第18話 月明かりの道
そこは長く広い廊下。
片面はガラス張りになっておりウルヌイエの水槽に繋がっている。
もう時間は夜。
外には満月がのぼり、はかなげな月明りが廊下を照らしている。
そこを
それに乗ったルイエは、ぼんやりと水槽を眺めた。
かがやく星々。満天の星空。
それを水中から見たら、このような光景なのか。
これが最後に眺める景色。悪くはない。
ルイエはこれから死に向かう。
国の再興のため。間に合わなかった罪を償うため。王族の責務を果たすため。
そのために自身の命をかけて、ウルヌイエを殺す。
代償としてルイエの命も失われる。
だが安いものだ。一人の命で古龍を狩れるなら。
その莫大な力を手に入れることができるのなら。
ルイエはゆっくりと絞首台に登って行く。
「そういえば、来週は本の発売日だったわ……」
ふと思い出した。やりたかったことを。
読みたかった本があった。
食べたかったスイーツがあった。
旅行に行ってみたい場所があった。
古代文明について知りたかった。
竜について研究したかった。
たくさんの冒険をしたかった。
もっと――ソフィアと仲良くなりたかった。
「ソフィアと旅行に行きたかったな。行先はどこが良いかしら……南の島とかいいわね」
ソフィアとなら道中だって楽しいはずだ。
行きの飛竜艇でくだらない話をして、おもちゃのトランプで遊ぶ。
あっという間につくのは常夏の島。
青い海。照り付ける太陽。並ぶヤシの木。
「ソフィアは服に興味がなさそうだから。水着も私が選んであげないと駄目ね」
また白スクでも着てきたら大変だ。
ソフィアは青系の水着が似合う。ルイエは黒系。そっちの方がカッコいいから。
「食べ物は、魚やフルーツが美味しいのかしら。そういえば、ソフィアの好きな食べ物とか知らなかったわ」
ソフィアについて知らないことがたくさんある。
もっといろいろな事を聞いておけば良かった。
「そして、こんな風に変な事件に巻き込まれたんでしょうね。ソフィアはごたごたに巻き込まれやすような気がするもの」
ソフィアなら、何だかんだと文句を言いながらも事件に飛び込んでいきそうだ。そうルイエは思った。
「また竜を冒険するのかしら。あるいは悪い奴らから女の子を助けたり?」
ソフィアとルイエがさっそうと事件を解決する。
誰一人かけることなく。みんなが幸せになって事件は終わる。
そうしてまた、日常に戻っていく。
幸せな想像を広げた。
だけど、想像は想像だ。はかない夢は消える。
「それで、みんなでかえって、それでぇ」
おえつ交じりの声が響く。
そんな未来は来ない。
ルイエは、ここで死ぬのだから。
もう、この先には何もない。
それを自覚してしまうと、もう止まらない。
恐れが涙となってあふれ出る。
「やだよぉ、しにたくないよ」
その声は誰にも届かない。
ただ月明りに溶けていく。
龍装だけがぞるぞると不気味な音を響かせる。
ルイエを死へと運ぶ。
そのはずだった――
「じゃあ、死ななければいいじゃないですか」
その声は月の影から現れた。
真っ白な白衣をはためかせて。
その青白い髪が月明りに照らされてきらめく。
片手は存在しない。ルイエが切り飛ばしたから。
しかしそこには結晶の腕が輝き、ギュッと拳を握っていた。
来るはずがない。ルイエはそう思っていた。
だってあんなにひどいことをしたのだから。
裏切って、片腕を切り飛ばして、殺しかけた。
どうして。
「ルイエさん。喧嘩をしましょう」
☆
死にたくない。
ルイエはそう言っていた。涙を流していた。
これでソフィアに憂いは無い。
存分に戦える。全力で止められる!
