第15話 深海への道

「……ここですね」


 しばらくして、ソフィアは指定された場所に向かった。

 そこはジュリアスたちが拠点として利用してる場所のようだ。

 テントや機材が設置してある。

 ジュリアスの手下が近づいてきた。


「こっちへ来い」


 周りに警戒しながら付いていく

 せわしなく動いているジュリアスの手下たち。

 彼らはソフィアに気づくとニヤニヤと見てくる。


 ルイエが言っていたように、ジュリアスの連れてきた人間はガラの悪そうな者ばかりだ。

 街のごろつき、犯罪者、そんな雰囲気の男たち。

 暗い経歴の人間の方が、ジュリアスにとって扱いやすかったのだろう。


「ここだ」


 案内された場所は大穴の空いた場所。

 地の底に繋がっているのではないかと思うほど暗く、底が見えない。


 その大穴の脇。そこにルイエが立っていた。

 背後から銃を突きつけられて、うなだれている。


「ルイエ!」


 返事がない。

 どうしたのだろうか。

 ただ床をジッと見つめている。


 ふと気づいた。

 ルイエの後ろ。そこには大きな黒い球体が置いてある。

 何の機械だろうか。

 わざわざ労力をかけて運んできたのだ。何かしらに必要なのだろうが。


「ようやく来ましたか」


 その黒い機械の脇からジュリアスは出てきた。

 何が面白いのか、ニコニコと笑っている。


「夜空の石を持ってきました。ルイエさんを放してくれますね」


 ソフィアは夜空の石を見せる。

 ジュリアスはうなずいた。


「束縛するようなことはいたしません。ルイエ様の意思にお任せしましょう」


 そして交換方法が決まった。

 ルイエが真ん中まで歩い行き。

 それを確認したらジュリアスに向かって石を投げる。


(下手に抵抗してルイエが傷つけられる方が危ないです。ここは素直に渡すしかありません)


 ソフィアは石を投げる。

 あとはルイエと合流するだけ……のはずだった。


「ルイエ?」


 ルイエは一歩、後ろに下がった。

 どうして後ろに下がる?

 何の意図があるのか、ソフィアは必死に考えるが答えは出ない。

 そして、


「……ごめんなさい」


 ルイエはそのまま、ジュリアスの方へと戻っていった。

 どうして戻るんだ。

 最悪の言葉がソフィアの頭をよぎる。

 そんなはずは無い。必死に否定しようと頭を働かせるが現実が物語っている。


(……裏切られた?)


 スッと体が冷えていく。頭から血が抜ける。

 くらくらする。視界が定まらない。

 足元がおぼつかない。

 どうして、いつから、なんで。

 考えても答えは出ない。


「クク、ククク、アハハハハハハ!!」


 誰かの笑い声が響く。

 その声もずっと遠くに感じる。


「これが友情ごっこの末路か! 傑作だな!」


 ジュリアスの声だ。

 ごっこ。遊びだったのか?

 初めから騙されていた?

 友達になれたと思ったのはソフィアだけだったのか。

 あの時と同じように。かつて故郷が古龍に襲われた時のように捨てられたのか。


 ジュリアスはひとしきり笑うと、夜空の石を持って黒い球体の前に立った。

 そして夜空の石を球体に向かって放る。

 バクン!

 球体の真ん中、そこが口の様に開くと夜空の石を飲み込んだ、

 そして黒い球体がほどけていく。


 それはタコのようなフォルムだ。

 丸い球体、その下部から何本もの触手が伸びてうねっている。

 球体の真ん中には巨大な口。

 そして頭部には真っ黒な豪奢ごうしゃなイスが付けられていた。


 タコ型の機械はソフィアにかしずく。

 その頭に乗ったイスを差し出すように。

 そしてルイエがイスへと座る。

 そうか、あれは玉座だ。女王であるルイエが座るための。


「これは『闇夜への玉座アザン=ルフス』。私がルイエ様のために特注で作らせた龍装だ」

 

