第6話 霧を従えし深海の古龍
この土地にはかつて、邪悪な古龍が巣くっていた。
その古龍は一年に一度、周りの国を襲った。
襲われた国は何もかもを飲み込まれる。
無力な人々はただ
そしてまた古龍が襲ってくる日がやってきた。
しかしその年は違った。
一人の青年がやってきた。
青年は『星ちりばめたる黒い石』の力を使って邪悪な古龍を
古龍を退けた青年は国を
私たちが住むインスミア王国を。
しかし忘れてはいけない。邪悪な古龍は死んでいない。
いずれ傷を
邪悪な古龍が戻ってきたら、南へ向かいなさい。
ずっとずっと南に。
そこに古龍が現れる。
深き霧を従えて。星を喰らいにやってくる。
深海の古龍の腹に星空がある。
邪悪な古龍を退けた『星ちりばめたる黒い石』が。
☆
船の一室。
用意された客室で。
ソフィアはゴスロリ少女の話を聞いていた。
「これが私の国に伝わる伝承をまとめたものよ」
ゴスロリ少女はそう締めくくる。
「さて、じゃあ自己紹介をしておくわ。私は『ルイエ・シーア・インスミア』よろしくね」
家名に国の名前。
ルイエが語った伝承にも出てきたインスミア王国の名前が入っている。つまりは、
「もしかして、インスミア王国のお姫様ですか!?」
ソフィアはびっくりして声をあげた。
それは相手が王族だったから、だけではない。
ソフィアは気遣うように。
「でも、インスミア王国は……」
「そう、半年前に滅びたわ。古龍に襲われてね」
そして生き残った王族はいない。
新聞などではそう報じられていた。
「今もインスミア王国には古龍が居座っていて、復興のめどは立っていないわ」
古龍に襲われて滅んだ。それはまるで、
「……伝承の通りになった」
「伝承なんて信じている人は居なかったけどね。こんなおとぎ話はありふれたものだから」
ルイエは淡々と説明する。
「国を支配するには大義名分が必要だわ。たとえば『この国の王は神に命じられて国を支配している』みたいにね。この場合は
そして、とルイエは続ける。
「王権神授説と同じくらいありきたりなのが『
「でも、インスミア王国の場合は違ったんですね?」
「そうね」
ルイエはポケットから手帳を取り出す。
年季の入った皮の手帳だ。
「私はそんなおとぎ話を信じていた。いや、信じたかったの。そっちの方が面白そうだから」
ルイエは手帳を渡してくる。
渡された手帳をパラパラとめくると、どうやらインスミア王国の伝承に関する研究が書かれているようだ。
ルイエは震える声で語った。
「そして半年より少し前に、伝承が真実である可能性にたどり着いた。でも遅かったわ。国王である祖父に進言して、軍備を拡張してもらったけど、準備不足だった。国はあっけなく古龍に滅ぼされた」
「それは……」
その声に後悔と自責が感じられる。
決してルイエのせいではないだろう。
どれだけ努力を重ねようと、どうにもならないこともある。
特に古龍は自然災害のようなものだ。
しかし、気休めの言葉をかけていいものか、ソフィアは悩む。
故郷を、家族を奪われるのはつらい。軽々しい言葉をかけるべきではないだろう。
「別に、そこまで気を使ってくれなくても大丈夫よ。それに、私にはまだやることがある」
そうルイエは力強く言い切った。
まだやる事。それは、
「もしかして、この古龍が?」
伝承には『邪悪な古龍』以外にも、もう一体の古龍が居た。
霧を従えて、深海より浮かび上がる古龍。
まさしく、ソフィア達が居るこの古龍の特徴に
「ええ。伝承に出てきたもう一体の古龍。実は王族だけが見れる古文書があってね。そこでこの古龍は『ウルヌイエ』と呼ばれていたわ」
伝承の中にはもう一つ大事なものがあった。
「そして『邪悪な古龍』を退けた『星ちりばめたる黒い石』。これは『夜空の石』と呼ばれていた」
「夜空の石。ルイエさんはそれを手に入れるのが目的なんですよね? やっぱり、国の復興のために?」
国を復興するため。国に巣くう古龍を退けるため。伝承にあった夜空の石を求める。
それは筋の通った話だ。
しかし、ルイエは首を横に振った。
「違うわ。いえ、国の復興もしたいけど、それ以上に差し迫った問題があるの」
「差し迫った問題?」
「『目覚めの剣』奴らはそう名乗っているわ」
そういえば、船を襲った襲撃者たちが何者なのか分かっていなかった。
『目覚めの剣』それが襲撃者たちの組織の名前。
「彼らはインスミア王国の生き残りが中心となって作られた組織。国の復興を目的としているの」
「それに何か問題があるんですか?」
「問題なのは、そのリーダーね」
ルイエは苛立たしげに名前をあげる。
「『ジュリアス・マーシュ』。元は家を捨てた貴族だった。だけど、ある日ふらりと帰ってくるとジュリアスの親類は次々と死んでいった。そしてジュリアスが家督を継いだ」
「その話だけ聞くと、ジュリアスが家督を継ぐために親類を殺したように思えますね」
「事実、そうだと思うわ」
自身の利益のために家族や親類を手にかける男。
そんな奴がリーダーの組織はろくなものではないだろう
