12 勉強会と不穏な噂話

「――それが戦争の原因と公にはされているけど、実際は違うんだ。側妃に与えた宝石の方が大きかったことに嫉妬した王妃が実家に訴えたのがきっかけだよ」

「くだらねえ。……でもそれ試験には出ないだろ」

「出ないね」

「じゃあ教えるな」

「こういうの知ってる方が面白いでしょ」

(優斗の雑学好きは相変わらずなのね)

エディーとラウルのやりとりを聞きながら前世のことを思い出した。


長い夏季休暇も終わりひと月ほど経った。三回目の試験を前に、今日は我が家で三人で勉強をしている。

目の前で前世と現世の弟が仲良く勉強しているのは、何だか不思議な感じだ。



「そういえば」

勉強も一通り終わり、お茶を飲んでいるとエディーがラウルを見ながら口を開いた。

「昨日、見合いだったんだろ。どうだった?」

「……え、お見合い?!」

ラウルが?!

「見合いというわけでは……ただ会わされただけで」

「それを見合いって言うんだろ」

「え、お相手はどなたなの?」

「……アボット伯爵家の、次女の方」

「アボット伯爵……ああ」

前にお茶会で会った時のことを思い出す。

アボット伯爵家は騎士の家で、兄弟が多かったはず。次女は確か一つ下。ストレートの金髪に青い瞳の可愛らしい子だ。見た目は可愛いけれど自分の意見ははっきり言う子で、『気が強くて困るのよ』と母親が嘆いていた。

(可愛くて気が強いって……やだ、優斗の好みじゃない)

前世では、アニメやゲームでそんなキャラの子ばかり気に入っていたのを思い出してチラリとラウルを見ると、私の考えに気づいたのか彼は眉をひそめた。

「とても可愛らしい方よね。ラウル様とお似合いだと思うわ」

「……そう、かな」

「ところでエディーはどうなの? 好きな子とかできた?」

入学してから半年くらい経つ。学園はある種お見合いの場も兼ねていて、互いを知り婚約に結びつくことも多い。

「俺のことはいいだろ」

「気になるもの」

「――人のことより、自分を心配しろよ」

「王宮でも問題になっているらしいね」

ジロリと睨んだエディーの隣でラウルが頷いた。

「ああ……まあ。私には関係ないことだし……」

「は? 関係おおありだろ、婚約者が浮気してんだから」

「浮気……なのかなあ」

ゲームのヒロイン、アリスが複数の異性と過剰に親しくしているという噂は、夏季休暇が明けても広まり続け、そしてその相手とされる人数も増えていた。

そして最近は、その中にアルフレッド殿下も含まれるというのだ。

(予告通りになったのね)

パーティでのアリスの宣言を思い出した。


ちなみに夏季休暇中、私は家族と共にずっと領地に行っていた。帰ってきてから王宮へ行ったのは一度きりで、殿下とは会っていない。

王妃様とはお会いしたが、相変わらず殿下は温室に篭っているのだと言っていた。


「王宮でも問題って?」

「学園内のこととはいえ、変な噂が流れるのはまずいから」

エディーにそう返して、ラウルはちらと私を見た。

「王太子が、婚約者がある身で他の女生徒と親しくしてるとか醜聞だよね」

「しかし、殿下もなんであんな頭がおかしい女がいいんだ?」

呆れたようにエディーが言った。

「うーん……多分、もの珍しいからじゃないかな」

ラウルはそう答えた。

「もの珍しい?」

「貴族令嬢にはあんな奔放な子いないでしょ」

「それはそうだけど」

「過去にも例があるよ、それまで周りにいなかったタイプの平民とか異国の娘を側室にする王の話は。そんなに珍しいことじゃない」

「お前、そういう話よく知ってるよな」

「どんなに平和な治世でも、王が優秀でも女性問題だけは防げないから過去の事例は把握しておけって父上に言われた」

「……宰相って大変だな」

「で、クリスティナ嬢。本当に関係ないの? 放っておくの?」

ラウルは私を見た。

「うん……そもそも婚約したのって十歳の時でしょう。他に好きな人ができても仕方ないかなって思うし」

あの時、お茶会に集められた中で、たまたま私が王妃様に気に入られたから改めて呼ばれて。十歳の殿下だって、どうしても私がいいから選んだわけではなかっただろうし、成長して他の人に惹かれることもあるだろう。


「仕方ないのか?」

「確かに、王妃って『職業』だから。恋愛対象とはまた別なんだろうけど。でも浮気は浮気だよね」

「……そうなんだけど……」

ラウルの言葉は正しいのだろう。級友たちも殿下の噂に対して怒ってくれている。

でも私自身は……悔しいとか悲しいとか、そういう感情はあまりないのだ。



「姉ちゃんって、変わらないよね」

エディーがお手洗いへ行ってくると席を外すとラウルが呟いた。

「え?」

「恋愛に対して妙に冷めてるっていうか、やたら冷静なの」

「……そうかしら」

私は首を捻った。

「うーん……多分、本気で好きになったことがないから?」

前世を含めて、恋に落ちる感覚というのが分からないのだ。

「鈍いってのもあるよね」

「ひどいわ。そういうそっちはどうなの? お見合いしたサーシャ・アボット嬢。優斗の好みのタイプよね」

「……別にそれはいいだろ」

ラウルの耳が赤くなった。ふふ、これは好感を持ったのね。

「人のことは聡いよね」

「そういうものでしょ」

「――自分の感情は分からなくても、自分に向けられる好意には聡くなって欲しいかな」

「え?」

「幸せになって欲しい人がいるってこと」

私を見てそう言うと、ラウルは小さく笑った。



三回目の試験は、相変わらずラウルが満点だった。

そうして二位が三点マイナスのエディーと私。殿下は四位だった。

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