02 誕生日パーティ
迎えた誕生日パーティ当日。
最初予定していたピンク色のフリフリとしたドレスではなく、紺色に少しだけ白いレースが見える、十歳にしては地味なドレスにしてもらった。
髪飾りは白ユリの花で作り、結い上げた亜麻色の髪に刺す。あまりにも地味すぎるとお祝いの席に相応しくないだろうから、花で祝意を表すことにしたのだ。
「まあクリスティナ! とても素敵じゃない」
「ええ、大人びてお美しいですわ」
地味すぎるとダメ出しされるかと思っていたのに、何故かお母様は私を見て目を輝かせた。
「あなた顔立ちが大人っぽいから、そういうドレスの方が似合うのね」
「はい奥様。お嬢様がこちらのドレスを着たいと仰ったときは正直地味かと思いましたが……。お嬢様の美しさを引き立てて素晴らしいですわ」
「さすがお嬢様。ご自身のことをよく分かっていらっしゃいますね」
「この髪飾りもお嬢様が考案されたのですよ」
「まあクリスティナ、あなた天才なの?!」
(あれ、高評価……?)
母やメイドたちの反応に一抹の不安を覚えたが。もう着替える時間はない。
しかたなく私はそのまま両親に連れられて王宮へと向かった。
広大な宮殿を望む広々とした庭園が今日の誕生日パーティの会場だ。
既に多くの貴族令嬢とその保護者が集まり、色とりどりのドレスがまるで庭に咲いた花々のようだ。
「クリスティナ。王族方に失礼のないようにするんだぞ」
「はい、お父様」
「嫌だわあなた、クリスティナが粗相などするはずもありませんわ」
「はは、そうか」
他の家が王太子に見染められようと娘に気合いを入れさせたり、緊張で泣きそうになっているのを宥めたりとしている中で、我が家はのほほんとした空気が流れていた。
一応お父様に王太子に気に入られた方がいいのか確認したのだが、ゲーム同様娘が一番可愛いお父様は『お前の幸せが大事だから無理はしなくていい』と言ってくれたのだ。
主役が登場するまでの間は親同士の挨拶に付き合わされた。会う人ごとに綺麗だ、似合っているだなどと褒められる。
(もしかして……作戦を間違えた?)
見渡すと他の子たちはみな明るい色の子供らしい、可愛らしいドレスを着ていて、私一人浮いている気がする。これは逆に目立っているのでは……。
(……ま、まあいいや。次の作戦よ!)
愛想がなくてお妃には相応しくないと思われればいいんだから。
やがて王太子の到着を告げる声が響いた。
(わあ……ミニ王子だ!)
現れた王太子アルフレッド・ラファランは、ゲームで見た姿をそのまま幼くしたようだった。
サラサラとしたプラチナブロンドに優しげな薄茶色の瞳。十歳で既に完成されている整った顔立ちについ見惚れていると、彼と目が合った気がした。
(わ、やばい)
やばくはないのだろうけれど、つい視線を逸らせて俯いてしまった。
遅れて国王陛下と王妃様が到着し着席すると、一組ずつ挨拶へ行く。我が家は二番目だ。
「バリエ侯爵が娘、クリスティナでございます」
ドレスを摘み、膝を深く折って挨拶をする。
「まあ、綺麗なお嬢さんね」
顔を上げると王妃様が笑顔で私を見ていた。
「所作も綺麗だわ」
(……女神様だ……!)