「喧嘩って、なによ」
「昔、聞いたことがあります。古代文明時代には、仲違いをした若者は夕日がさす河原で殴り合いの喧嘩をして友情を深めたそうです」
いったいどこのヤンキー漫画だ。
そもそも河原じゃなくて水槽だし、空に登っているのは夕日ではなく月だ。
間違った古代文明に関する知識。
しかし、気持ちは本気だ。
本気でルイエと、『
だが、はたから見てれば無謀と思える挑戦だ。
「ふざけないで。これは古龍を殺すための龍装よ。人間が勝てるわけないじゃない」
「ええ。『人間なら』勝てないでしょうね」
ソフィアは懐から取り出した。
それは腕。ルイエが切り飛ばしたソフィアの腕。
結晶で固められて、まるでつい先ほど切り飛ばされたかのよう。
パキン!
その腕を包んでいた結晶と、ソフィアが腕として使っていた結晶が砕けた。
そして切られた腕を傷口に当てると。
瞬く間に傷は消えて行き。腕がくっついた。
「なん、で……」
ルイエは目を見開く。
目の前で起こったことが信じられないように。
ソフィアはくっついた腕を、動作確認でもするように動かす。
「ここまで奇麗にくっつくとは、自分でも驚きです」
思えば、ソフィアの耐久力は明らかにおかしかった。
ルイエがぜぇぜぇと息が上がる距離を走っても、息切れ一つ起こしていなかった。
骨が折れているような攻撃を喰らっても、少し休んだら問題なく動いていた。
死んでしまうのではないかと心配するほどの電撃を喰らっても平気だった。
ルイエは幽霊でも見たように呟いた。
「人竜」
そう呼ばれる伝説上の存在が居る。
もしも古代文明時代に人間そっくりの機械が作られていたら。
人間と同じように思考し、まるで生きているかのように動く機械があったら。
それが竜になったなら、人間と区別のつかない竜になっているのではないか。
そんな存在はこれまで確認されていない。
だから古代文明にそんな機械は存在しなかった。
もしくは竜になった時に人間のような思考力は失われた。
そう考えられていた。
「さて、」
ソフィアは構える。
それは武術のような、近接戦の構え。
「その龍装。本当に『古龍』を殺せるのか試してみましょうか」
そして、ソフィアは駆けた。
一足で数メートル駆け、ルイエに近づく。
結晶による強化などは行っていない。ただ生身で。
「なっ!?」
ルイエはとっさに触手を束ねて殴り掛かる。
それは明らかに手加減をしている。生身のソフィアを攻撃して傷つけてしまうことを恐れた。
ズドン!!
凄まじい轟音と共に、触手と拳がぶつかる。
だがソフィアは何ともない。
それどころか、触手の方がはじかれた。
「安心してください。全力で殴られても私の方が強いですよ?」
「分かったわ。やってやるわよ!」
数十本の触手がソフィアに殺到する。
だが当たらない。
避けられ、いなされ、さばかれる。
ならばと、ルイエは数本の触手を束ねて殴りつけた。
それもひらりと避けられると、掴まれた。
そして
背負い投げ。
玉座は古代文明時代に使われた車と同じくらいの重さ。
常人では持ち上げることさえ不可能だ。
それが投げ飛ばされた。
「えぇ!?」
とっさにルイエは触手を使って着地する。
だが驚いている。こんな重い物を投げ飛ばすとは思わないだろう。
それに、
「ソフィアって銃とか使って戦ってなかったかしら?」
明らかに戦闘スタイルが違う。
なんだったら近接戦闘のほうが様になっている。
「母がそういう戦い方をしていたので。私はこっちのほうが得意ですけど」
つまりは手加減。
ただの人間相手に振るうには、ソフィアの力は強すぎる。
「なら、私だって本気でやるわよ。私は王族の責務を果たさなければいけないの!」
ルイエは触手を横なぎに鞭のように振るう。
ソフィアはそれをジャンプして避ける。
しかしそれは悪手。
空中では避けられない。
束ねた触手の突き。ソフィアは腕を交差させて守るが直撃する。
ドン!
