10 夏のパーティ

「ご覧くださいなクリスティナ様。あの赤い髪の人ですわ」

「まあ、あんなに身体を密着させて……はしたない」

「リオット男爵の娘ですって。聞いたことのない家名ですわ」

「何でも去年爵位を得たとか……」


入学してから約三ヶ月。今日は夏季休暇前に開かれるパーティで、目の前では多くの着飾った男女が踊っている。

このパーティには学生だけでなく、学園に隣接する施設で働く者も招待状があれば参加できる。ゲームでは新たな登場人物との出会いの場であった。

殿下とのダンスを終えてフロアから戻ってくると、級友たちに囲まれ、噂話を聞かされたのだ。


彼女たちが指摘する『赤い髪の人』は、ゲームのヒロイン、アリスだ。真っ赤な髪を結い上げ、フリルを多用した薄紅色のドレスを着用している。緑色の瞳は垂れ目がちで愛らしい顔立ちだ。

少し前から、彼女が多くの男性と親しくしているという噂を耳にするようになった。相手の名前はクラスメイトや先輩など生徒の他に、教師や騎士団員といった者も含まれる。いずれもゲームに登場してくる人物だ。

(皆を攻略しようとしている? でもこのゲーム、逆ハーレムとかなかったのに……)

一回のプレイで恋愛対象となるのは一人だけ。何人もの相手と恋をしたかったら、何度も最初からプレイしないとならない。

それに、この国では男女関係の清潔さについてかなり厳しい。家族や婚約者以外の異性と二人きりになることは許されないし、結婚後も浮気をすれば教会で裁かれるし妾を作るのも基本禁止だ。

(二回目の試験結果も悪かったし……何がしたいんだろう)

少し前に二回目の試験が行われ、ヒロインは一回目よりもさらに順位が下がっていた。

ちなみに私は満点のラウルに続いての二位で、エディー、殿下と続いていた。


「クリスティナ、一曲頼む」

ヒロインが誰とどんなことをしていたという級友たちの噂話を聞き流しながらジュースを飲んでいるとエディーがやってきた。

「ええ」

差し出された手を取り立ち上がる。

「エディー様! 後で私とも一曲……」

「私ともお願いいたします!」

「俺、ダンス嫌いなんだ」

声を上げた級友たちを冷めた目で一瞥すると、エディーは私の手を引いて歩き出した。


(こんな態度なのに……モテるのが不思議なのよね)

エディーは見た目こそカッコいいが、口も悪いし態度も良くない。だが、何故かそれが女子たちに人気なのだ。現に、振り返ってみると級友たちはすげなく断られたのに嬉しそうにこちらを見て手を振っていた。

「……誘われたんだから踊ればいいのに」

「一人を相手にしたら何人も相手にしないとなんないだろ、面倒臭い」

「それは……そうね」

今日は正式な夜会ではなく、学園でのお気楽なパーティだ。それでも人前で踊る練習も兼ねているため、生徒は最低一回は踊らなければならないという決まりがある。誰か一人を選べばその子が特別なのかと疑われるし、かといって声をかけてきた全員と踊るのも大変そうだ。


「次にラウルと踊ってやってよ。あいつ早く帰りたいんだって」

「……分かったわ」

エディーは何故かラウル・フォスターと仲が良く、彼から勉強を教わっているのだという。

ゲームでのラウルは友人のいない孤高な存在だったのだが、エディーが言うには確かに人見知りはするけれど、親しくなれば優しい性格で、勉強も分かりやすく教えてくれるのだという。


「さっき、何を言われてたんだ?」

音楽が始まり踊り出すとエディーが尋ねた。

「え?」

「嫌そうな顔してただろ」

「ああ……噂話を聞かされていたの」

「噂話?」

「他のクラスの赤い髪の子が、何人もの男性と親しくしてるって」

「――ああ。俺も声をかけられた」

「え?」

初耳なんですけれど?!

「変なことを言ってきたから無視したけどな」

「変なことって?」

「突然『お家では居場所がなくて辛いでしょう』なんて言ってきた。あの女、頭おかしいのか?」

(ああ……それは)

多分、ゲームでのエディーのことだ。

姉とは仲が悪く、両親も姉を盲目的に愛している。後継になるために養子になったとはいえ血の繋がりが薄いエディーは、家では孤独だった。

だが現実では全くそんなことはない。幼い頃はあまりの可愛さに私が構いすぎたせいで嫌われていた部分もあったけれど今は良好だ。

(というか……やっぱり、ヒロインも)

私と同じように転生したのだろうか。


噂話を耳にするようになってから、その相手が皆ゲームの登場人物だから、もしかしてと思っていた。

そうやってエディーにゲームの設定と同じだと思って話しかけたところを見ると、間違いないのかもしれない。


「あとラウルも声をかけられたって」

「……何て?」

「『家のことなんて忘れて自由に生きて良いのよ』だと。ホントおかしい奴だよ」

ゲームでのラウルは宰相の息子で家も十代以上続く名家だが、本人は人付き合いが苦手なのもあって研究所に入りたいと望んでいた。

そんな彼と関わるルートは二つ。人見知りを克服させて宰相夫人として彼を支えて行くか、試験で彼と競い合い、共に研究者となるかだ。

(ゲーム内でラウルにそんな言葉を告げるシーンもあったような気がするけれど。でもまだそんなに親しくなっていないわよね)

本当に……転生したとしても、彼女は何がしたいんだろう。

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