ゲームでは国王陛下と王妃様は出てこなかったから、顔を知らなかったけれど。
王妃様は美形の王子をさらに綺麗にして、大人っぽくして、オーラというのだろうか、何だかキラキラして眩しくて……とにかく綺麗で。
この世のものとは思えないくらい美しかった。
「クリスティナ」
王妃様にぼーっと見惚れているとお父様に裾を引かれ、慌てて我に返った。
「あ、あの……ありがとう……ございます……」
口の中でごにょごにょとそう返すのが精一杯で、どうやって下がったか覚えていない。
「クリスティナったら緊張してしまったの?」
お母様が顔を覗き込んだ。
「……王妃様が……綺麗な人だなって……」
「まあ、王子様より王妃様を見ていたの」
「だって……すっごく綺麗だったもの」
「あらまあ」
お母様は楽しそうに笑った。
「王妃様は元々別の国の王女様でね、『花姫』と呼ばれていたんですって」
「花姫……」
「花のように可憐で美しいからね」
確かに、あのよく似た王太子を女の子にしたら、きっと可憐で美しくなるだろう。
(いいなあ、見てみたかったなあ。妹とかいないのかしら)
王女がいると聞いたことはないし、ゲームにも出てきていない気がする……いれば絶対に可愛いのに。残念だわ。
「クリスティナ、ほら行ってきなさい」
王妃様の子供の頃や架空の王女様を妄想していると、お父様が声をかけてきた。
「……え?」
「皆呼ばれたよ」
見ると、子供たちが一ヶ所に向かって集まってきている。――おそらくお見合いが始まるのだろう。
(嫌だなあ、行きたくない)
そう思ったけれどお父様に促されて、仕方なく重い腰を上げた。
それでも少しでも遅く行こうとゆっくり歩いていると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。
遅れたので焦っているのだろう、一人の少女がドレスの裾をつまみ上げて走り抜けていき……その先を歩いていた、幼い子供にぶつかり、子供はよろけると倒れてしまった。
「あっ」
慌てて子供へ駆け寄る。
「大丈夫?」
「……ふぇ」
顔を覗き込むと、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「痛いの?」
口をぎゅっと結びながら、子供はふるふると頭を振った。
「そう、びっくりしたわね」
頭を撫でると、子供はぎゅっと抱きついてきた。
(可愛い……!)
今の私は一人っ子だけれど、前世では弟の他にもう一人、歳の離れた妹がいた。幼い頃はよく甘えてくれていたのを不意に思い出して抱きしめ返した。
(この子もお妃候補なの……)
まだ五、六歳くらいだろう。結婚相手として五歳差はあり得るから候補になるのは仕方ないけれど、まだ幼いのにこんな所に連れてこられて。
多分屋敷から出たこともほとんどないだろう。それが親から離れて見知らぬ人たちの所へ一人で行かされる途中、突然後ろからぶつかられて、転んでしまって。
びっくりもするし泣きたくなるだろう。
「大丈夫よ」
私は子供を抱き上げるとあやすように身体を揺らしながら頭を撫でた。
「おうちにかえるぅ」
「そうね、帰りたいわね」
帰してもいいのかな。でもこんな状態で王太子のところへ行っても意味ないわよね。
保護者たちがいる方へ視線を送ると、お母様が手招きしているのが見えたので子供を抱きかかえたままそちらへと向かう。
「メアリー!」
女性の声が聞こえて、子供がパッと顔を上げた。
「おかあさま!」
「大丈夫なの?!」
「突然転んだので、びっくりしたんだと思います」
子供を母親らしき婦人へ渡すと、子供はすぐに笑顔になって母親へ抱きついた。
「本当にありがとうございました」
何度も頭を下げながら婦人は離れていった。
「クリスティナ。あなた子供の扱いが上手なのね。抱き方とか慣れているみたい」
お母様の言葉に一瞬ぎくりとした。
「……そうかしら?」
「あなたって本当に器用なのね。あの子に怪我はなかったの?」
「はい」
「じゃああなたは早く行きなさい」
「――今から行っても遅いんじゃないかしら」
私は王太子がいる方を見た。
そこには十人以上の少女たちが群がるように輪になっている、あの中に王太子がいるのだろう。離れたところからでもどこか殺気立っているのを感じる。
おそらく今、あそこでは彼女たちによる必死のアピール合戦が繰り広げられているのだろう。今更あの中に入っていく勇気はない。
「まあ、そうねえ」
「無理はしなくていいんじゃないかな」
「あなたったらそればかりね」
「あの中にクリスティナを入れるのは可哀想だろう」
相変わらずのほほんとした両親の答えに甘えるように、私は結局王太子とは一度も会話をすることなく誕生日パーティを終えることができた。
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