21 ケーキと策略

「わあ……」

私の目の前、テーブルの上には丸いケーキが置かれている。

白いクリームがたっぷり塗られた上には、クリームで作られているのだろうか、薄紅色のバラが飾り付けられている。周囲には本物の花びらを散らした、とても美しいケーキだ。


「こんな素敵なケーキ、初めて見ます!」

バラのケーキは前世でなら写真で見たことはあったけれど、食べたことはなかった。この世界では目にするのも初めてだ。

「クリームで花びらを作るのは留学先で流行しているらしくてね、シェフに作ってもらった」

殿下が言った。

「もうすぐクリスティナの誕生日だからね」

「ありがとうございます……!」


侍女が手際よくケーキを切っていく。スポンジの間に挟まっているのはクリームと、赤いものはジャムかしら。

「いただきます」

フォークを手にするとカットされたケーキを一口分取り、口へ運ぶ。

(美味しい……!)

ふんわりと口の中に広がるクリームの香りは最高で。ふわふわのスポンジはあっという間に溶けてしまう。

(それと……この香りは何かしら)

甘酸っぱいジャムは蜂蜜と、果物と……それから香水のような香り……これは。

「……もしかして、バラのジャムですか」

「良く分かったね」

「香水と同じ香りで……とても美味しいです!」

食べても美味しいだなんて!


「ジャムはまだたくさんあるんだ。持ち帰り用も用意してあるから」

「ありがとうございます」

紅茶に入れても美味しそう!

「クリスティナは本当に美味しそうに食べるね」

手が止められず、二口目、三口目と続けて食べる私を見て殿下は目を細めた。

「……すみません」

王宮で、しかも王太子殿下の前だというのにがっついてしまった。

「クリスティナのために用意したんだから、遠慮なく食べて」

殿下の優しさが身に染みるわ……。



「それにしても、クリスティナは何でこんなに数学ができるの?」

殿下は傍に置いてあったプリントを手に取った。

今日は王宮へ招かれると、まず先日の試験で殿下が失点した数学の問題について、二人で確認したのだ。

「ええと、どうしてでしょう…。法則を覚えれば答えが出せるからでしょうか」

「そうなんだ。ラウルも同じようなことを言っていたな」

「……そうでしたか」

元々数学はあまり得意ではなかったけれど、ラウル――優斗は数学に強くて。私より一つ下だったのに、私の方が教わるくらいだった。その優斗に言われたのだ、『とにかく公式を覚えて使いこなせるようになるのが大事だ』と。そして言われたように必死に公式を覚えて……その経験と知識が今も役立っているのだ。


「ラウルは婚約が決まりそうだってね」

「はい」

「君の弟はまだ婚約者は決めないの?」

「エディーは……まだのようです」

「そう」

殿下の手が私の手に触れた。

「彼は、君に対して姉以上の感情を持っているようだけど」

「……そうですか?」

「時々彼に睨まれるんだ」

「えっ」

あの子、そんなことしてるの?!


「それは……申し訳ありません」

「彼は私たちが婚約解消して喜んでいるんだろうね」

「……エディーは……私にとっては、弟です」

彼の心を知っても、私は弟以上には思えない。


「それでも、彼はクリスティナの婚約者候補になれるよね」

ぎゅっと殿下は私の手を握りしめた。

「……そうみたいですね」

「他にも君に婚姻の打診が多くあると聞いた」

「はい……」

「ライバルが多いな」

ぽつりと呟くと殿下は手を離した。



「ラウルといえば。フォスター領にある、エイリーという街は知っている?」

「はい……素敵な図書館がある街ですよね」

ラウルの家、フォスター侯爵家は、宰相だけでなく高名な学者を多く輩出していた家でもある。

そのため学問が盛んで、エイリーには研究機関が作られ国内一の規模を誇る天文台も建てられている。

また図書館はその建築の美しさでも有名で、一度行ってみたいと思っている街だ。

「夏季休暇に行く予定なんだけれど、一緒に行く?」

「え……いいのですか?!」

「もちろん。クリスティナさえよければ。ちょうど流星群も見られるそうだよ」

「行きたいです!」


「良かった。じゃあクリスティナの準備もするよう手配しておくね」

「ありがとうございます」

流星群に図書館……楽しみ!

「移動に片道で二日はかかるから、少なくても十日間は必要だね」

殿下の言葉にふと気づいた。

(十日間……もしかして、殿下とずっと一緒?)


脳裏にエディーの怒った顔が浮かんだ。

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