03 お茶会とローズリリー
誕生日パーティは王太子と接することなく終えたし、あとは学園に入学するまでゲームとは無縁にのんびり過ごせる。
そう思っていたのに。
「今日のドレスも素敵ね」
何故か今、私の目の前には眩しい笑顔の王妃様、そしてその隣には王太子のアルフレッド殿下がいる。
「……ありがとうございます」
「侯爵夫人のお見立てかしら」
「いえ、この子はいつも自分で選びますの」
「まあ。自分のことをよく分かっているのね」
今日は若草色のドレスを着ている。白いレースをふんだんに使ったブラウスの襟には濃い緑色のリボンを結んだお気に入りの一着だ。
パーティから五日後。
王宮から私とお母様宛に王妃様のお茶会への招待状が届いた。
どうして私が招待されたのか、さっぱり分からないまま身支度を整えて馬車に乗せられ王宮へとやってきた。
そうして案内されたティーサロンで待っていると、王妃様と殿下が現れたのだ。
「あなた、先日の誕生日パーティでアルフレッドとお話しできなかったでしょう」
しばらく香りの良いお茶と美味しいお菓子を頂きながら、王妃様とお母様がお話をしていたが、やがて王妃様が私へ向くとそう言った。
「……はい」
「あの時小さい子を助けていたでしょう。とても優しくていい子なのね」
「……目の前で転びましたので、とっさに助けただけです」
あんな小さな子が転んだら、普通誰でも助けるんじゃないの?
「そうね、でもあの場で他の子たちはみんな自分のことしか考えていなかったわ」
王妃様は小さくため息をついた。
「公の場での振る舞いは、どんな些細なことでも全て人に見られているの。それを忘れてはいけないのよ」
「はい」
「それに何か問題が起きた時の対処の仕方も大切よ。上に立つ者は全て自分で判断して選ばないとならないの」
「……はい」
「だからね、あの場で一番王太子妃に相応しいのはあなただと私は思ったの」
「……はい?」
え、どうして?!
思わずお母様を見ると、『さすがクリスティナね、王妃様に誉めていただけるなんて』とにこにこ笑っていた。いや笑いごとではないのですが!
「でも結婚するのはアルフレッドだから。二人でお話ししてお互いのことを知っていらっしゃいな」
そう王妃様に言われ、私と殿下は庭園へと送りだされてしまった。
(なんで……私が王太子妃に相応しいの?!)
柔らかな日差しと花の香りに包まれながらも頭の中はぐるぐるしていた。
ただ目の前で転んだ女の子を助けただけなのに。
人前での振る舞いとか判断とか、そんなの全く意識していなかったんですけど!
(そういえば……殿下は一言も喋っていなかったわ)
無言で前を歩く王太子殿下の後ろ頭を見て私は気づいた。
お母様である王妃様は何故か私がいいと思っているようだけれど、殿下は私に興味ないみたいだし。
このまま無言で歩いてそのまま帰ればいいのかな。
(そうよ、無愛想無愛想……)
「クリスティナ嬢」
作戦を思い出していると不意に声が聞こえた。
「は、はい」
「クリスティナ嬢はユリが好きなの?」
立ち止まった殿下は私を振り返ってそう言った。
「え?」
「お茶会の時、ユリの髪飾りをつけていたよね」
「あ……はい。花はどれも好きです……」
あの時は庭に咲いていた中からドレスに一番似合うものを選んだだけだ。
「そう。じゃあこれは?」
殿下が示した先には、ユリに似た形の、花弁が重なった薄紅色の花が咲いていた。
「あ、ローズリリー……」
「知っているんだね」
(しまった!)
殿下の嬉しそうな声にはっと気づいた。
この『ローズリリー』は珍しい八重咲きのユリで、ゲーム内で殿下と恋愛関係になりたい時に重要なアイテムとなる。
殿下は幼い時から植物が好きで、このローズリリーも外国から特別に取り寄せたものだ。
そしてその花の名前を知っている――ゲームでは正しく選択できる――と好感度が上がるのだ。
(これは……まずいかも)
「よくこの花が分かったね」
「……あ、あの。前に絵本で見て……」
私は前世を思い出す前からこの花を知っていた。家にあった絵本で、ドラゴンがお姫様にこの花を贈る場面がとても綺麗で覚えていたのだ。
「絵本って、もしかして『ドラゴンと姫君』?」
「は、はい」
「僕もあの絵本が好きでこの花を取り寄せたんだ」
え、そんな設定だったの?
「僕たち気が合うね」
王妃様譲りの眩しい笑顔で殿下は言った。
結局、ゲームの設定通りに私はアルフレッド殿下の婚約者となってしまった。
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