ソフィアは数メートル飛ばされるが、それだけだ。
何事もないように着地すると、しびれたように手をぷらぷらとさせた。
「本当にルイエさんが死ぬしか手段はないんですか?」
「これしかないわ。夜空の石があれば古龍は退けられる。だげど、それまでよ。もし他国が侵略してきたら、私たちには国を守る力が無い」
だからウルヌイエの討伐が必要だ。
その力があれば、他国から、古龍から、国を守れる。
「これ以外の選択肢はない。私が犠牲になるしかない。国を守って私も生きる。そんなのは不可能なの!」
触手を使って闇夜への玉座が跳びあがった。
玉座はソフィアに向かって落ちる。
ソフィアは後ろに跳んで避けるが、それを狙ったように触手が襲い掛かる。
バン! バン! バン!
触手を拳で弾き飛ばし、ソフィアは
ズドンと鈍い音を響かせて、玉座は滑る。
不可能。
ソフィアにだって他の選択肢は浮かばない。
だが、だからと諦めるのは止めだ。
「……ルイエさんは空を飛べますか?」
何を言っているのか。
ルイエは怪訝な顔をする。
「飛べるわけないでしょう」
「いいえ。飛べるはずです。飛竜艇に乗れば」
空を乗る船『飛竜艇』に乗れば飛べる。
そんなのは当たり前の話。
だが、当たり前ではない。
「私の母が言っていました。魔導師とは『不可能を可能に変える人たち』だと。人間は空を飛べません。いえ、他にもできないはずの事なんていくらでもあります」
人間は空を飛べない。
遠くまで泳げない。
できないことなんていくらでもある。
「ですが、昔の魔導師の人々は一つ一つを叶えていった。当時は『不可能』だった夢を」
だから現代の人は空を飛べる。大海原を行ける。
人が重ねてきた歴史が、あらゆることを可能にしてきた。
それが現代の当たり前になっただけ。
そして未来には、もっとたくさんのことができるようになっているはずだ。
遠くの人と話せるようになっているかも。
夜空に輝く星々を行きかっているかも。
そんな、ありえない夢に比べれば、古龍を倒すとか、他国から国を守るなんて不可能じゃない。
「だから、私にあきらめるなって言いたいの?」
「そうです」
「……無理よ」
ルイエは眩しそうにソフィアを見つめた。
そしてギュッと自身の体を抱いた。
「私にそんな力はない。ウルヌイエの探索だってソフィアに頼り切りだった。私はソフィアみたいにはなれない」
ソフィアのそれは強者の理論だ。
失敗して、挫折して、それでも再び前に歩く。
それはとても辛く厳しい道だ。
誰にでも歩める道じゃない。
少なくとも、ルイエには行ける自身がないのだろう。
「なら、依頼してください」
それは一人では厳しい道かもしれない。
だけど、共に歩める友人が居るのなら。
応援してくれる人が居るなら。
「お店では竜や魔道具に関する相談も受け付けています。古龍のお悩みも解決しますよ」
ソフィアはおどけたように言った。
依頼なら古龍だってどうにかしてみせると。
そして、手を差し出した。
これから向かう険しい道を、共に歩けるように。
「……お金はないわよ」
「出世払いでかまいませんよ。だって女王になるんでしょう?」
二人なら、できるのかもしれない。
もう一度、夢を見れるのかもしれない。
ルイエは手を伸ばして――
「困るんですよねぇ。くだらない夢を見られると」
ズパン!!
炸裂音。そしてルイエの肩に黒い粘液が張り付いた。
その瞬間。
闇夜への玉座がうごめくと、その触手でルイエをからめとった。
「ソフィ―ー」
バクン!!
そして大きく開いた口に飲み込んだ。
「ルイエさん!」
とっさに助けようとソフィアは動く。
しかし触手が動きソフィアを吹き飛ばした。
「いやぁ、くだらない猿芝居でした」
そう言って玉座に近づいたのはジュリアス。
相変わらず、うすら寒い笑顔を浮かべている。
そして玉座がジュリアスにかしずくと、ジュリアスは玉座に座った。
その顔から初めて笑顔が消える。マズいコーヒーを飲んだように吐き捨てた。
「……座り心地の悪いイスだ」
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