第12話 魔女狩り
「お前のせいだ!」
「いたっ!」
投げられた石が幼いソフィアの足に当たる。
ズキズキと痛む。
痛みに耐えられずソフィアはしゃがみ込んだ。
周りはガレキの山。
もとは街だったものの
幼いソフィアを大人たちが囲んでいる。
血走った眼だ。
大人たちは憎い敵を見るように、憎悪に満ちた目をソフィアに向けている。
「違います! 私たちのせいじゃありません!」
「なら、どうして街は古龍に襲われたんだ!」
怒鳴り声を上げたのは一人の男性。
ソフィアも通っていたパン屋のおじさんだ。
いつもソフィアがお使いに行くと、おまけだと言って甘いパンをくれた。
いつもにこにこしていた、優しい目のおじさんだった。
だが今は違う。
その目は憎しみに満ちている。
この街は古龍に襲われた。
突如として現れた古龍に、街のすべてを潰された。
沢山の人が死んだ。
おそらくはソフィアの養母も。
「お前たちが、あんなわけの分からない建物を作ったからじゃないのか!?」
そう言って指さしたのは丘の上。
そこに建てられた建物。それは、
「あれはただの天文台です!」
星を見るための施設。ただの天文台だ。
友人たちに奇麗な星を見せるため。
ソフィアが母に教わりながら設計した建物。
古龍を呼び寄せる機能などない。
だが。そんなことはどうでもいい。
憎悪に囚われた町民には関係ない。
彼らはただ、ぶつける対象が欲しいだけだ。
家を壊された悲しみを、愛する人を奪われた憎しみを。
その対象として魔導師は都合が良かった。
だって彼らには理解できないから。
空に浮かぶ星を観察して何の意味があるのか。
もしかしたら自分たちには理解できないことをして、古龍を呼び寄せたんじゃないか。
その疑念を
『特に理論や根拠はないが、何となくあいつらが悪いんじゃないか』。その意見が通ってしまった。
たとえ目の前に居るのが小さな女の子だったとしても。魔女の子は魔女だ。自分たちには理解できない力を使っているんだ。そう納得してしまった。
「嘘をつくな! この悪魔!」「娘を返せ!」「この人殺し!」
罵倒と共に石が投げられる。
痛い。痛い。痛い。
ソフィアは必死に体を丸めて耐える。
止めてと泣き叫んでも、誰も手を止めてくれない。
なぜ自分が罵倒されるのか、なぜ石を投げられるのか。
ソフィアは考える。
それは魔導師だからだ。
魔導師だから無実の罪を着せられて。
憂さ晴らしのために断罪されている。
憧れなければ、願わなければ。
魔導師になんてならなければ良かった。
ふと、腕の隙間から見えた。
それは一人の女の子。
ソフィアの友人だ。昨日まで一緒に遊んだ。
共に星を見た。
もしかしたら助けてくれるかもしれない。
周りの大人たちに、止めるように言ってくれるかもしれない。
そう思って、ソフィアは手を伸ばした。
だが助けてなんてくれなかった。
少女はゴミを見るような目を向けた。ソフィアに対して。
そして何処かへと走り去った。
そして――
☆
ソフィアの意識が浮かび上がる。
嫌な夢を見た。
ずっと昔の夢。ソフィアが引きこもる直前の夢。
誰かに頭を撫でられている。
母もよく頭を撫でてくれた。
嫌なことがあった時、悲しい時。そんなときの撫で方に似ている。
目を開けると。
「ソフィア? 大丈夫?」
それはルイエだった。
ルイエはずぶ濡れの状態で、ソフィアを膝に寝かせて頭を撫でていた。
とても心配そうにソフィアを見ている。
「ずっとうなされていたのよ? どこか辛いの?」
「いえ、大丈夫です」
ソフィアは起き上がる。
ソフィアもずぶ濡れだ。まぁ流されたのだから当然だ。
「嘘言わないでよ。あんなに吹っ飛ばされて、骨が折れてもおかしくないでしょう? それとも、そんな嘘をつくほど私は頼りないの?」
どこか悲しそうにルイエは言った。
ソフィアに信用されていないと思ったのだろう。
そんなことはない。ソフィアはルイエを信じている。
