第4話 ゴスロリと襲撃
学生たちから離れたあと。
一人寂しく、とぼとぼと歩いていたソフィアの視界に影がうつる。
おそらくは人。
きょろきょろと周りを気にしながら歩いている。
あれは誰だろうか。
「どうかしたんですか?」
ソフィアが声をかける。
すると人影はびくりと震え、急に走り出した。
「あ、待ってください!」
ソフィアは追いかける。
なぜ急に逃げるのかは分からないが、竜にでも襲われたら大変だ。
そして数分ほど走ったところで影はどさりと座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
そこに居たのは少女。
動きやすいように改造された、ミニスカートのゴスロリドレスに身を包んでいる。
ゴスロリ少女はソフィアを見ると目を見開き、はぁはぁと息継ぎをしながら、
「な、なんだ、ち、違うじゃ、ないの」
違うとはいったい何のことだろうか。
「何のことですか?」
「ちょっと、休ませて」
ゴスロリ少女はまともに話せる状態じゃないようだ。
息が整うまで待つしかない。
「かまいませんけど」
「なんで、あなたは、あれだけ、走って、平気なのよ」
一分ほど休憩。
息を整えた少女は立ち上がると、不思議なポーズをとった。
ソフィアに対して斜めを向いて、右手を顔に当てて、左手を伸ばす。
「何ですかその変なポーズ?」
「変!? んん!」
少女は一瞬おどろくが、すぐに声色を変えて。
芝居がかった口調で話し始める。
「汝は堕ちた箱舟に乗りし者ね」
「いや、落ちてはないですけど」
「ならば
「こっちの話は聞いてくれないんですね?」
なんでこんな回りくどい話し方をするのだろうか。
『もっと簡単に話してくれればいいのに』ソフィアは疑問に思う。
話に口を出すソフィアに、ゴスロリ少女は不満そうだ。
「キミ、もう少し静かに聞けないの? 私がカッコいいセリフを言ってるでしょ?」
「さっきまで、はぁはぁ疲れてた人にカッコつけられても困ります」
情けない姿を見た後に、変なカッコつけられ方をしても困る。
そもそもカッコいいかどうかも疑問だが。
「もう少し具体的にお願いして良いですか? 闇とか光とか抽象的な感じではなくて」
少女は不満げに頬を膨らませる。
が、わざとらしくやれやれと肩をすくめる。
少しイラっとする仕草だ。
「やれやれ、わかったわよ。この古龍には――」
ドゴン!
爆発音が響いた。
ソフィアはとっさに音の方角を見る。
黒い煙が上がっている。そこは、
「船が下りた場所!」
「遅かった!」
二人は同時に走り出した。
☆
「ぐぁぁ!!」
船長は吹っ飛ばされる。
そして勢いよく船体にぶつかり、その手からサーベルを落とした。
「おいおい、よえーなぁ」
半笑いの声が響く。
そこにはクマのような体格の大きな鎧。
それは竜を用いて作られた鎧。甲高い駆動音を響かせながら船長に近づく。
鎧の男は船につけられた紋章。黒焔重工の紋章を見る。
「あんたら、黒焔重工の人なの? すごいって評判の黒焔重工もこんなもんかよ」
周りには他の襲撃者たち。規模は30人程度だろう。
明らかに劣勢だ。
船員たちは次々と倒されていく。
「貴様、今に後悔することになるぞ」
「はぁ? なに、負け惜しみ?」
「――残念ながら負け惜しみではないな」
鎧の男の後方から声がかかる。
爆発音が響くと、襲撃者の一人が吹き飛ぶ。
そこに居たのは黒い剣を振りぬいたストルと、その後ろに続く学生たち。
「お前もこの剣のサビにしてやる」
ストルは黒い剣を自慢するように見せつける。
「冥土の土産に教えてやるが。この剣は我が黒焔重工が誇る魔導師『
口上と共に走り出すストル。
鎧の男に近づき、一気に剣を振りぬく。
それは竜を切り裂く一撃。当たれば鎧さえも貫通するとストルは信じていた。
しかし、
「ごはぁ!」
あっけなく鎧に蹴飛ばされる。
そして子供が蹴った石ころのようにゴロゴロと地面を転がった。
鎧の男は呆れたように、
「いや、そりゃ無銘は知ってるよ。名前も見た目も、男か女かも分かってない。黒焔重工をでかい企業まで押し上げたって言われてるスゲー魔導師だろ」
鎧の男はストルに近づく。
そして道端に落ちている小枝を踏みつけるように、無造作にその腕を踏みつけた。
バキっとあっけない音が響いた。
「ぐあぁぁぁぁ!!!」
「でもスゲーのは無銘って魔導師。お前はどっかのぼんくらだろ」
鎧の男はストルの頭を掴み上げ、自身の鎧を見せつける。
「この鎧はな俺が作った龍装だ。スゲーだろ? あ、お前ら学生か、じゃあまだ龍装について学んでねぇか?」
鎧の男はストルを学生たちの方へと投げ捨てる。
ストルは地面に転がるが、学生たちは誰も動けない。
彼らはトラに睨まれた小鹿だ。
目の前の脅威にただ身をすくめ、プルプルと足を震わせる。
「龍装と魔道具。どっちも竜の素材を用いて作られる道具だ。その決定的な違いは『生きている』かどうか」
鎧の男は気持ちよさそうに語り始める。
教えるという行為はマウント行動にもなる。
