04 お妃教育と留学

「それでは本日はここまで」

政治学の先生は本を閉じた。

「はい、ありがとうございました」

「この分だと予定より早く終わりそうですな。来週は休みにするとしましょう」

「本当ですか」

わあい、お休み!

「クリスティナ嬢は予習をきちんとやってくるしちゃんと人の話も聞ける。素晴らしいですな」

にこにことしながら先生は帰って行った。……予習をするのって素晴らしいの?

その日学ぶことを先に少しでも頭に入れておいた方が、当日分かりやすくなって楽だからやってるだけなんだけれど。

授業中もちゃんと話を聞いておかないと、後で苦労するだけだし。面倒なことはなるべく効率よく済ませて、だらだらする時間を確保しないとね!


「ふう」

「お茶をご用意いたします」

背もたれによりかかって一息つくと、すかさずメイドたちが動いた。

「クリスティナ様、こちらへ」

「ええ」

促されてソファへと移動すると、テーブルの上に食器が並べられていく。我が家のメイドも見劣りする訳ではないけれど、やはり王宮のメイドは些細な動きもずっと洗練されていて見ていて楽しい。

それに何より制服が可愛いのよね。キャップについた長いリボンがひらひら揺れて見飽きないわあ。


王太子アルフレッド殿下との婚約が成立して約二年。私はお妃教育のために一日おきに王宮へ通っていた。

マナーなどの淑女教育は日常的にお母様から学んでいるけれど、お妃にはそれ以上に洗練された所作が求められる。さらに外国語や政治など、普通の令嬢ならば知らなくてもいいことまで学ばないとならない。

前世から勉強は嫌いではなかったけれど、大勢の目があり気が張り詰める王宮で、しかも先生と一対一の授業はとても疲れるのだ。


「本日はベリーのプティングでございます」

「まあ、美味しそう!」

楽しみはこの授業後のデザートだ。

王宮のシェフが腕をふるって作るデザートはどれもとても美味しくて、このご褒美があるから勉強も頑張れるのだ。

ベリーを甘く煮込んだ汁がたっぷりと染み込んだ生地にクリームを乗せて、口の中へ。

じゅわっと甘酸っぱい香りが広がって……やだもう幸せ。



「クリスティナはいつも美味しそうに食べるね」

「……アルフレッド殿下」

いつの間にか、王太子殿下が部屋の入り口に立っていた。

「ああいいよ、そのままで。休憩中だろう」

立ち上がって挨拶をしようとするのを制されたが、構わず立ち上がった。

「いえ、明日出立されるのですよね」

殿下の前まで行くと、私はドレスを摘んで膝を折った。

「旅のご無事と留学生活が充実されますよう、お祈り申し上げます」

「ありがとう」

殿下はこれから三年かけて、複数の国へ留学の旅に出る。

これは他国の文化や学問を学ぶだけでなく、友好国との交流を図りより絆を深めるための外交の意味も持つ。王太子としての大事な仕事だ。


三年間も婚約者と会えないなんて可哀想、と友人や家族には同情されるけれど。正直私はそこまで寂しさはない。

何故ならこの二年間、殿下とはほどほどの距離感で接してきたからだ。

ゲームと関わらないために婚約者になることを回避することはできなかったけれど、ヒロインと対峙することがないよう殿下とは親しくなりすぎないよう気を付けてきたのだ。

ゲームでの私は殿下にベッタリで、留学に出るときは自分も一緒に行きたいと泣き喚いていたとエピソードにあった。それほど思い入れている殿下に他の女性の影が少しでも見えると、嫉妬で時には相手を陥れることもあるという。


そんな危ない人にはなりたくないし、何より面倒臭い。お妃教育だけで手一杯なのに、殿下のことまで……正直気が回らない。

だから殿下と接していたのは、一週間に一度のダンスの練習とその後のお茶、あとは公式行事の時くらいだ。

お会いする時は婚約者として誠意を忘れないよう接していたから、殿下との仲は良すぎず悪すぎずだと思っている。


「クリスティナへは各国のデザートのレシピをお土産にするね」

「まあ、ありがとうございます!」

殿下と会話をするのはお茶の時間が多いせいか、そしていつも美味しいと言いながらデザートを食べているせいか、殿下は私を食いしん坊だと思っている気がする。……いや、デザートは大好きだから間違いではないけれど。

「それじゃあ、手紙を送るから」

「はい。どうかお気をつけください」

笑顔を交わし合って、私は王宮を後にした。

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