「いえ、本当に大丈夫なんです。ほら」
ソフィアは攻撃を受けた方の腕を動かす。
なんともない。まるで攻撃なんて受けていなかった様に。
「……何か仕掛けてるんじゃないの?」
「何もありませんよ」
ソフィアは腕をまくり素肌を見せる。
奇麗な肌だ。
傷はもちろん腫れてもいない。
「たしかに、なんともないようだけど……」
ルイエは納得できないようだが、事実としてなんともないのだ。
それ以上はどうしようもない。
「……それにしても暑いですね。おそらくは炉が近いんでしょうけど」
暑い。
それは熱源、つまりウルヌイエの炉に近づいているのだろう
川の流れた先にあるはずなのだから、水に流されてその近くにたどり着くのは当然なのかもしれない。
「炉の近くに流れてきたのはラッキーね。ただ……」
ルイエは自身の服をつまむ。
濡れた服が体に張り付いて気持ち悪いようだ。
「先にぬれた服をどうにかしたいわ」
☆
ソフィア達が少し進むと、そこに温風が出ている通気口があった。
二人はそこに服を干した。
そして、
「はぁー、濡れてたせいかしら。すごく温かく感じるわ。ソフィアも早く入りなさいよ」
その近く。
大きな温水だまりにルイエは入っていた。
当然、着替えなどないから裸だ。
「お待たせしました」
一方のソフィアは水着だ。
川の作業でも使っていたように白衣を使った白スク。
とんだ裏切り行為である。
「ちょっと! なんでソフィアだけ水着なのよ!?」
「え、何か問題がありますか?」
「当たり前でしょ! 私だけ裸じゃ恥ずかしいじゃない」
それはそうだ。
お互いに裸なら恥ずかしくも無いだろう。
だが自分だけ裸と言うのは嫌だ。
「……じゃあ、用意しますね。どうぞ」
そう言ってソフィアが差し出したのは水着。
本当に最小限の局部だけを隠せるようなもの。
平たく言えばマイクロビキニ。
着てる方が恥ずかしいやつ。
「分け合いの精神とかないのかしら!?」
「……わがままですね」
「うるさいわね! もういいわよ! これ着るわよ!」
ルイエはソフィアの手から水着を奪い取ってつける。
ちなみに紐部分は結晶で作られている。本当に最小限の消費で作ったらしい。
そしてルイエは着たはいいが、やはり恥ずかしそうだ。
「……私、ソフィアが本当は男じゃないかって疑ってるんだけど」
「……どうしてそうなるんですか?」
「そこまで裸を見せたがらないのが怪しいわ」
「た、ただ恥ずかしいだけです」
そして二人はしばらく他愛もない話を続けた。
ふと、沈黙が流れた。
そしてルイエは気遣うように話した。
「……気絶してた時、ずっと『ごめんなさい』って呟いてたけど。何かあったの?」
「昔の夢を見たんです」
「昔の夢?」
ソフィアは夢の内容を語った。
自分が冤罪をかけられて、石を投げられた話を。
「それが原因で、私は最近まで引きこもってたんです。自分の作ったものが原因で、誰かに憎まれるのが怖くて」
人と接するのは怖い。嫌われたらいやだから。
人と仲良くするのは怖い。裏切られたときの辛さを知ってるから。
だからソフィアは誰とも会わずに、ただ魔道具を作っていた。
そっちの方が気が楽だった。
「そうだったの……もう大丈夫なの?」
「昔の話ですから。今でも人と話すのは苦手ですけど、問題はありません」
そう昔の話だ。
苦手意識は残っているが、だいぶ克服できた。
今更、気にするような出来事ではない。
ソフィアは自身にそう言い聞かせた。
語り終えた後。
ギュッとルイエがソフィアに抱き着いた。
なめらかな肌の感触が伝わる。
柔らかい胸からどくんどくんと鼓動を感じる。
そしてゆっくりとソフィアの頭を撫でた。
「私、ソフィアなら成れると思うわ。お母さんみたいな魔導師に」
そう言って貰えるだけで、少しだけ心が軽くなった気がした。
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