 次の瞬間。玉座が吠えた。

 形容しがたい、まるで不安をあおるような鳴き声。

 それと同時に体中に金色の線が入ってく。

 感じる。とてつもない威圧感。

 あれは夜空の石を喰らっている。

 膨大な龍素へと変換している。


 ジュリアスが興奮しだす。

 両手を空に上げる。まるで神を仰いだ信徒のように。


「素晴らしい! この力があれば殺せる! この古龍を、ウルヌイエを殺せるぞ!!」


 ウルヌイエを殺す。

 そうかジュリアスの目的は夜空の石ではなかった。

 その目的はウルヌイエ。つまりは古龍の力。

 

 たった一度きり。古龍を殺して終わりの力じゃない。

 古龍を殺せるほどの力を持ち続けることが目的。

 それほどの力があれば世界を手に入れられる。

 力で世界を支配できる。


 だが、それには一つ問題がある。


「……苦しんでる」


 闇夜への玉座アザン=ルフスが力を増すたびにルイエは苦しんでいる。

 それは当たり前の話。

 龍装とは人の拡張パーツ。つまりは人体の一部になる。

 闇夜への玉座アザン=ルフスの力に、ルイエの体が耐えられていない。


 このまま、ウルヌイエを殺せるほどの龍素を生成すれば――


「死んでしまいますよ!」


 死ぬ。

 ウルヌイエの命と引き換えに、ルイエも死ぬ。


「それがどうした!? 国のために王族が犠牲になる! それがルイエ様のした尊き決断! 部外者は黙ってろ!!」


 ジュリアスが叫んだ。

 ソフィアはもはやルイエの友人とも言えない。

 ただの邪魔者だ。

 ルイエの決断に口を出す権利などない。


「ルイエ様、まずはあの邪魔者を――殺してください」


 必死に、苦しみに耐えていたルイエの体が大きく震えた。


「いや、いやよ。ソフィアは――」

「まだ言うのですか!? ルイエ様に自由などないのです! ルイエ様がもっと早くに古龍の存在に気づけていれば国は滅びなかった!」


 ルイエは頭を抱えてうずくまる。

 叱られた子供の様に。


「ちがう、ちがう」

「ルイエ様が殺した! 国を、民を、あなたの家族を! 殺した責任を、王族としての責務を果たせ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 何度も繰り返す。

 ごめんなさい、ごめんさないと。

 嗚咽交じりの声で必死に許しを請う。


「ならば殺してください。あのガキを」

「ごめんなさい、ゆるしてください、やめてください」

「殺せ」

「やめて」

「殺せぇ!!」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 ルイエの叫び声と共に、闇夜への玉座の触手から閃光が走る。

 でたらめに振られた触手。

 その先からほとばしる閃光は床や壁をガリガリと削る。

 閃光がソフィアに迫る。

 ズパン!!

 そして、ソフィアの右腕を切り飛ばした。


「ぐ、あぁぁぁぁぁ!!!」


 熱した鉄を押し付けられたような激痛が走る。

 痛い、熱い、痛い。

 とっさに結晶で止血をするが痛みまでは取れない。

 ソフィアは絶叫する。

 そうすることでしか痛みを紛らわせられない。


「あ、ちが、そんなつもりじゃ……」

「おや、外してしまいましたね。もう少し良く狙わないと駄目ですよ」

「いや、やめて、もうやめて」


 ソフィアは痛みによって熱された頭の中で、ぼんやりと考える。


(ああ、私はここで死ぬんですね)


 くだらない人生だった。

 なにも成し遂げられなかった。

 でも、それがお似合いだったのもしれない。

 

 もう苦しい思いなんてしたくない。

 なにもしたくない。

 このまま死んでしまう方が楽なんだ。

 だからもう、どうでも良い。


「お嬢様!」


 聞きなれた声。

 誰かがソフィアに寄り添った。


「ほのか?」

「お嬢様、遅くなってごめん」


 ソフィアに仕える自称和風メイド。

 ぼろぼろだ。

 メイド服のあちこちが破けている。

 それでも自身の疲れを感じさせない優しい笑顔でソフィアの頭を撫でる。


「大丈夫。もう大丈夫だから」

「おや、何が大丈夫なのかな?」


 バカにしたように言ったのはジュリアス。

 ソフィアたちを包囲するように周りには敵がいる。

 逃げ場はない。

 ……一か所しか。


「私、逃げるのは得意」


 ヒスイはルイエを抱えて飛び込んだ。

 地の底まで続いていそうな暗い穴に。

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