15 思いがけない告白

「またそんな格好でダラダラしてんのか」

呆れたようなエディーの声に、私は本から顔を上げた。


「何よ、自分の部屋でどんな格好してもいいじゃない」

春休みなんだし!

「足が見えてんぞ」

そう言われて後ろを見る。

ゆるいシルエットのワンピースを着て、うつ伏せになって本を読んでいたのだが、足が浮腫んできたように感じたので膝を曲げてパタパタさせていたところにエディーが入ってきたのだ。

女性、特に貴族が素足を出すことは、はしたないとされている。夜のドレスでは背中や腕はしっかり出すのに足だけダメなんて、謎だわ。


「ほんと、花姫様は家ではだらけてるよな」

「もうその呼び名はやめてよ。ていうか何で勝手に部屋に入ってくるのよ」

「これ、土産」

抗議を無視してさらに入ってくると、エディーは私の目の前に袋を差し出した。

「何?」

「ラウルに教えてもらった。ここのチョコレートは美味いって」

「チョコ?!」

ガバと私は起き上がった。


チョコレートはこの国では流通し始めたばかりで、味も前世のものに比べると正直イマイチだ。

けれど前世でチョコ好きだったラウルが美味しいというのだから間違いないだろう。


メイドたちがお茶を運んできたのでウキウキしながらソファに座り直すと、すぐ隣にエディーも腰を下ろした。

(なんか……最近距離が近いのよね)

肩が触れるくらい近づいて座ったエディーは、自ら袋の中のチョコを皿に並べ始めた。

(優しくなったし)

初めて会った時は小さくて、女の子みたいに可愛くて。可愛い可愛いと言い続けていたら反発されてしまったけれど。

いつしか身長も追い抜かれ、すっかり男子の顔になってしまった。

そうして、私が殿下との婚約を解消してから……それを気遣ってくれているのか、前から優しいところはあったけれど、さらに優しくなった。

(大人になったのねえ)

感慨深くその横顔を眺めていると、ふいにエディーが振り向いた。

「口開けて」

反射的に言われるまま口を開けると、何かが放り込まれた。


「……!」

(なにこれ、美味しい!)

この国のチョコは、カカオの苦味を誤魔化すためか砂糖が多すぎるのだけれど、これは砂糖は抑えて代わりにミルクを多く使っているのだろう。まだ甘めだけれど、でも苦味もしっかり感じられて。そう、こういうのが食べたかったの!

「ほんと、うまそうに食べるよな」

そう言ってエディーも一個口にいれたが、すぐに顔をしかめた。

「にっが」

「この苦いのがいいんじゃない」

「そうか……?」

首を傾げながらも一個を何とか食べきったエディーを横目に、さらに二個食べてしまった。

(流石にこれ以上食べるのはまずいかな。でもあともう一個くらいなら……)

「なあ」

心の中で葛藤しているとエディーが声をかけてきた。


「何?」

「王妃様から手紙が届いたんだって?」

「ええ、お茶にお呼ばれしたの」

「……行くのか」

「それは、行くに決まっているでしょう」

王妃様からの招待だ、断れるはずもない。

それに婚約解消してから約三ヶ月。王宮には全く行っていないから、久しぶりに王妃様とお会いできるのが嬉しい。

「そうか」

「何で?」

「……ラウルが言っていたんだけど」

エディーは言葉を区切ると私を見た。

「王宮は、殿下とクリスティナを再婚約させたいって」

殿下と再婚約? ……確かにそんな可能性があるようなことを言われてはいたけれど。

「そうなの? どうして?」

「他にいい候補がいないらしい。あとは……」

「あとは?」

「……まあ、それはいいや」

途中で止められると気になるんですけど。

「クリスティナは、王太子ともう一度婚約したい?」

「……うーん。正直もういいかな」

「もういい?」

「婚約解消して気づいたんだけど、結構重圧だったのよね。王太子の婚約者っていう肩書きは」

殿下が留学から帰ってくるまでは、ただ王宮内でお妃教育を受けるだけだった。

けれどそれも一通り終わり、婚約者として殿下と共に人前に出るようになって感じるようになったのだ。周囲から自分に向けられる視線と、そこに含まれる好奇や期待、そして嫉妬といったさまざまな感情に。

悪意はなかったとしても、注目され続けるのはとても疲れることだったのだと、婚約を解消して公務から解放されて気がついたのだ。

「花姫様って呼ばれるのも負担だったし……」

あれは好意から出てきた言葉だと分かっていても、恥ずかしいし、なかなか辛いのだ。


婚約解消してしばらくは学園で注目を浴びていたけれど、それも今は落ち着いた。

平穏な生活を手に入れた今、改めて思うのは、やっぱり私はのんびりした生活が合っているなということだ。

「そうか」

そう言うと、不意にエディーは私の手を握りしめた。

「クリスティナ。俺と結婚しよう」

目の前に水色の瞳があった。


「……え?」

結婚?

「何で……?」

「好きだから」

好き?

「初めて会った時、お前はもう殿下の婚約者だったから。諦めるしかないと思ってたけど、婚約解消して俺にもチャンスが来たと思ったのに。また再婚約したいとか、ふざけんなよ」

「え、え、待って?! 結婚って? 姉弟なのに?!」

「養子縁組してても、血の繋がりは薄いから結婚できる」

「そう……なの?」

「ラウルに確認した。あいつ法律にも詳しいから」

え、ラウルって……あの子このこと知ってるの?


「お前、俺がお前のこと好きだって全然気づいてなかっただろ」

え……それは……そうだけど……。

「……いつから……」

「いつからかな。最初は俺のこと可愛いって言うからムカついたけど。段々好きになっていった」

「どうして……」

「どうしてって、美人だし、努力家だし。だらしないところも可愛いし。自然と好きになるだろ」

段々顔が熱くなってきた。多分真っ赤になっているのかもしれない、私の顔を見てエディーはふっと笑った。

「そういう顔も可愛いけど。我慢できなくなるから」

そう言うと……エディーは私の額に唇を落とした。


「何するの!」

「何って。好きだっていう意思表示?」

「……私はあなたのこと、そういう風には思えないわ」

「これから変えればいいだろ」

「無理よ」

だって弟なんだもの。


「それでも。俺はお前が好きだから」

そう言うとエディーはもう一度私の額にキスを落とした。

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