お前らガキよりも、俺の方が偉いんだと酔っているのだろう。
「龍装ってのは『人間の拡張パーツ』みたいなもんだ。生きている竜の肉体を、人間の体の一部だと認識させて自在に操る。人と竜で相性があったり、違う種類の竜の龍装を同時に使おうとすると拒否反応が起こるから単純な道具としては使いにくい。だが、」
鎧の男は地面を殴りつける。
ドガンと爆裂音と共に地面に亀裂が走る。
「その分、性能はスゲー。しかも人間の細胞を変化させて体内で龍素を作れるようになるから、外部からの補給もいらない。最高の兵器だぜ」
鎧の男は学生たちに、ずかずかと近づく。
『ひっ』なさけない声を上げながら学生たちは後ずさる。
「じゃあ、なんでそんな便利な龍装は一般には普及していないと思う。おい、そこのメガネ答えてみろ」
指名されたメガネはびくびくと体を震わせながら、か細い声で答えた。
「龍装の作成には専門的かつ高い技術を要します。だから龍装を作れる魔導師自体がとても希少で、一流の魔導師にしか作れません」
「そういう事、そんな龍装を作れちゃう俺はスゲーってことだな」
ひとしきり語って満足した鎧の男。
そして自身の手下に向けて声を上げる。
「テメーら! 船の中から乗客を引っ張り出してこい!」
乗客は船の前に集められ、船長を含む武装をしていた乗員たちは縛り上げられた。
鎧の男は学生たちに再び近づくと、
「お前らの命は助けてやってもいいぞ」
学生たちは戸惑った。
何を言われているのか分からなかった。
しかし次第にその言葉を理解すると、安心した空気が流れる。
「ただし、お前らには俺の下についてもらう。今の上司は人使いが荒くてな、ちょうど魔導師の人手が欲しかったところだ。お前らみたいなひよっこでも俺が上手く使ってやるよ」
こんな男の下に付くのは嫌だ。
しかし命が助かるならば、と学生たちは納得した。
ストルを除いて。
「ふざけるな! 俺は黒焔重工の次期社長だぞ。お前のようなクズに――」
最後まで言い終わらなかった。
ガスっとストルの腹を鎧の男が蹴る。
一度ではない。二度、三度。何度も蹴りつける。
「や、やめ――」
「止めてくださいだろ」
「や、やめてください」
「無駄に手間かけさせんじゃねーよ」
鎧の男は乗客たちを見渡す。
「それと女、あと反抗的じゃない男は助けてやる。あとは、」
鎧の男の視線が止まる。
そこに居たのはおもちゃの杖を持った女の子。母親に抱かれて怯えている。
鎧の男は興味もなさそうに言い捨てた。
「ガキはいらないな」
鎧の男はぼろぼろになったストルを無理やり立たせる。
そして女の子を指さした。
「お前、あのガキを俺のところに連れてこい」
「な、なんで……ですか」
「俺のところに連れてきたら、あのガキを殺す」
びくりとストルの肩が震えた。
「お前を試してやる。ガキを犠牲にしてでも俺に忠誠を誓えるか。おら、さっさと連れてこい」
ストルの背中が乱暴に押される。
一瞬の迷い。
女の子と鎧の男を、ストルは見比べる。
しかし、すぐに決まったようだ。
ストルはずんずんと女の子に近づいていき、その腕をつかんだ。
「こっちにこい!」
「やだ!」
「お願い! やめて! やめてください!」
ストルは母親を蹴飛ばし、無理やり女の子を引きはがす。
「うるさい! 次期社長の俺のために死ねると思えば光栄だろう!」
ストルは泣きわめく女の子を引きずり、鎧の男の前に突き出した。
「これでいいんだろう!」
「はい。よくできましたっと」
鎧の男は女の子を見下す。
女の子は自分の杖を抱いて、ぎゅっと目をつむっていた。
「杖のおもちゃ? なんだガキ、魔導師にでもなりたいのか?」
女の子はうっすらと目を開いて、こくりとうなずく。
鎧の男は女の子と視線を合わせるようにしゃがんだ。
「じゃあ、良いことを教えてやるよ。魔導師ってのはな、他人を容赦なくつぶせる奴が偉くなるんだ。他人の研究成果を奪って、身に覚えのねぇ冤罪吹っ掛けて、クソみてぇな実験台にして潰すようなやつが、出世してのうのうと生きる。そういう仕事だ」
鎧の男が指先でおもちゃの杖をはじくと地面に転がった。
その杖を煙草の吸い殻でも潰すように、踏みつける。
じりじりと何度も地面をこする。
「まぁ、ここで死ぬお前には関係ないけどな」
そして鎧の男は再び足を上げる。
その真下に居るのは女の子。
女の子はただぼんやりと、その足を見つめることしかできなかった。
そして重苦しい鉄の塊が女の子の頭に触れて、
グシャ。
金属のひしゃげる音と共に、鎧の男が吹き飛んだ。
数メートルは飛んだ鎧はガシャンと音を立てて地面に転がる。
鎧の男を吹き飛ばしたのはキラキラと光る水晶のような砲弾。
それがとてつもない勢いで飛んできて、鎧の男に当たった。
「大丈夫ですか!?」
砲弾が飛んできた方角には一人の少女。
人形のように整った顔立ち、神秘的な青白い髪、そして真っ白な白衣。
ソフィアが立っていた。
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