ソフィアもうっすらとルイエの危機感を理解してくる。
「目覚めの剣だってろくな組織じゃないわ。ジュリアスが連れてくる人間はクズばかり。さっきの魔導師を見れば想像できるでしょう?」
ソフィアは鎧の男を思い出す。
捕まった後もギャアギャアと暴言を叫んでいた。
国の復興など考えていないだろう。
自分が暴れて気持ち良くなることを優先していそうだ。
「国の復興を考えてくれている人もいる。だけど組織としては腐っている。そんな奴らに夜空の石を、大きな力を渡せばろくなことに使わないわ」
そしてルイエはジッとソフィアの目を見つめる。
「だから、奴らよりも先に夜空の石を手に入れたいの。あんな奴らに、私の国の起源を汚されたくない」
真っすぐにソフィアを見つめならルイエは言った。
変に芝居がかったセリフより。ソフィアにはカッコよく思えた。
「わかりました。協力します」
その言葉を聞いたルイエは立ち上がる。
グレーのサイドテールが尻尾の様にゆれた。
そして子供のようにはしゃぐ。
「本当に!? やった!」
「ところで依頼料のほうなんですが」
「は? 依頼料?」
ソフィアはスッと名刺を差し出す。
「ええ、私もタダ働きはできないので。お店の倒産が目の前に迫ってるんです!」
ルイエの話は理解した。協力したいとも思った。それはそれとして。
こちとら金が無いのだ。
正直、ソフィアとしてはお姫様ならある程度のお金は持っているだろうと考えての事だったのだが。
「あの、それって……出世払いでもいい?」
こいつも金がなかった。
☆
「と言うことで。私はこの古龍、ウルヌイエの調査を続けるので先に戻ってください」
船の外。
ソフィアはボレアスを呼んで事情を説明した。
するとボレアスはわなわなと震えだした。
「なりません。なりませんぞお嬢様! それでしたら、このボレアスもご一緒に!」
「だめです。現状でまともに船を守れるのはボレアスさんしかいないんですよ」
船長を含む他の乗員は、先の戦闘で負傷している。
空を飛ぶ竜などいくらでもいる。もし襲われたときに対処できるのはボレアスしかいない。
「しかしですな! お嬢様を一人、古龍に残すなど!」
「それに、今だにほのかが帰ってきていません」
そう、自称和風メイドのほのかが帰ってきていない。
襲撃が起こった時の爆発音は広範囲に聞こえているはず。さらに煙だって見えたはず。
なのに今だに帰ってきていない。ならば、
「もしかすると、目覚めの剣に襲われた可能性があります」
「確かに。私も船に戻ってくるときに襲われましたからな」
なんと、ボレアスも目覚めの剣に襲われていたらしい。
あれ? なぜボレアスは船に居なかったのだろうか。
「そもそも、なんで船から離れていたんですか?」
「お嬢様と学生たちだけで探索に向かったと聞いて、追いかけたのです」
「その割には逆方向から走ってきてましたけど」
「ハハハ!! 方角を間違えておりましたな!」
「あ、そうですか」
何はともあれ。
「ほのかの事も探す必要があります。まさか、あの子に限って捕まっていることはないでしょうが」
ほのかなら大丈夫だと信じている。
だが見捨てて帰るわけにはいかない。
「はぁ……わかりました。お嬢様がお一人で行くこと、我慢いたします。このボレアスも船を街に戻したらすぐに戻ってまいります」
「さすがにボレアスさんが戻ってくる頃には終わっているでしょうけど」
渋々と言った具合にボレアスは了承した。
そして話が終わったところにルイエが近づいてきた。
「話はついたようね」
「はい。向かいましょう」
ソフィアの白衣が動く。
その一部が分かれて周囲の空気を取り込むと、そこに結晶のバイクが作られていく。
ソフィアが前に座り、そこにルイエはためらいながらも抱き着く。
「あんまり、他人に抱き着いたことってないわ」
「私だって抱き着かれたことなんて……いや、いつもほのかに抱き着かれてました」
「メイドさんとそういう関係なの!?」
「違います! あの子が無理やり抱き着いてくるんです!」
そんな二人のじゃれ合いを、ボレアスはニコニコと見守っていた。
目じりに涙まで浮かんでいる。
「良かったですな。新しいお友達ができて」
「お友達って……」
別に目的が同じなだけで友人ではない。
いや? そもそもドコからが友人なのだ?
友人とはいったい……。
ソフィアが陰キャ思考を発揮する。
「別にいいじゃない。私たちは目的を同じにした盟友よ!」
「あなたは盟友って単語が言いたいだけじゃないですか?」
ソフィアは何となくルイエのことが分かってきた。
こいつは何となくでカッコいい単語を使いたがるやつだ。
「ともかくボレアスさんの方も、早めに船を出してくださいね。また襲われる前に」
「承知しております。行ってらっしゃいませ。お嬢様」
「行ってきます」
そして、バイクは走り始めた。
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