(あ、そうか……)
何とかなる。この状況をくつがえせる。
「骨が折れた感触だったからな。もう動けねぇだろ。おとなしく諦め――ぶべぇ!」
ソフィアが飛びあがり、メイスの男の頭部に蹴りを入れた。
油断していた男は横倒しに吹っ飛ぶ。
「骨が折れたら動けないとか、発想がつまらないですよ」
ソフィアの体には結晶で作られたスーツ。
内部の骨が折れたなら、外部から補強すればいい。
まさしく
「ソフィア、大丈夫!」
走り寄ってきたルイエ。
後ろからぞろぞろとジュリアスの部隊が追いかける。
ちょうどいい。
「大丈夫。ちょっと痛いだけです」
「嘘つかないで! あんだけ飛ばされて平気なわけないでしょ!」
そこに悠々とジュリアスが歩いてくる。
「お友達のことを考えるなら、早めに投降された方が良いですよ」
逡巡するルイエ。
だがすぐに決まったようだ。
「……分かっ――」
「その必要はありません」
ルイエが降参しようとしたのを、ソフィアが遮った。
「おや、やせ我慢かな? どのみち捕まるのです。早めに諦めた方が身のためだよ」
「いいえ。本当に必要ありません」
そう。あと少し。もう少しだけ時間が稼げれば。
ガシャン。メイスの男が起き上がった。
「このクソガキがぁ!」
「落ち着きなさい。今は私が喋っています」
「コケにされて黙ってられるかよ! このガキもあのメイドのガキみたいに殺してやる!」
メイドのガキ。
メイスの男はそう言った。
メイド。船に乗って居たメイドはほのかだけだ。
「メイドとは、どういうことですか?」
「あぁ? なんだお前。あのメイドの知り合いか?」
ゲラゲラとメイスの男は愉快そうに笑う。
そして楽しそうに語った。
「あのメイドなら俺のメイスでぶっ飛ばしてやったのよ! 古龍から落ちてったぜ! 真っ逆さまにな!」
だから、戻ってこなかったのか。
だが死んだところを見られていないなら、まだ可能性がある。
あるはずだ。
速くこの件を終わらせて、探しに行かなければならない。
「もう結構です。あなた達と喋っている時間が無駄です」
「おや。諦めてもらえるのかな?」
諦める。
むしろソフィアが考えていたのは逆だ。
「いえ、これで終わりです」
ズドォン!! ガラガラガラ!
ソフィアの背後から大きな水しぶきが上がる。
レールガンが放たれた。
それは水門に当たると、一気に水が噴き出す。
「なぁ!?」
ソフィアが狙っていたのはこれだ。
白衣からアームを伸ばしてレールガンを操作。
そのまま水門を撃ち抜いて、大量の水でこの場を押し流す。
ソフィアはルイエの手を握り、話さないようにぎゅっと握る。
「ルイエさん。手を離さないでください!」
「ちょっと、何よこれ!?」
そして全てが水に流されていった。
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