11 二人の転生者
エディーと一曲踊った後、頼まれた通りラウルとも踊り、少し疲れたので休憩を兼ねて化粧室へと向かった。
(そういえば……殿下はヒロインと接触したのかしら)
級友やエディーの話から推測するに、彼女は殿下とも接触しようとするだろう。
(気になるけど、直接聞くのも変だろうし……)
それに。最近、どうも殿下から避けられているというか、距離を置かれているような気がするのだ。
元々週に一回王宮へ行った時や、同行が必要な公の行事でしか会っていなかった。入学して最初の頃はよく声を掛けられたけれど……最近は話しかけてくることも少ない。
(まあ、学園で話すこともあまりないといえばないし、忙しいみたいだけれど……)
学園在学中は、学業優先でお妃教育はお休みだ。時々は王宮へ行くけれど、王妃様と共に最新の政治状況などの簡単な講習を受けるくらいで、時間が合えばその後王妃様とお茶をする。殿下と王宮で会う機会はほとんどない。
その王妃様によると殿下は最近、今まで以上に植物の研究に熱心だという。だから学園でも授業が終わるとすぐに帰ってしまい、自由な時間はずっと温室にいるらしい。
(ゲームと色々変わっているのよね)
ゲームでも殿下は植物が好きだったけれど、研究するほど熱心というわけではなかった。
エディーもゲームではそんなに勉強ができるわけではなかったし、ラウルとの接点もなかったはずだ。
それにヒロインも……。
「ちょっと」
化粧室を出て少し風に当たろうかとホールとは違う方向へ歩いていると、背後から声が聞こえた。
振り返ると……ヒロイン、アリスが立っていた。
「あんた、もしかして転生者?」
「え?」
首を傾げた私をしばらく見つめて、やがてアリスはため息をついた。
「なんだ、違うの。ゲームじゃ邪魔な自己中女だったのに評判いいし花姫だの呼ばれてるし、エディー様も設定変わってるし。アルフレッド様とも全然会えないから転生者かと思ったのに」
「……あの……?」
(危なかったー!)
王妃様から相手に内心を悟られないよう、表情を顔に出さない訓練を受けておいたおかげでシラを切れたけど。
これって、私が転生したゲームを知ってる者だとバレたらまずいのでは?!
「ま、いいや」
アリスはぴっと人差し指を立てるとその指先を私へと向けた。
「アルフレッド様も私が手に入れるから!」
「え?」
「アルフレッド様のルートは何回もプレイしたもの。少しくらい設定が変わっても問題ないし!」
そう言い残すと、アリスはくるりと身を翻して立ち去って行った。
(え……何なの、あの子)
「やっぱり頭おかしい人だね」
呆然としていると不意に声が聞こえた。
「……ラウル様?」
声の聞こえた方を見るとラウルが立っていた。え、どうしてここに?
「帰ろうとしたら彼女が急ぎ足で出ていくのが見えたから、後を追ってきたんだ」
「……今の話を聞いていたのですか?」
え、もしかして全部?
「うん」
ラウル様は私の目の前までくると、じっと私を見つめた。
「で、さっきので確証できた」
「え?」
「花奈姉ちゃん、だよね」
一瞬頭が真っ白になった。
何で、その言葉を。私をそう呼ぶのは前世の――。
「……優斗?」
「うん」
「え、え? 優斗? え?」
「動揺し過ぎ」
「え? ええ?!」
「声が大きい」
思わず声を上げると手で口を塞がれた。
「こっち。来て」
ラウル――いや、前世の私の弟『優斗』らしき彼は、手を離すと私を促した。
「え、なんで、どういうこと?!」
私たちは庭園へ出ると、ベンチへと腰を下ろした。
「どうして優斗がラウル様?!」
「姉ちゃんがクリスティナになってるのと同じじゃない」
「……私たち……あのバスの事故で死んだのよね……?」
「うん。で、理由は分からないけどその直前に遊んでいたゲームの世界のキャラに生まれ変わったんだと思う」
ラウルはため息をついた。
「僕、ちょうどあの時ラウルと試験で競い合っていたんだよね」
「……そういえば……私は、クリスティナと対決するミニゲームをやっていたような」
「で、この世界に転生したことを知って。もしかして一緒にいた姉ちゃんもこの世界に生きてるのかなと思って。で、多分クリスティナなんだろうなって」
「……どうして分かったの?」
「父上がすごく褒めてたから、王太子の婚約者のこと。ゲームと性格違いすぎるから、中身が違うんだろうって」
そうか、ラウルのお父様は宰相だものね。何度かお会いしているし、王妃様たちから私のことを聞くこともあるだろう。
「あと、入学してすぐの試験で満点取ったよね。それで間違いなく転生者だって」
「どうして満点だと転生者なの?」
「あの数学の問題、この世界だと研究者レベルだから学生にはまず解けないはずだって、数学の教師に言われたし」
なんでそんな問題を出したのかしら。
「あと、エディーからクリスティナの話を聞いていくうちに、ああこれは花奈姉ちゃんなんだろうなって」
「え、エディーって私のことどう話しているの?!」
やだ気になるじゃない。
「それは教えられないよ、男同士の話だから」
にっと笑ったその表情は……確かに優斗だった。
「……ケチ」
「それで、ほぼクリスティナが姉ちゃんだってなって。さっき踊ったときは確証まで行かなかったんだけど、今のあの頭のおかしいヒロインとの会話ではっきり確信した」
「どうして?」
「姉ちゃん、嘘ついたり誤魔化す時に、首を傾げたあと手で顎の辺り触るよね」
「ええ?!」
「あの癖、生まれ変わっても変わらないんだね」
そんな癖があったの?! 初耳なんですけれど。
「そうだったの……」
色々と衝撃的な情報が多くて、思わずため息がもれた。
「……だからラウル様もゲームと性格が違ったのね」
優斗も人見知りなところがあるから、そこはラウルと同じだけれど。
「それでさ、さっきのヒロイン。あれも多分同じバスに乗ってたんじゃないかな」
「え?」
「それで一緒に転生したんだと思う」
「……そう……なのね」
あのヒロインも、あの時一緒のバスの中で同じゲームをやっていたの?
「いつも同じバスに乗ってたんだよね、一人声が大きくて空気読めなさそうな女子高生が」
「そうなの?」
「スマホでゲームプレイしてる時の声が聞こえてさ、ああ同じのやってるんだって思って」
「……気がつかなかったわ」
「姉ちゃん、夢中になってると周りの声が聞こえなくなるから」
ラウルはベンチから立ち上がった。
「あのヒロイン、頭はおかしそうだけど。もしも殿下を取られたらどうするの?」
「え? ……まあ、その時は仕方ないかなって思っているわ」
「――殿下のこと好きじゃないの?」
「うーん……恋という意味では好きではないわ。それに、正直、王太子妃になるより田舎暮らしがしたいのよね」
「ああ、姉ちゃんらしいね」
心の奥にくすぶっていた願いをあっさり受け入れてくれた、その言葉と笑顔に――ふっと心が軽くなったように感じた。
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